特殊間話3 匿名ブログの主
日曜の夜、加瀬達也は二台目のモニターに第一回クリエイターレイドのアーカイブを出した。参加者たちが次に遊ぶ約束をしている横で、画面の端に浮かぶ目玉だけが大量の記録に囲まれている。
『分類単位が粗い』
加瀬はそこで再生を止めた。
仕事で配信映像を扱っているから、その不満は分かる。一つの巨大な記録へ何でも詰めれば、後から一件だけ調べたい時に困る。しかし、六つの配信と迷宮内の全個体をまとめて保存し、それを個人VTuberのマスコットが当然のように見直している。
気づかなかったことにはできない。仕事柄というより、性分だった。
今度は開幕まで戻した。
『通常迷宮からの地形読取、完了。イベント用独立ログ、作成。攻略側チャンネル五件、接続正常。音声時刻差、許容範囲内』
ラプラスもどきは、参加者を出す前に一項目ずつ読み上げている。通常迷宮。イベント用ログ。参加チャンネル。音声時刻。
加瀬は単語をメモして、六月二十五日の公開接続試験も開いた。目玉の周囲では、参加チャンネルと攻略アバター、通常迷宮から伸びた線が、中央の時刻表示へ集まっている。
ブックマークから、一月に保存したページを探す。
`Boundary Observer`。
迷宮ミモリの公式HPが怪しいゲームサイトとして騒がれた時、フッターから見つかった技術ブログだ。加瀬も当時、英語仕様`Maze–Stream Bridge Reference`の最小サンプルを試している。
ゲームエンジンで作った立方体の座標を入力すると、別の画面でも同じ時刻に動いた。古い時刻の値を混ぜれば立方体は止まり、ログへ時刻の逆転が残る。
橋渡し部分は、普通のPCでも動いた。ただし、入力したのは立方体である。
迷宮を入れようとしても、仕様の最初にある`Maze State Provider`で止まる。実装は対象外。質問欄にも、同じ答えしかなかった。
The bridge consumes state. It does not generate a world for observers with insufficient resources.
橋は状態を受け取るが、世界までは作らない。半年ぶりに読んでも、後半は親切なのか馬鹿にしているのか分からない。
更新一覧の最上段には、二時間前の記事が増えていた。
固有名はない。第一回クリエイターレイドという企画名も、参加者五人の名も、実際の視聴者数も伏せられている。その代わり、六つの入力を一つへ集めた時に起きる問題と、処理を分けるための新しいサンプルが公開されていた。
加瀬はファイルを落とし、以前の立方体を六個へ増やした。一つを通常迷宮、五つを参加チャンネルに見立てる。配信は六つあるが、ミモリ側の画面は迷宮の状態から作られるので、外から入る値はこの六つでそろう。すべてへ同じ時刻の値を送り、五番目だけを二秒遅らせた。
旧版では、六個の表示がそろって待たされた。新版は五番目だけを待機へ回し、残りの表示を進めた。遅れた値が届くと、その入力だけが同じ時間軸へ戻る。ログを開けば、どの入力が遅れたかも一行で分かった。
「動くのか」
迷宮は作れない。それでも、記事に書かれた分割処理は手元のPCで再現できた。
サンプル内の名前を読む。`normal_maze`、`participant_session`。攻略側と防衛側の個体にも、それぞれ別の名前がある。
先ほどアーカイブからメモした言葉と、分け方まで同じだった。
図も左右へ並べる。二重線で囲まれた外部入力。遅れた処理に置く白い三角。停止した場所を示す黒丸。中央へ時刻を集める矢印だけ、ほかより太い。
一般的な記号も混じっている。運営内で同じ設計資料を使っているなら、別人でも似るだろう。
加瀬は一月まで更新履歴を戻した。迷宮ミモリの初配信は一月十九日。チャンネル内へ入ると配信が始まり、完全に出ると終了する。本人は終わらせ方を知らず、入口まで走って配信を切った。
その三時間十二分後、ブログへ`BoundarySessionAdapter v0.2`が追加されている。六月十八日の多視点検証で画面ごとの時刻がずれると、翌朝には異なる入力へ同じ基準時刻を付ける記事が出た。土曜のレイドでラプラスもどきが分類の粗さを口にすれば、日曜には分割版が公開される。
運営専属の開発者なら、更新の早さには説明がつく。
別の記事も開いた。負荷計測の条件が足りないと指摘され、翌日に訂正されたものだ。
結論を急いだことは認める。指摘は正しい。再計測したので、演算資源の少ない諸君も同じ条件で確認せよ。
間違いは認める。再現用の手順も出す。そのうえで、読者を演算資源の少ない者と呼ぶ。
「文章まで同じだろ」
加瀬は技術仲間との通話を開いた。日曜の二十三時を過ぎていたが、一人だけオンラインになっている。
『何』
「迷宮ミモリの目玉、知ってるか」
『ゴリラが強いところ?』
「そっちじゃない。技術担当の目玉」
動かしたサンプルの結果と、更新時刻をまとめた表を送った。返事はしばらく来なかった。相手も記事とアーカイブを開いたらしい。
『運営のエンジニアが、目玉の台本も書いてるんじゃない』
「接続試験で質問されるたび、目玉が秒単位の条件を返してる」
『じゃあ、エンジニア本人が目玉をやってる』
「俺もそれが一番近いと思う」
『まさか、本当に目玉がコードを書いてるとは言わないよね』
「そこまでは言ってない」
人間が目玉を演じているのか、目玉を窓口に人間が話しているのか。公開された資料だけでは分からない。分かるのは、記事を書いた者が迷宮ミモリの配信をすぐ近くで見ていることだった。
月曜の朝、加瀬は比較画像を作った。左へ公開接続試験の図、右へブログの図。下には一月、六月、七月の更新時刻と、手元で動かしたサンプルの結果を並べる。
結論の欄は空けた。
昼前、配線ミナトがブログの記事を紹介した。自分の画面案を出典付きで載せてもらったこと。六配信をどう分けたかまで読めること。そして最後に、「迷宮の入力部分以外は」と書いている。
加瀬は最後の一文へ赤い線を引き、比較画像を返信へ添付した。
『この匿名開発者、迷宮ミモリの配信を近くで見すぎでは?』
投稿して十五分後、通知が止まらなくなった。最初についた返信は、技術の話ではなかった。
『文章まで偉そうなんだよ、あの目玉』




