【26】ナイショのブオート先輩
――――それは2年前のことである。
それは毎年行っている定期的な内偵捜査のはずだった。
「不本意だ」
「仕方なかろう。適任なのだから」
エルネストに書類を突き付けられ、ヒクヒクと目尻が動く。
「何故この俺が学園潜入任務なんだっ」
「経験者だしな。顔も制服を纏えば10代に見える」
「とは言え俺は22だ」
「許容範囲だ」
それはあれか。前世の学園ものドラマでメインキャストの高校生役の年齢調べたらだいたい20代だからか!?エキストラは知らんけど!
「でも通ってるやつもいるよな?」
貴族の令息令嬢でスカウトしたやつらなら……。
「普段の勉学がある」
「……」
「それにお前の内偵風景も近衛騎士としての修練の一環にしている」
「その分の授業は」
「学園側には近衛騎士の任務として申請するから代替可能だ」
「ふぐっ」
「学園としても定期的な内偵は監査と同じ。是非にと協力をこぎつけた」
「何でもう根回しが済んでんだよ」
「内偵終了後は部下たちからのレポート提出がある。楽しみだな」
「……俺が当事者じゃなけりゃぁな」
しかし任務とあらばやらぬわけにはいくまい。
※※※
――――基本は目立たず、数多くの貴族たちの中に紛れた平凡を演じる。髪はくせっけにして茶髪に染め、メガネをかけて出来るだけ地味男子を装う。
『肩書きは任務のために用意されたカラ爵位のヴオート子爵令息。お前らも使うことがあるかもしれないな』
第6隊にはこのような内偵用の爵位が陛下より幾つか与えられているのだ。
『学年は3年、2年間は病気で通えなかったと言う設定だ』
何人か内偵を内偵する見学者の気配に解説しつつ目立たずそして着実に内偵をこなしていく。
『今年はリヴィオ殿下も入学している。故にお付きの近衛騎士も内偵対象だ』
『『『了解、隊長』』』
――――そんな時だった。
「きゃ……っ、あの……ごめんなさいっ」
「いえ、大丈夫です」
俺としたことか、令嬢とぶつかってしまった。
しかし一瞬何かが弾けたような、中和したような感覚は何なのだろうか?
「あ……先輩の方だったのですね……っ!」
制服はリボンやネクタイの色で学年が分かるようになっている。彼女は1年生。そして……。
『リタ・ルーチェ公爵令嬢。通称真珠姫』
公爵邸では合うことのなかった彼女。思えば学園には普通に通っているか。貴族なら普通は行くからな。王族だった頃の俺は任務でしか行ってなかったから入学も卒業もしていない。
「その、すみませんでした」
「いえ、おかまいなく。それよりもお怪我は」
出来るだけ目立ちたくはないものの、令嬢への礼儀を省けば逆に印象の悪い令息として記憶に残ってしまうだろう。可もなく不可もなく演じなければ。
「特には……ですけど」
どうしたのだろうか。妙にキョロキョロしているな。暫くすればあまり好まない声が響いてくる。
「どこに言ったのよ!リタのやつ!せっかくいい見世物にしてやろうと思ったのに!」
はぁ……あの声はジョヴァンナか。そう言えば彼女も新1年生だったな。しかし義姉のリタ嬢を見世物とは品がない。
「……」
リタ嬢がふるふると震える。
「こちらへ」
リタ嬢をサッと物陰に庇う。
「あの……」
「しゃべらずに」
「は……はい」
物陰から様子を伺い、叫びながらずかずかと歩いてくるジョヴァンナの姿を捉える。
そして狙いを定め、闇魔法を操り彼女の影を華麗に引っ掻ける。
――――その瞬間。
「ギャァッ!」
ジョヴァンナがスカートを大きくまくりあげながら転倒する。
さすがにスカートがああなるとは思っていなかったが。
「ククッ、我ながら傑作だ」
周囲の生徒にクスクスと笑われながら、顔を赤くして去っていくジョヴァンナの姿。見物だな。
「あのぅ……先輩?今のってもしかして……」
は……っ。しまった。リタ嬢にはどう説明しようか。
「……ナイショ、ですよ」
「……は、はい!その……えと、先輩のお名前は?」
「私ですか?私は……アル・ブオート子爵令息です」
「助けてくださってありがとうございました!ブオート先輩!」
「いいえ、おかまいなく」
少し目立ってしまったろうか?しかしそれはリタ嬢と2人だけの秘密。
『これはセーフだ、覚えとけ』
『『『ええ~~~っ!!?』』』
何で不満げなんだよ、お前ら!!
※※※
――――2年後、現在。
リビングに顔を出せば、カルラがリタと並んで腰掛け教科書のようなものを広げている。
「何だ、勉強を見てやってるのか」
「はい、アルド。カルラちゃんが副官のエルネストさんから課題を出してもらったそうなので!」
「うん。かつては隊長もやった任務。学園潜入任務をやることもあるかもしれないからって、エルネストが」
「ああ、そう言うこと」
あと2年ほどすればカルラも学園に通っていてもおかしくない年齢だ。
「私は貴族じゃないから、本格的に通うことはないけど」
「通ったっていいんだぞ?カラ爵位ならあるし」
「やだ。リタっちと一緒にいられなくなる」
「そう言う理由かよ」
いや、別にいいんだが。2人が仲良しだからこそ微笑ましい様子も見られることだし。
「ああでもあれはそう言うことだったのですね」
「ん?どうした?リタ」
するとリタはとたとたとこちらに向かってきて、耳元で囁いてくる。
(ナイショですものね。ブオート先輩!)
「……」
あまりの衝撃に手に持っていた本を落としかけた。
「な……なんでっ、覚え……」
「私の大切な思い出のひとつですから!忘れたりなんてしませんよ!」
そういたずらっぽく微笑めばリタは再びカルラの勉強を見てやっている。
「全然セーフじゃなかったね」
後ろから面白そうに言ってくるストーカーにエルボーを決めれば。
「交わしやがったな!?ヴィー!」
「あっはっはっ。アルドったら分かりやすすぎるんだもーん」
「この洗礼は受け取るべきものだぁっ!」
ヴィーとじゃれていればクスクスと苦笑が届く。
「アルドの学生時代もそんな感じだったのでしょうか」
「いや俺は……」
まともに通ったことなんてない。しかし……通っておくべきだったろうか。今更ながら名残惜しくなるなんて。
「また内偵任務に入る?」
「……せめて教師役で入らせろ」
今度からは生徒役だけではなく教師役の内偵枠も用意してやる!そう、固く決心した俺であった。
【完】




