【8】近衛騎士団と騎士団
――――すやすやと寝息を立てる新妻の表情を見守りながらも、ふいに部下たちの報告を受ける。
『邸宅捜索の結果、ファウスト殿下がリタ嬢に贈ったドレスとジュエリー全てをジョヴァンナのクローゼットやジュエリーボックスから押収しました』
『ご苦労』
『陛下は公爵家による王家の財を横領した罪を重く見、公爵家の財の没収と予算の減額を指示いたしました』
『ま、それが妥当だろうな』
『邸宅捜索が終了いたしましたのでジョヴァンナたちは釈放となりましたが、本日の大捕物があった以上社交界には当分顔を見せられないでしょう』
『それがいいだろうな。リタのためにも』
部下たちとの念話通信を終えてベッドに潜り直そうとすればリタと目があった。
「……起こしたか?」
念話での会話だ。音は立てていなかったと思うのだが。
「いえその……アルドさまが離れているような気がして……目が覚めてしまったのです」
「……」
「お仕事、をしていたのですか?」
「そうだな……その、リタには話しておくか」
「ええと……」
「リタは第6隊のことをどれだけ知ってる?」
「その……近衛騎士団の6番目の部隊……ですか?」
「確かにそうだが……第6隊は他の部隊とは異なり花形ではなく影の部分を担当する」
「影……?」
「いわゆる諜報部隊だ」
「……っ!」
「情報収集、スパイ、暗殺と言った近衛騎士団の裏の部分を担う。諜報部隊と言うことは近衛騎士なら誰でも知っているし、貴族たちの中でもきな臭い部隊だと言う噂は回してる」
核心の部分はともかく、その名を聞いて大人しくなるくらいには情報を操作して回しているのだ。
「すごいお仕事をされているのですね」
「まぁ……そうかもな。その関係で念話魔法での通信なんてしょっちゅうだし、徹夜や張り込みも多い不規則な部隊だ」
他の部隊にも夜勤はあるが、こちらは何日もぶっ通しでだなんてよくあることだ。
「以前聞いた時は事務系と聞いていたので……」
「うぐ……っ」
それをカルラに言わせたのは俺である。
「事務系ももちろんいるぞ。調査書を纏めたり、資料を纏めたりだとか。あの時は公爵家でだったし、全部を全部話せなかったんだ」
「思えばそうですよね!失念しておりました」
「いやいいんだ」
適当なことを言わせたのは俺だし。
「だが……俺が第6隊であることでその分寂しい思いをさせるかもしれない」
「お仕事ですもの……それは仕方のないことなのだと思います」
「リタ……」
「だからこうして少しでも共にあれれば私は幸せです」
「ああ……俺もだよ」
リタが腕の中にいるだけで安らぐような感覚に浸る。こんなにも安心する夜は……初めてだ。
※※※
――――翌朝
起きるなり何処かへ急ぐリタを追いかけようとすればカルラが現れる。
「隊長、ダメ」
「え?」
「そうですわ。旦那さまは大人しくしておられませ」
「たまにはごゆっくり朝の準備をいたしませ」
うう……メイドたちまで完全にカルラの味方をしているのなら俺に勝ち目はない……か。
メイドに諭された通り朝の準備を調え食堂へ向かえば、リタが先に待っていた。
「あ、アルドさま!」
えらく緊張しているようだが……どういうことだろうか?
リタに何かあればカルラたちが知らせてくるはずなので違うと思うが。
いつもと同じように食事を済ませようとすればデザートが振る舞われる。
「……プリンか?」
朝から珍しい。しかしリタもいることだし料理長からのサービスだろうか。
だがリタはプリンに手を付けずこちらをジッと見つめている。
「リタ?プリンは苦手だったか?それなら無理はしなくても……」
「そう言うわけでは……その、アルドさまから食べてください!」
「あ……ああ。分かった」
ぱくりと口に含めば甘くとろける感触が喉に心地よい。
「ん……旨いな」
「美味しい……ですか!良かった……!」
「どうしてリタが喜んで……」
「その……プリンは私が作ったのです!」
「え……っ」
「ええと、その、私がやりたいことを考えた時、お料理を覚えたいと思ったのです。でも……料理長のお仕事を奪ってはいけません。カルラちゃんやメイドさんたちに相談したら……スイーツならどうかと」
「それでプリンを?」
「はい……!料理長も菓子作りは貴族夫人の趣味のひとつだと応援してくださって……」
「そうだったのか……」
確かに貴族夫人や令嬢は料理をしないが菓子作りなら有り得る。
「ありがとうな。とても美味しかった」
「はい!」
リタが満面の笑みを向けてくれて、自分の分にもスプーンを付け美味しそうに食べている。
リタを守るため、俺も頑張らなくてはな。
※※※
本日のリタはメイドたちに焼き菓子作りを教えてもらうらしい。俺も楽しみに待ちつつも仕事もこなさねばな。
「アルド、実は案件が入ってて」
「うん?どうした?」
ヴィーが魔法通信装置を持ってくる。第6隊内であれば必要ない……と言うことは外部か?
「誰からだ」
「フェデリカ・スクード」
「フェデリカ……!」
元第6隊員じゃないか。
「早速繋いでくれ」
「了解」
魔法通信を繋ぐとモニターの向こう側にグレーの髪に黒い瞳の女性が映る。
「久しいな、フェデリカ」
『はい、隊長』
「しかしどうした?……まさか俺の婚約破棄の件か」
『いえそんな……!隊長は何も悪くないではないですか!それに隊長がいたからこそ、私は退役しベニートさまの妻になれたのですよ』
「それは……」
第6隊は表の諜報部隊と言う顔の裏に王家の影と言う側面を持っていた。故に身体に裏切った場合死に至る呪印を刻んだ。
『かつての私たちは退役など不可能、ただ影として生きるのみでした』
「そうだったな」
結婚はできても任務のための偽装、また王家の敵となったときは夫であれ我が子であれ手にかける呪いを負う。
俺はそれを終わらせた。兄上は賛成したが父上の代の先代は認められなかったから……死闘になった。
その死闘の答えは今俺がここに生きていること。第6隊隊長であること。
「俺はお前たちを信頼している」
業務上知り得た情報や知識は退役後も漏らすべからずと言う騎士の誓いは立てる。しかし。
「呪いで縛らない。それこそが俺のお前たちに対する信頼の証だと思っている」
その分、裏切った場合は自らの手で処断する覚悟を手に。
『はい、そんな隊長だからこそ今でも私にとっては髄一の隊長です』
「ありがとうな。フェデリカ」
『ええ』
「しかし……今回はどうしたんだ?」
『そうでした!実は折り入って相談がありまして』
「何だ?」
『……暗殺していいですか』
「………………誰をだ」
何となく予想は付いている。
『ジョヴァンナ・ルーチェ』
だと思ったよ。
「それはベニートに言い寄ってるだの何だの言う噂が関わっているのか」
『噂ではなく事実です。昨晩ヴィーも現認したのでは?』
さすがは元隊員。
ヴィーが監視していたことも掴んでいるとはな。
『あの女……しつこくベニートさまに言い寄った挙げ句、今日は屋敷にも押し掛けてきまして』
「謹慎していると思いきや全く懲りていないな」
『全くです!隊長に酷いことをしておいて、隊長の奥さまにまで!さらにはうちのベニートさまに……っ!もう……暗殺しましょう』
「待て待て待て!落ち着け!」
ジョヴァンナもフェデリカが現役時代すぐに暗殺暗殺言い出す狂気の女だと知ったらベニートに近付かなかったろうか?いや、外にそれを出すわけにはいかないが。
「お前……ベニートの前では清くおしとやかな女を演じてるんじゃないのか」
『……』
「分かっているのなら少し冷静になるように」
『……はい』
「それで?押し掛けてきたと言ったか」
『ええ。門の前でベニートさまを出せと騒いでおりまして……ベニートさまはそもそも騎士団の元におりますから不在なのです』
「まあ普通そうか」
『ですからベニートさまがいない今ならサクッと殺れるかと!』
「いや、やめんか。お前の腕が鈍っていなかったとしても死体処理をどうする」
『ですから隊長にお願いしようと』
「そう言うことか」
うちなら秘密裏に処理できるし、既に退役し人妻となったフェデリカが闇組織に依頼したとなれば闇社会が騒ぎになる……上に俺の耳に確実に入るものな。
※※※
近衛騎士団と騎士団の大きな違いはテリトリーだ。近衛騎士団は主に王城や王家の要人の側。対して騎士団は王都である。
その他にも地方の騎士団やら貴族お抱えの騎士団なんてのもあるが、今は割愛しよう。
「ふぅ……何故私まで」
「そう言うな、エルネスト。お前を連れていった方が話が早いと思ってな」
「それは……あまり納得行きませんが」
それでも付いてきてくれるところは相変わらずだ。
「邪魔するぞ」
私服で来るわけにも行かないので表の近衛騎士の格好で騎士団の本部を訪れる。
――――その瞬間。
『敵襲だあぁぁぁぁっ!!』
何故そうなる。兼ねてより近衛騎士団と騎士団は犬猿の仲と言われる。別に喧嘩しているわけじゃない。だが何と言うかライバル意識のようなものがあるのだ。
「おい、待て」
「何をおっ!?偉そうに!」
仕方ねえだろ王弟殿下として育てられたしお前たちよりは階級も爵位も上だし。
「名を名乗れぇっ!王家の犬め!」
まぁそれはある意味正しいが。
「アルド・オスクリタ」
「え?」
「エルネスト・ロッカだ」
「ロッカ……ってまさか」
「あのっ!?」
俺の名に半信半疑だった騎士たちが浮き足立っているのが分かる。
「団長大変です!!あのロッカの!!」
「ロッカと言えば伝説の先々代だろ!」
さすがはロッカの名。騎士団では伝説級の存在なのだがその息子が今は騎士団を選ばず近衛騎士ってのは不思議な縁だな。
「はぁ……あまり騒がれたくなかったのですが」
「いいじゃないの、エルネスト。騎士団と近衛騎士団の溝を埋めるにはこれが一番効く」
「悔しいですが……事実ですね」
そして団長が呼ばれ大急ぎでやって来て……固まった。団長であるベニートはさすがに俺の顔を知っている。
アッシュブラウンの髪にグリーンの瞳の美男が丁寧に騎士の礼を向けてくる。
「これは王弟殿下、エルネスト副官。ここにはいかようで」
「話が早くて助かるが、今は近衛騎士としてきている」
「それは失礼いたしました、オスクリタ隊長」
「それでいい、ベニート。早速本題だが、フェデリカから連絡があってな」
「フェデリカから……!?そんな、妻に何か!?妻はかれんでおしとやかで……そんな妻に何かあったらきっと戸惑っているはず!」
いや……暗殺暗殺暗殺うるさいが?
「隊長だってご存じでしょう!?かつての部下だったのですから!」
「あー……うん?」
とは言え第6隊だぞ……?なのにそう信じている。ベニートは若くして騎士団長に抜擢されたできる男だが……妻のことになると悉く抜けている。
「単刀直入に言うとな、ジョヴァンナ・ルーチェが伯爵邸に押し掛けているんだ」
「そんな……妻は無事なのですか!」
「あー……うん」
歴史に名を残すような暗殺者だぞ?並みの猛者じゃなきゃ傷も付けられねえよ。
「早速来て欲しいんだがいいだろうか」
「もちろんです!副団長!しばし留守にします!」
「あー……うん。行ってこい」
副団長すらあの反応だぞ。副団長は気付いてる。ベニートの妻が元第6隊であることの意味を。なのにベニートだけが天然過ぎる。
それで夫婦仲よくいってるなら……別に俺は何も言わないが。




