【7】舞踏会の夜
カタカタと車輪の音が響く。あの日と同じようにふかふかの座席に腰掛けたリタを見る。
闇夜のようなドレスにアメジストを身に付けた真珠姫はまるで宝石のように輝いている。
「その……変ではないでしょうか」
「まさか、とっても似合っている」
「は、はい、アルドさま。嬉しいです」
うう……やっぱりかわいい。ずっと思っていたが贔屓しすぎと言われようが、婚約者がこんなにかわいいものだと知ったのは彼女が初めてだ。
「でもやっぱり、緊張します」
「それは……人目と言うことか?」
「それもありますが……最低限しか参加したことがなくて」
ファウスト殿下との婚約者時代か。しかしながらその時のドレスやジュエリーすらも持ってはいなかった。公爵邸の部屋にもなかった……か。
思えばジョヴァンナはいつもお気に入りのドレスやジュエリーでパーティーに参加していた。俺がエスコートする以外でもだ。それがどこから来ていた……など想像に堅くはない。
あれはシルバーや王家の色であるロイヤルブルーを象徴するような色だった。
「安心してくれ、リタ」
「アルドさま……?」
「俺がついている」
ジョヴァンナの件は第6隊で調べるとしよう。ファウスト殿下が用意したものならば王家の予算から出したものだ。それをジョヴァンナが横から奪い取っていたとしたら予算の横領となる。これは確実に俺たちの範疇である。しかし今は……。
「俺がリタを守るから安心していい」
「はい……っ。アルドさま!」
今はこのかわいい姫君を守らねばな。
※※※
パーティー会場は既に多くの貴族たちがごった返している。そんな中、高らかに王弟の入城を告げられ歩を進める。
「みなの視線など気にすることなどない。もしもの時はカボチャ畑だと思えばいい」
「カボチャ……っ、ふふっ、変なの」
「ははっ、その方がずっといい」
「アルドさま」
「笑顔のリタが一番だ」
「……っ」
リタの頬が桃色に変わる。
「早速陛下に挨拶に行く事になるが大丈夫か?」
「はい、アルドさまと一緒なら」
そう言って微笑むリタに何だか愛おしさが増した気がするな。
「陛下」
「ああ、アルド。そしてリタ嬢も。よくぞ来たな。仲むつまじそうで何よりだ」
「はい、お陰さまで」
「リュシルもそなたらに会うのをとても楽しみにしていた」
「ええ、陛下」
兄上の隣にはダークグリーンのロングヘアにエメラルドグリーンの瞳の美女が腰掛ける。
「義姉上。先日の訓練ぶりです」
「ええ。あの時はどうもね。あなたたちも仲良さげで何よりだわ」
くすりと義姉上が微笑む横で、兄上が何かを訴える目で見てくる。
「リュシルだけ……義姉上か」
「甘やかすとろくなことになりません。臣下たちの前でだらりとだらしない顔晒されても困ります」
「ふぐ……っ。それくらい……我慢できるっ」
嘘つけ。控え室に入るなり義姉上相手に弟のろけ始めるに決まってんの知ってんだからな。
「では後も詰まっておりますので」
「パーティー楽しんでってね、アルドさんにリタ嬢も」
「そんなぁっ、まだちょっとしかしゃべってないぞ!アルドおおぉっ!」
全然我慢できてねえだろうが、このブラコン。
※※※
「さて、主賓への挨拶は済んだし……何か食べていくか?」
「ええと……何が良いのでしょうか」
「肉料理からサラダ、スイーツまで様々だがな。令嬢に人気なのはサラダやスムージーかな」
いきなりスイーツを勧めるよりはいいだろうか。
「で……では、それをいただきます!」
「じゃぁもらいに行こうか」
給仕にサラダを取り分けてもらえば、リタがはむはむと野菜を口に含んでいる。何かウサギみたいで愛らしいな。
「ああ、王弟殿下、こちらに!」
「かようにご機嫌麗しく……!」
いやたった今ご機嫌悪くなったわ!!
せっかくリタを眺めていたのに邪魔をしに来たのか貴様ら!
「何か御用で?」
必殺王族スマイル。
「い……いえその、ちょっとお話をしたいと……」
「お忙しかったですかな?し、失礼を」
よし。なかなか賢いやつらで何よりだ。
さらには会場内がどよめくのを聞く。何だ?
『隊長、繋ぎますか?』
部下からの念話である。
『ああ、そうしてくれ』
すると左目と耳が部下たちの視界と共有される。ここは……パーティー会場の中心部。食事ブースと離れているからリタが巻き込まれることはないな。ええと……どれどれ?
『見ろ、あれがルーチェ公爵夫妻だ』
『王弟殿下の婚約者のリタ嬢に酷い扱いをしていたのでしょう?』
『よくもこの場に顔を見せられたものだ』
『王弟殿下の怒りを買うことは明らかであろうに』
その通りだな。周囲の貴族たちがわざと聞こえるように噂することであの公爵夫妻の顔は恥ずかしさで真っ赤なようだ。
しかし不思議なことにジョヴァンナの姿がない。さすがに謹慎か……?
『いいざまだ。だがこちらに近付くようならまた知らせてくれ』
『承知いたしました』
部下との通信魔法を切れば、リタは次にスムージーを楽しんでいるようだった。
「んんっ、美味しいです!アルドさま!」
「そうか、それは良かった」
「アルドさまもいかがですか?」
はいっとスムージーを差し出してくる所作のかわいらしさは格別だな。
「それじゃぁ俺も……んっ、旨いな、これ」
「でしょう?」
リタが嬉しそうに微笑む。
しかしその時だった。
『隊長』
『ヴィー?何があった』
『ジョヴァンナが隊長たちに気が付いたみたい。そちらに向かってる』
『いつの間に来ていたのか』
『そうだねぇ……両親をほっぽいていきなり騎士団長に突撃したみたい。相手にされなかったようだけど』
『そりゃそうだ。既婚者だし』
『ふふふっ。だねぇ。で、そっちはどうする?』
『迎え撃つさ』
「リタ」
「アルドさま?」
こてんと首を傾げるリタをサッと後ろに庇った時だった。
青いドレスにシルバーのジュエリーを身に付けたジョヴァンナの姿を視界に捉える。
「見付けたわよ!リタ!」
俺の前にリタかよ。一方的に婚約破棄を告げてきた俺への謝罪すらない。これはそう言う女だ。
「ちょっと……男の後ろに縮こまるなんて卑怯じゃない!」
「そ……それはっ」
リタが後ろで脅えているのが分かる。
「リタの名誉を傷付けるようなことを言うな」
「あ……アルドっ」
「もう婚約者ではないのだから俺の名を軽々しく呼ばないでもらおうか」
「何ですって!?何様よ!」
「何様?大公閣下さまで王弟殿下さまだが何か?」
たかだか公爵家の養女になど手が届かない雲の上の存在。そんな男との婚約を一方的に破棄したことを分かっているのか?
「う……っ、私は……あなたの元婚約者じゃない!」
「だから『元』だろう」
「けれど」
「けれどもでももない!お前がこの俺の名誉を傷付けたことに代わりはない。親子揃ってよくもこの場にのこのこと顔を見せられたものだ」
「何ですって!?そもそもあんたがっ」
「俺が何だ?」
「爵位も一代限りの役立たずだからっ」
「あ゛?そんなの当然だろ。俺の近衛騎士としての立場。王族としての立場。全てを加味した上で俺の子が爵位を受け継いだら権力や権威が大きくなりすぎる」
王弟と言うのはそう言うものだ。特にあのバカ兄……ブラコンだし。
「そんなことも分からないとは。令嬢教育もまともに受けていないのか」
「何よそれ!私への侮辱だわ!」
「お前がそれを言うか」
「うるさいうるさいうるさぁいっ!私がこう言っているのだから少しは慮ったらどうなの!?」
「は?何で」
ギロリと睨みを効かせる。
「ひ……っ」
ふん……これくらいでビビるとは。自分でもどす黒い魔力が漏れ出ているのが分かる。
「アルドさま」
「……リタ?」
ハッとした瞬間、リタの手が触れた腕から浄化されるようにどす黒いものが晴れていく感覚を覚える。
「私がついております」
それは俺のセリフだったはずだ。
「アルドさまの素晴らしさは私が一番分かっております。誰に何を言われたって関係ありません!」
「リタ……」
「ちょっと何割り込んでるのよ、リタ!」
「……ジョヴァンナ」
リタの肩がぶるりと震えるのが分かった。
「心配ない。リタは俺が守るから」
「アルドさま……!」
「な、何なのよっ、2人で仲よろしくっ」
「婚約者なのだから当然だろう」
「はぁ!?私の時はそんなの……っ」
「当然だろう。他人が贈ったものをパーティーに身に付けてくる女だぞ?」
「は……?」
「その青いドレスにシルバーのジュエリー……どこで手に入れた」
「どこでって……これはお父さまとお母さまが私のために……」
「鑑定完了いたしました、隊長」
颯爽と現れたエルネスト率いる近衛騎士団の一行。表の騎士服に身を包む部下たちだ。
「エルネスト、どうだった」
「ええ。あのドレスとジュエリー、ファウスト殿下がかつてリタ嬢に贈ったもので間違いありません」
「つまりは王家の予算で購入したものを横取りしたと。恐らく余罪多数だろうな」
「ち……違うわよ!これは全てリタが私にくれたのよ!」
ああ言えばこう言う。都合が悪くなればリタのせいか。
「どうだ?リタ」
「ええと……」
「言ってみるといい。何があっても俺が付いている」
「私も付いてる」
「俺もねー」
カルラがリタの手を取り、ヴィーが俺の隣に立つ。
『我々もです、リタ嬢!』
そしてエルネストたち第6隊員。
「カルラちゃん、ヴィーさん、みなさん……!」
リタは最後に俺の顔を見てうんと頷く。
「あの……ファウスト殿下にいただいたドレスやジュエリーは全てジョヴァンナに奪われました!今着ているドレスとジュエリーもです!」
「ああ、よく言った、リタ」
「はい!アルドさま!」
「ちょ……リタ!裏切る気!?」
「裏切るも何もリタは己を虐げたお前の味方ではないだろう」
「虐げただなんてそんな証拠どこに……」
「我ら第6隊がしっかりと映像記録を保管している」
「はぁ……?そんなのいつ……何なのよ、その第6隊って!」
「そんなことも知らなかったのか?近衛騎士なら聞いただけで背筋が伸びる」
今パーティー会場の警備をしている近衛騎士たちの背筋が伸びたな。
「貴族たちも……取り分け高位貴族ならば大人しくもなるだろう?」
この騒動を何かと見に来た貴族たちも大人しく黙りこくる。
「それが俺たちだ」
「何よ……!意味が分からない!」
「では陛下」
「ああ」
事態を嗅ぎ付けた兄上が近衛騎士団長と共にやって来る。
「ルーチェ公爵家のジョヴァンナ嬢には王家の財の横領疑惑が持たれております。邸宅を捜索しても?」
「ああ。お前たちが裏付けをしたのなら確かだろう」
「ええ。公爵邸のクローゼットやアクセサリーボックスの中も確認済みです」
「では早速邸宅捜索に向かうがいい」
「はっ、陛下」
近衛騎士団長が頷く。
「団長、道案内にうちの部下を付けましょう」
「ああ、助かる。しかし隠蔽の可能性は?」
「現在も見張らせておりますしあちらの手の者は掌握済みです」
「おやおや……ますますあなたの才は末恐ろしい」
「今は俺の方が部下ですよ、団長」
「そうであった」
クツクツと団長が笑う。
「後は公爵夫妻です」
ジョヴァンナは既に団長の直属が動きを封じている。
「何、令嬢が騒ぎを起こした時点でパーティー会場から出すことはない。そのまま拘束する」
「それは何よりです」
「ちょっと……何なのよこれ!放しなさいよ!」
暴れるジョヴァンナだが、近衛騎士たちが放す訳もない。
「お前たちルーチェ公爵家の者たちは捜査が済むまで拘束だ!」
団長が叫ぶ。
「だったらリタもじゃない!何でリタは自由の身なのよ!」
「ふむ……ではもう婚姻を認めてしまおうか、弟よ」
「陛下……そうですね、お受けします。兄上」
今ならば躊躇う理由もない。リタとならと思うのだ。
「リタ嬢もどうであろうか」
「へ……陛下っ!その……わ、私も、アルドさまと……婚姻しとう、ございます……っ」
リタ……っ!
「ではここにそなたらの婚姻を認めよう。リタ嬢はオスクリタ家の者となったので拘束する必要もない。さぁ、連れていけ!」
『はっ!!』
近衛騎士たちが容赦なくジョヴァンナを引きずっていく。公爵夫妻も拘束されていることだろう。
「リタ」
「はい、アルドさま」
「こんなかたちでとなってしまったが……ありがとうな」
「私の方こそ……アルドさま妻となれること、嬉しいです……!」
ああ……愛おしいと言うのはこう言うのを言うのだろう。転生してから自分のことを知れば知るほど無縁だと思っていた。
「ああ……リタ」
愛しき少女……いや妻をそっと抱き締めた。
「アルドさま」
当たり前のはずの幸せ。自分には得られないと思っていた。しかしそんな幸せは確かに今、俺の腕の中にあるのだ。




