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冤罪で婚約破棄ですか。証拠なら用意しておりますけども?

作者: イマサホチ
掲載日:2026/07/15


テンプレート的書き出しから書いてみたくなりまして。

コメディのつもり。

なろうでは初投稿です。よろしくお願い致します。

悪役がアホ過ぎて煩わしいかもしれませんが、主人公勝ち確演出だと思っていただければ。



「アミロローラ!お前が彼女にした嫌がらせは解っている!

 贖罪として婚約破棄を受け入れて貰うぞ!」


卒業パーティーと言う自分より高位の貴族も混じる大勢に向けた祝いの場で婚約破棄を言い渡す人なんて本当に居るんだ。

それが卒業生のひとり、アミロローラの頭に真っ先に浮かんだ感想だった。そんな他人事さながらの冷静さを保てたからこそいつも通りで居られているのかもしれない。

この茶番が正しく他人事ならば、当事者への哀れみや心配と物語の中に紛れ込んだようなほんの少しの好奇心とで見物していられたものの、それらの言動が己の婚約者から発せられたものなのだから笑い話にもならない。

しかも婚約者━━ステイリー=ボドナイトスはこの魔術学園初等部を卒業すれば本格的に家業を継ぐ準備が始まる為に学園関係者との繋がりは切れるが、アミロローラは高等部に進学する。つまり、このまま無抵抗に婚約破棄を受け入れれば高等部での3年間、笑い者若しくは腫れ物扱いとなるのは必至だ。

しかもそこに数々の悪行や悪評━━勿論冤罪と虚言である━━が加われば穏やかに過ごせる筈がない。


⋯⋯正直、浮気相手に乗り換えられそうなことも、その責任を押し付けられそうなことも予想はしていた。けれど、流石に大人数に関わる慶事をぞんざいに扱うほど厚顔無恥だとは思わなかった。卒業式の後またはパーティーの最中か後、人目に付かない裏庭辺りで言い渡されるのではないかと考えていたがまさかここまで愚かだとは。

否、愚かなりに策を巡らせてコレなのだろう。

大勢の前で責め立てれば平民で大人しい性格のアミロローラには反論出来ないと舐め腐った推測を立てた上で、後々嘘がバレたとしてもアミロローラに非があった噂や印象は覆せないだろうと甘く見積もったのか。


ボドナイトス子爵家は、一般的に広く普及し且つ消耗品でもある灯りの魔導具を販売し資金を得ていた。切っ掛けは主な材料となる鉱石が領地で採れるからだったが、領民の生活を支えるのに欠かせない魔導具でもあり扱いを止める訳にもいかない。しかしながら、既に普及し切っている魔導具の消耗するパーツの作成と言う地味な仕事を請け負ってくれる魔導具師が年々減っていることが課題であった。

一方、アミロローラの実家は代々しがない魔導具師の家系で、家名も持たない平民だ。両親も祖父も新規の魔導具を開発する閃きや才能はなかったが、代々伝わる魔導具のレシピの中で作れるものをこつこつと地道に作成する真面目さと量産が可能なだけの魔力量があった。

ただ、それだけでは商売は上手くいかないのも世の常。あくまで職人であって商人適性のない両親には、目新しい魔導具が次々に生まれる市場で昔ながらの製品を売り込むことは難しかった。魔導具の材料には特殊な素材も多く、そこそこ値も張る。材料が手に入らなければ魔導具は作れない。魔導具が作れなければ売れる物もなく、素材を買う資金も必要経費も生活費すらも賄えないのである。


アミロローラとステイリーの婚約は、そんな両家の問題を解消する為の策だった。

ボドナイトス子爵家が灯りの魔導具を始めとした魔導具の素材を調達し、アミロローラの実家に提供する。代わりに、子爵家専属魔導具師となり生産した魔導具を納品し、それらの販売を子爵家が行う。

そんな取り決めがされていたし、婚約の段階で既に実行に踏み切ってもいる。

アミロローラの魔術学園への入学も支援のひとつだ。馬鹿にならない入学金や授業料を子爵家が負担してくれたお陰で、独学では到底知り得ない新しい技術や魔術理論などを学ぶことが出来た。おまけに、引き続き高等部まで通える援助も受けられたことはまさに幸運だった。

魔導具師ではないステイリーまで入学することになったのは、婚約によって灯りの魔導具以外の魔導具も扱うことになるから知見を得よとの子爵の指示だった。ステイリーは次男であり爵位は継げないものの、ゆくゆくは魔導具事業の責任者になる予定で本人もそれなりの魔力を保有している。初等部の3年程度なら本来跡継ぎの為に必要な知識と並行して学んでも無理はなく、損にもならないと判断された。

少なからず魔術関係の人脈作りも期待されていた筈だがこんなことをしでかした以上どうなることやら。




「おい、聞いているのか?!」


私物を隠しただの試作品を壊しただの階段で突き飛ばしただの裏庭で恫喝しただの、余りの罪の捏造ぶりに聞き流していたが然程問題はないだろう。

アミロローラは押さえていた襟元から手を離し、胸の近くに当てた。触れているローブは学園の制服で、卒業パーティーで着ていてもおかしくはないが大抵の女生徒はドレスで着飾っており、通例ならばそれは婚約者や親から贈られるものだった。漸く生活苦でなくなった実家にそこまでの余裕はなく、アミロローラが支度出来ていないと言うことはそう言うことだ。


「聞いておりますが身に覚えがございません。

 私にそんな時間がないことはステイリー様もご存知の筈では?」

「言い訳するな!目撃者が居ないから言い逃れ出来るとでも思ってるのか?!」


恫喝しているのはどちらですか、と言いたくなる口を閉じ婚約者から視線を逸らす。

ステイリーの隣に立つ女生徒はキラキラと眩い光沢を身に纏っている。男爵家である彼女の実家もそこまで裕福ではなかった記憶なので華やかなドレスやきらびやかな装飾品の出所は言わずもがな。

大方、美しく彩った顔とスタイルの良さでステイリーに近寄って、アミロローラの席に取って替わるつもりなのだろう。

彼女の成績は上の下程度だが、新しい魔導具の開発にも取り組んでいると聞く。卒業証明書の評価だけならアミロローラより優良物件と判断されても仕方がない。

ステイリーにしても地味で子供体型なアミロローラを女性として扱ってくれたことはないし、何なら来たくもない魔術学園に通うことになったのはアミロローラとの婚約のせいだと疎まれていた。

この茶番はその憂さ晴らしも含まれていそうだ。

愚かな頭を回した上で、一方的に婚約破棄をしてもっと優秀な魔導具師を迎え入れるより、アミロローラの責で別れその被害者への慰謝を通じて婚約に至った筋書きにすれば外聞も保てるし子爵への説明も付くとの浅知恵か。


貴族である筈のステイリーがこの婚約は家同士の契約だと理解出来ないのは何故だろう。

既に提携を結び実務に就いている魔導具師の娘に不実を働けばどうなるのか。亀裂が走ることすら思い至らない愚者。

子爵夫妻や次期当主の兄とは違い、ステイリーの態度にはアミロローラの家への感謝は皆無だった。婚約破棄を娘の責に出来れば両親さえも切り捨てる、それが無理でも子爵家に有利な条件で扱き使えると考えている様子である。


そんなこと、させて堪るか。


自分が蔑ろにされる苛立ちは確かにあった。

が、それを家族の為に耐えてきたアミロローラだ。ステイリーの浮気を知った時点で対策は立てていた。

ついに今、その怒りをぶつけるときが来た。


「⋯⋯目撃者が居ない、と断言出来るのは何故でしょうか?それだけ多岐に渡る嫌がらせを私がしたと言うのでしたら、ただのひとりも、犯行の前後の姿ひとつすらも目撃していないのはおかしくはございませんか?被害を訴えるのであれば探さなかった訳でもないのでしょう?」


穏やかな声音ながらも退く気はない凛とした口調に、ステイリーが僅かに身動いだ。恐らく、遠目では解らないだろう。

アミロローラは返答を待たず、ぐるりと周りを見渡した。困惑と不快と気遣いと好奇心と。様々な表情を浮かべた関係者に深々と頭を下げる。


「祝いの場を、このような醜聞でお騒がせして大変申し訳ございません。

 しかしながら、私は婚約者から冤罪をかけられようとしております。これ以降は場所を移しますので、許されるならどなた様か、事実を明らかにするご協力を願えませんでしょうか?」

「アミロローラ!貴様⋯⋯!」

「場所を移す必要はないんじゃない?」


ステイリーの怒鳴り声を遮った明るい声は、アミロローラ達を囲んでいた群衆の中でもとびきりの好奇心を隠しもしなかった男から発せられた。

卒業生のひとり、天才魔術師とも変人とも称される侯爵令息だった。


「一度台無しにされたんだし、ここで中断されても気になるだけだよ。

 それに、確か君は高等部に進むんだろう?そうしたらまた学友になる訳だし、僕達⋯⋯少なくともここに居る4割くらいの人間は真偽を知る必要があると思うんだけど?」


ねぇ?と、侯爵令息は周囲の卒業生や漸く駆け付けた教師に訊ねる。

飛び級出来るのに初等部所蔵の魔術書や専門書を全て読み切りたいからと3年間通い続けた首席に言われてしまえば、爵位などなくとも生徒は反対出来なかった。

教師としても、彼から度々放たれる無理難題に比べれば些細なものだと思ったのか溜息混じりではありつつも了承された。


「話し合いが済んだ後、君達には改めて反省して貰うけれど、今は問題の解決を優先することにしよう」

「ご厚情のほど誠に感謝致します」

「「⋯⋯」」


卒業パーティーで騒ぎを起こせば教師が出て来るのは当然のことであるのに、予想もしなかったのかステイリーと男爵令嬢は気不味そうにしているばかりで礼のひとつも述べなかった。

そう言った態度だけでもアミロローラの素行の方が良いことは明白であったが、だからと言ってアミロローラの主張を鵜呑みにすることは出来ないだろうし、しないだろう。


「それで、目撃者だっけ?

 誰か彼女が不審な動きをしていた、若しくは彼らから目撃証言について確認された人は居るかい?」


侯爵令息が場を掌握するように仕切り始めた理由は謎だったが、貴族ばかりの会場で意見を乞うことはアミロローラには荷が重たかったので正直の所有難い。

促され、挙手した生徒がぽつぽつと証言したが、皆「隠されたと言われ一緒に探した」「被害は見たが犯行は目撃していない」と言うばかりでアミロローラの姿も見ていなければステイリー達に確認された者も多くなかった。

アミロローラからしてみればどれも当たり前のことだ。

ステイリー達としては、あちこちに確認して騒ぎを大きくしたら真偽は呆気なく明らかになるし、今日の婚約破棄まで運ぶ前に計画が頓挫するとでも思ったのだろう。

男爵令嬢の群衆の一角に向けた睨むような視線から、自分達に都合の良い証言の協力を頼んだ相手も居るようだが侯爵令息と教師の前では固く口を閉じていた。


「となると、アミロローラ君が犯人ではないか、君達が嘘を吐き有りもしない罪を彼女に押し付けようとしてるかだと思われるが⋯⋯」


教師の言葉にステイリーの目が不自然に泳いでいる。周りが協力的なことと、杜撰な計画過ぎてアミロローラの用意した対策は不要だったかもしれない。

そう、考え始めたとき。


「それは⋯⋯っ、アミロローラが姿を消す魔導具でも使ったんでしょう!」


苦し紛れの発言に、アミロローラは咄嗟に胃の辺りを押さえていた。

周囲の人間がざわつくのも当然だ。その理由を、侯爵令息が眉を顰めて説く。


「完全隠蔽の魔導具はこの学園内であっても余程の理由がなければ触れることすら出来ないし、申請や教師の監視なく作成したり使用すれば違法となるけど?」

「そ、そうです!きっと法を犯してまで⋯⋯!」


明確に犯罪利用出来てしまう魔導具の取り扱いが厳しいのは一般常識だ。

流石のステイリーもそれくらいは知っている筈なのに、そうまでしてアミロローラを陥れたいのか。はたまた、最早退けなくなっているのか。


「アミロローラ君の成績ではそこまでの魔導具は作れない筈だが。それに、レシピも公にはされていないし、材料も高額だ。当然、隠蔽の魔導具自体も。

 彼女は庶民だろう?その説明はどう付けるんだ」


違法となれば個人間のトラブルを超える。例え痴情のもつれによる虚言であっても看過出来ない発言に、教師がステイリーを厳しく詰めた。

逼迫した彼はまた、必死にその場しのぎの言葉を探した末に。


「えっと⋯⋯あ!アミロローラの家には秘伝のレシピがあります!それに、材料を仕入れているのは我が子爵家です!灯りの魔導具には不要な高額素材の提供もあったと聞き及んでいます!」


あろうことか、思い付きの失言は事実であるから厄介だった。

魔導具師の家系であれば代々伝わる独自のレシピが存在する事実は不思議ではないからそれは良い。アミロローラの家のレシピに違法となる魔導具のレシピなど絶対に存在しない。魔導具師としての誇りに賭けて断言出来る。

が、それを証明するとなれば家宅捜索などが入り、ひとつ残らず人目に晒すこととなる。世間を騒がすような魔導具はなくても、秘伝のレシピは一族の努力と工夫の結晶だ。子孫の為にと残してくれた財産だ。

こんな下らない理由で公開されるなど断じて許せない。


「発言をお許しいただけますか!」


問われる前に、アミロローラは手を挙げた。

侯爵令息が主導している以上礼儀として掛けた文言だが、何を今更と言う顔とスッと差し出された掌で促される。そのフランクさに多少拍子抜けしたけれど、お陰でステイリーに邪魔されることもなく、感情任せになりかけた思考を落ち着かせて説明することが出来そうだった。


「ステイリー様が仰っている素材は、主に海産平巻貝の貝殻とセイレーンの声帯膜です。隠蔽の魔導具のレシピは存じ上げませんが、これらの素材の特性で作れるものだとは思いません。

 その他、提供された素材は一般的なものですし、ボドナイトス子爵様が管理されておりますので必要であればそちらにご確認ください」

「確かにその素材では隠蔽の魔導具は到底作れないだろうな」

「ぐ⋯⋯」

「言うほど高額でもないが、珍しい素材を入手してるね?それで何が作れるんだい?」


侯爵令息の興味は穴だらけの断罪劇より魔導具に移ったようで、善悪の所在すらどうでもよさそうなほど楽しげに問い掛けられた。

変人と呼ばれる所以はここにもある。普段からマイペースな性格が、魔法や魔導具のことになると歯止めが利かなくなるからだ。

けれど、それはアミロローラにとって好機でもあった。


「今幾つか所持しております。披露しても宜しいでしょうか」


侯爵令息は飛び付くように接近して来たし、教師は彼を落ち着かせる為に出したとでも思ったのだろう。

アミロローラはローブの下からその中のひとつを取り出した。

アミロローラの小さい掌いっぱいのサイズの平たい巻貝。その殻口は膜で閉じられ、渦の中心には魔石が埋め込まれ近くにスイッチも付いている。


「これが、私の提示する証拠です」


声高々に宣言すれば、その場の全員が驚く気配を滲ませた。


「詳しく聴かせて貰っても?」


ワクワクとした表情を隠さず、侯爵令息が続きを求める。アミロローラにしてみれば、有難いパスであった。


「ええ、聞いていただいた方が早いので」


言うや否や、アミロローラはスイッチを押した。


『━━か、お前の家は我が家の援助があって暮らしていけているんだ。俺に逆らうな』

『ですが、経営学の課題はボドナイトス子爵様からステイリー様に出されたものですので、私が済ませては意味が⋯⋯』

『うるさい!お前のせいでこんなところに通うハメになったんだ!つまり、この課題も本来なら出なかった!だからお前が片付けろ!』

『魔法紋学と基礎魔術学の課題もありますので私ひとりでは⋯⋯』

『父上の課題が優先だが学園の課題を落とすことも許さん。お前の課題を犠牲にしてでも期限までに終わらせろ!』


会場に広く響く会話に観衆は皆息を呑んだ。

音を刻み込むならまだしも、過去の音をその場で閉じ込め再生する魔導具など市場には出回っていないからだ。

そして、その酷い会話内容への驚きも。

⋯⋯侯爵令息だけは違ったが。


「凄いじゃないかアミロローラ嬢!良ければ見せて⋯⋯いや、触らせて貰いたいのだが!?」

「魔石に触れないで下さればお手に取っていただいても大丈夫です」

「ふむ⋯⋯このスイッチで音を出していたよね」


侯爵令息が無邪気にスイッチを押せば、先程の会話が再度広間に流れた。それを背景にしてぶつぶつと呟かれている作り方の仮説は見事に正解で、試行錯誤して作り上げたアミロローラは天才の凄さを知った。


海の水圧で潰れた平巻貝の魔物の殻は丈夫で、淡水性の平巻貝とは全く違う素材だ。魔法構造に耐え得る強度を持っている。

また、セイレーンは遠くまで歌を響かせる魔物故にその声帯膜は音を広げる機能に長けていた。歌の魅了はセイレーン自身の魔法なので、魔導具にその効果が出ることはない。

どちらも素材自体が珍しいと言う訳でなく、魔導具として利用するのが珍しいものだろう。海洋生物同士で相性も良かった。

埋め込まれた魔石には風の魔力が込められていて、貝の裏側には風を操る魔法紋を刻んでいた。

音は空気の振動だ。

貝殻の層を削り円環状にした魔導具に、音の波長を維持したまま圧縮して循環させている。削った穴の弁となるスイッチを押すことにより、貝殻は本来の螺旋状に戻り最奥から風をセイレーンの声帯膜にぶつけて震わせることでその音を再生していた。

隠し持つ為に選んだ貝の大きさにより分足らずの音しか記録出来ないが、音を閉じ込めている限り、魔力が付きない限り、何度でも再生が可能である。

そしてもうひとつの課題を、どうしても自分達の非を認めたくない男爵令嬢が指摘した。


「そ、そちらのお声はおふたりのものとは違う風に聞こえますわ!アミロローラさんと別の方が演じたものではないですか!?」


そう。鳴らしているのがセイレーンの声帯である以上音響には素材の個体差が出てしまうし、元の音とも若干異なって聞こえてしまうのだ。

抑揚の付け方や口癖、話す速度などはほぼそのままなので知る人が聴けば当人だと思えるレベルではあるものの、“完全一致”を盾にされると難しい。

一応、手段が無い訳ではないのだが。


「この魔導具から外に出せば元の音声に戻ります。ですが、同時に私は証拠を失ってしまうことにもなります。

⋯⋯なので、ステイリー様の声と同一だと判断されてからで構いません。どなたか会話の内容を保証していただけませんでしょうか」


出来ることならこの魔導具に興味を持ってくれていてこの場で一番位の高い侯爵令息か学園と言う場で権限のある教師であればと願いながら、アミロローラは周囲に視線を配った。

だが、反応は。


「アミロローラ嬢、まだ空の魔導具はあるかい?」


ニコニコとした侯爵令息の関心は証拠の保全よりも魔導具のようで。けれど拒否する訳にもいかず、アミロローラは幾つか用意していた未記録の魔導具を取り出した。


「はい。こちらに⋯⋯」

「そしたらさ、魔導具から発した音をもうひとつの魔導具に閉じ込めちゃえば良いんじゃない?」

「あ」


そんな簡単なことを何故思いつかなかったのか。

悔いたアミロローラではあったが、この魔導具は浴びせられる暴言や油断して零した失言を証拠として保存しておくべく完成させたものでもある。その上、構想の大元はステイリーの命令が多々感情任せの思い付きで、本人が忘れていたり食い違ったり矛盾があった為『言葉をそのまま残しておければ良いのに』と思ったことだ。

“突然発せられる声”を保存すると言う意識が強く、いつの間にか魔導具に閉じ込めた音は対象外であると言う感覚に陥っていた。


「試したことはありませんので上手くいくかは解りませんが⋯⋯出来ないことはないと思います」

「もし出来なかったとしても、僕がその内容を保証するからやってみようよ!」


やはりどうしても優先は魔導具なのかと苦笑したが、助けて貰えるのであればそれで充分だ。

それに、アミロローラとて魔導具師である。新しい魔導具やより良いものに近付ける実験や工夫が楽しい気持ちも共感出来てしまう。

侯爵令息に続いて、教師も証人になると宣言してくれた。


「記録した内容は補足も含めてノートに記載しております。こちらと、先程の音声が同じものか確認していただければ」


そう言って、アミロローラは腰のポーチから小さめのノートを取り出した。

筆記でも管理しているのはもしも魔導具が破損した場合や魔力切れを起こした場合の処置でもあるし、会話の文字起こし以外にも、音声だけでは解らない日時、場所、前後のやりとり・状況説明などの補足も残しておけるからだった。

ノートを睨むステイリーや男爵令嬢の視線は勿論気付いている。魔導具も含めて奪われたりしないよう警戒しながら協力してくれているふたりに見せた。

再度音を流し会話の内容と記述に差異がないことを確認した侯爵令息達は、自身のペンでノートに直接内容が一致する旨の文言と署名をしたためる。その序でとばかりにページに保全魔法をかけて貰えたので、アミロローラが後から書き換えることも他者に破られるようなことも出来なくなった。当然、アミロローラに後ろ暗いところはないのでただただ有難い限りだ。


「さあ、流してみてよ!

 ⋯⋯あ、言っておくけど他の音で掻き消そうなんてしないでね。実験の邪魔をされたら僕も容赦しないよ?」


恐らくそんな機転は思い付いていなかったであろうステイリー達であったが、侯爵令息に釘を刺されれば手段を知ったところで黙るしかなくなる。

整った場に、アミロローラは魔導具の殻口を開き、片方のスイッチを入れ、もう一方の魔石に魔力を込めた。


『━━か、お前の家は我が家の援助があって暮らしていけているんだ。俺に逆らうな』

『ですが、経営学の課題はボドナイトス子爵様から━━』


解き放たれた音は、今度こそしっかりとステイリーとアミロローラの声だと断定出来る程に鮮明で。ステイリーは散々この場で感情的に声を張り上げていたものだから、普段の他所行きの声色しか知らなかった者でも判断は容易だった。


「間違いなく、ステイリー君の声だったね。

 ⋯⋯この会話からするに、君は卒業資格を満たしていないのではないかい?」

「いや、それは⋯⋯」


教師の指摘にステイリーが言い淀む。

初等部の卒業資格は8割以上の出席と、筆記試験で合格点を取るか、論文が認められるか、魔術師・魔導具師・付与術師など魔法職としての実績を示すかのどれかひとつだ。

魔法の実力が足りなくとも真面目に勉強すれば試験で合格出来る為、卒業のハードルはそこまで高くない。

そして、ステイリーの合格はアミロローラが代行した卒業論文で以て認められたものだった。


「それにアミロローラ君がずっと余計な課題に追われていたとしたら、彼女の評定も実力に見合っていないだろうね」

「⋯⋯っ」


新しく有益な魔導具をひとりで開発していた時点で評価は上がる。アミロローラはこれまで、ステイリーを優先させられた分、自身の課題を及第点レベルでこなし何とか睡眠時間を確保していた。本来なら、もっと深くまで資料を読み込んだり試作や実験を重ねたかった課題も多い。

ステイリーの課題で探求欲をどうにか宥め、『高等部にはひとりで進めるのだから初等部の内は我慢だ』と言い聞かせて来た。

結果、ステイリーは上の中、アミロローラは中の中程度の成績となってしまった。

その辺りの事情まで教師は察したのだろう。

アミロローラにも事情を伺おうとして振り返れば。


「うーん、記録は出来たけれど先程より劣化してしまうね」

「圧縮と伸長を繰り返すことで音の波形が徐々に歪んでいくのかもしれません」

「なら、魔法紋をもっと精密な式で組み替えれば歪みが軽減されるかもしれないな」

「確かにそうですね。でもそうなると消費魔力量の問題も⋯⋯」


侯爵令息と先程の実験について語り合っていた。前のめりの天才魔術師に付き合っているだけにも見えるが、アミロローラもその目に魔導具師らしい光を宿している。いつの間にか魔導具学担当の講師や風魔法の得意な生徒が彼らに近寄り、傍で相槌を打っていた。

教師自身魔術師として、答えの見えているお粗末な揉め事などさっさと片付けそちらに参加したいくらいだが、教師と言う立場故に沙汰を下さねばならない。


「⋯⋯ふたりとも、検証はそれくらいにしてくれるかな?」

「はい!申し訳ありません!」

「むう⋯⋯今すぐ改良したいところだが、仕方がないね。面倒事を早急に片付けようか。

 で?今の論点は何だい?」

「彼の卒業資格についてだね」

「そ、卒論は自分で書きました!」


まだ言うか。

きっと、ふたりを除いた会場の全員がそう思ったであろう。閉口により静寂が訪れる。

その隙間に、アミロローラは無言で別の魔導具を起動させた。


『あの、ステイリー様、卒業資格くらいはご自身で⋯⋯』

『3年間も通ってやっただけでも充分なのに、そんなことまでわざわざ俺がやる必要があるか?今まで通りお前が卒論でも成果物でも提出すれば済むだろう。やっとここを去れるんだ。最後くらい口答えせず黙って従え!』

『⋯⋯承知しました』

『まったく、気が利かないし可愛げも色気もない奴だな。それに比べて⋯⋯ンンッ』

『何でしょうか?』

『うるさい!何でもない!』


「なん⋯⋯っ!」


証拠として持ち込んだ魔導具のどれにどの会話が入っているかはきちんと把握している。

卒論の話に加え、アミロローラへの侮辱と浮気の煙まで立っている記録は隠し持つ為の個数の節約が出来て助かっていた。


「こちらの命令でステイリー様の卒業論文は私が書きました。不正行為の手助けをした場合、私はどのような処罰になるでしょうか?」


情状酌量を微かに期待しつつも罰は罰として受け入れるつもりで申告したアミロローラに、教師は慈しみの表情で応える。


「この場合、君は脅されているのだから赦免だろう。

 それどころかそう長くない期間で卒論をふたつも書き上げたんだ。君のものとして提出された方は良だったが、ステイリー君のものは優だった筈だよ」

「そこに日頃の課題と音の魔導具の成果も加えて、再評価されても良いくらいじゃない?ねぇ先生?」

「流石に私の一存では決められないが、その可能性は高いだろうね」

「⋯⋯っ!ありがとうございます!」


教師と侯爵令息だけでなく、周囲の人達も温かい目で頷いてくれていたものだから、アミロローラは方々に低頭し感謝を述べた。

その笑顔に弾かれたかの如く叫んだのは。


「どうしてアミロローラばかり優遇されるんだ!」

「そうよ!その子が用意した証拠ならその子の優位になるに決まってるわ!」

「君達!いい加減にしないか!」


悪足掻きもここまで来るといっそ感心した。

自分の代わりに怒り叱ってくれる教師に感謝を抱きつつ、アミロローラは矢継ぎ早に魔導具を次々と展開させていく。

アミロローラ達の言葉が届かないなら、己の言葉を聞けば良いと。


『━━ざけるな!平民のお前が俺より優れた成績を残して良い訳ないだろう!婚約者に恥をかかせる気か!?』


『その案は、領民の為にならないかと⋯』

『俺に指図する気か?

 父上も兄上も考えが古いんだ。俺が責任者になったら地味で利益も大して得られない灯りの魔導具など切り捨てて、斬新で便利な高級魔導具を扱うつもりだ。覚悟しておけ』


『━━ん約者にしてやっただけで有難く思え。地味な上にチビで子供臭いお前など、女として使ってやる気も起きないからな』


聞くに耐えないと顰められた表情。

不快感からじとりと睨め付ける視線。

ひそひそと囁かれる嘆嗟や非難。

群衆からの嫌悪や咎責に晒されて、ステイリーがたじろぐ。


「アミロローラ!止めろ!」

「⋯⋯これらは確かに貴方が不利になる証拠ではありますが、実際に私がぶつけられた、貴方の口から発せられた言葉の数々ですよ」

「━━っ、捏造だ!全部捏造されたものだ!!」


幾ら何でも往生際が悪過ぎる。

言っても無駄だとは思いながら、アミロローラは説明した。上手くいけばステイリーはまた失言してくれるだろうと読んで。


「風の魔法紋で空気をそのまま閉じ込めているので継ぎ接ぎなどの改変は出来ませんね」

「は?音の魔法に風魔法は関係ないだろ」

「⋯⋯君の卒論は君の得意な風魔法による効率的な集音や拡大、指向性などの研究━━つまり、この魔導具にも関わる内容だった筈だが、その基礎的な部分すらも理解出来ていないのかい?」


諭すような教師の物言いにステイリーが固まった。

貴族が雇う家庭教師が教えるものかは知らないが、冒険者などは風魔法で索敵することもあるので一般的にも広まっている。

魔術学園に通っていたなら尚更、知って然るべきである。

流石の男爵令嬢も『そんなことも解らないの?』と言う顔をしていた。


「せめて目を通していれば違ったろうに、人にやらせておいて読んでもいないのか⋯⋯」

「皆苦労して仕上げてるのにあんな奴が卒業資格貰えて良い訳ないだろ」

「普段の成績すらアミロローラさん任せだったのだものね」


通いたくて通っている者が殆どで、有終の美を飾る為より良い成績を修めようと必死に努力した者も多い。

アミロローラと言う優秀な学友だけでなく魔術学園すらも見下され、周りの苛立ちは積もりに積もっていた。


「⋯⋯彼はここに通いたくなかったんでしょう?資格を取り消した上で、退学扱いにしてしまえば良いのでは?」


侯爵令息がつまらなそうに提案し、「まぁ、概ねそんなところだろうな」と疲れた顔の教師が答えた。


「〜〜〜〜ッッ!!アミロローラ!お前は俺の婚約者だろう!ならばお前が何とかしろ!

 父上が恥をかけばお前の親も困ることに」

「恥なのは君の存在じゃない?」


どの口が、と罵りたくなるステイリーの掌返しを侯爵令息が辛辣に遮る。

浮気相手にもとうに距離を取られ、真っ赤な顔で孤立した婚約者をアミロローラは真っ直ぐ見据えた。


「選りにも選って祝いの場で、皆様の耳を汚してまで婚約破棄を宣言したのはそちらでしょう?」


息子と違って子爵は優しく誠実な人だから、慰謝料代わりにせずとも高等部の支援は打ち切られると思わないし、倫理的な対応をしてくれる筈だ。アミロローラの両親も困っている人を放っておけない性分なので灯りの魔導具の作成自体は今後も引き受けるだろう。言ってしまえば婚約から事業契約に切り替わるだけだ。

後はアミロローラが一家の稼ぎ頭になれば良い。

幸い、ステイリーに押し付けられた課題で経営学にも触れることが出来たのだから。何なら経済学を学べる機会を慰謝料にして貰ったって良い。そうでなくとも学ぶ気概はあった。


「〜〜あんな宣言など無効だ!父上が信じる筈が」


『アミロローラ!お前が彼女にした嫌がらせは解っている!

 贖罪として婚約破棄を受け入れて貰うぞ!』


「えっ⋯⋯」

「今日の発言も、しっかり記録しておりますよ」


常日頃から対策をしていたのに卒業式の日だからと怠る訳がない。いつも通り、怒鳴りつけられる気配を察知した瞬間にスイッチを入れていた。

覚えのない嫌がらせを羅列されたときも、違法魔導具の嫌疑をかけられたときも、全て被害の証拠として残している。

そして今もまた。

ローブに縫い付けたポケット、その中の未記録の魔導具を上から押さえて起動させ。


「私アミロローラは一方的な婚約破棄を受け入れます。

 私には何の瑕疵もなく、責任は全面的にステイリー様に有ると認めて下さいますよね?」


()婚約者に向けたことのない爽やかな笑みを浮かべ、馬鹿馬鹿しい断罪劇の幕を下ろしたのだった。







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― 新着の感想 ―
とても面白かったです
保護者がいないタイプの卒業式なんだろうけど、公開断罪なんてアホなことしたせいで録音がなくても証言者がザクザク、、、。
ステイリーの父子爵どこ行った? 兄令息どこ行った? このあとは、どちらかが出てきて、魔道具での攻撃からの、処分言い渡しの流れでは? 子爵家からの除籍、平民落ち。鉱山行き あ、浮気相手も平民落ち、娼館…
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