【23】祝福の風
――――side:リタ
たったひとつの糸口を見付け、王太后陛下の元へと急ぐ。
「リタ……済まない。俺はここで待つ」
「アルドさま?」
ふと、入り口でアルドさまの足が止まる。
「母上の病状が悪化したら困る」
「アルドさま」
アルドさまだって王太后陛下の病状が気になるであろうに。
「分かりました!」
「リタ……?」
「私がすぐに王太后陛下を元気にしてみせます!そしてアルドさまに会わせてあげますから!」
「……っ」
「だから安心して待っていてくださいね!」
「……ああ……リタ。ありがとう」
アルドさまの優しい抱擁が私を包み込む。この優しさにどれくらい救われたろうか。
だからこそ……私は。
「では……行って参ります」
「ああ。母上を……どうか頼む」
「ええ!」
「……こちらだ」
「はい、先王陛下」
先王陛下に続いて入室する。さすがに陛下はここまでは来られないからリュシルお義姉さまが一緒である。
ベールに包まれたベットの上には黒髪にアルドさまによく似た顔立ちの女性が眠っている。
そしてその皮膚に纏わり付くように見慣れた魔力が絡み付いている。
――――これなら、私にも!
「失礼いたします、王太后陛下」
ゆっくりと王太后陛下の手に触れれば、まるで震えるように闇魔力が揺れる。
「そっか……あなたたちはまだ私を知らないから」
戸惑っているんだね。
「私はリタ。リタ・オスクリタ。アルドさまの妻です」
その言葉に闇魔力が揺れる。
「私はアルドさまに救っていただいたの。スキルも魔力もないと思われて無能扱いされていた私はかつての婚約者にも捨てられた」
思い出すのも辛い記憶。
「実家では幽閉されるように閉じ込められて日々無能だと罵られた。両親も、義妹のジョヴァンナも」
ずっとひとりだった。私は孤独の中誰にも助けを求められなかった。
「だけどアルドさまだけは違ったの。私を受け入れてくれて、優しくしてくれた。だからこの力は……きっとアルドさまへの恩返しのためにあるって信じてる」
そしてゆくゆくは王太后陛下への恩返しに繋がる。
「私とアルドさまを出会わせてくれてありがとう」
ふわりと魔力が揺らぐ。
「だからもう大丈夫。悲しかったよね。苦しかったよね」
この魔力か溢れる時。恐れられ悲しんでいたり。悪夢に苛まれ苦しがっていたり。
そして同時に流れ込んでくるのは恐怖の感情だ。これが陛下のような濃い光魔力だったのなら人々に祝福されただろう。
しかし……生まれつき闇魔力が濃かったからこそ人々は恐怖し『呪われた王子』と口々に叫んだ。
「あなたは……アルドさまは赤子ながらに恐怖したんです」
人々に恐れを抱き、闇魔力が暴走して……。
「無意識に王太后陛下に助けを求めたんです」
これは呪いなどではなく……恐怖と悲しみの叫び。ならばどんなに浄化しようと、治癒魔法をかけようと治らないのは当然だ。
「でももう大丈夫です。恐くないですよ、悲しくないですよ。アルドさまには私がいます。私がいつだってアルドさまの味方であり続けます。だから安心してください」
その瞬間掌から光が溢れ出す。私には光魔法などないはずなのに。あるのは風魔法。
そう認識すればふわりと優しい風が吹き抜け、王太后陛下に巻き付いていた黒々とした闇魔力が晴れていく。
「……う……あぁ……私は」
暫くしてアメジストの瞳が目蓋の下から覗く。
「アリア!」
先王陛下がまっさきに王太后陛下を抱き締める。
「……アンディ?」
「ああ、良かった!肌も元に戻って……呪いが解けたんだ!」
「……」
王太后陛下は先王陛下を見つめ、むくりと起き上がる。
「起き上がって平気なのか!?アリア!」
「……アンディ」
意外にも王太后陛下の表情は硬い。
そして次の瞬間。
パァン。
鋭い音が響き渡った。
「何事だ!」
驚いたアルドさまが部屋に踏み込み、そして瞠目している。
「な……ぁ……アリア?」
それは先王陛下も同じでピタリと固まっていた。
「バカ!あなたね、リタちゃんが言ってたこと、聞いてなかったの!?私には全部聞こえていたわよ!」
「そ……それは」
「これは呪いじゃなかったのよ!それなのにあなたは……いいえ、あなただけのせいには出来ないわ。私もあなたの言葉を鵜呑みにしてアルドに会わないようにした」
「それはお前の病状が悪化しないように……」
「でも違ったのよ。だから……アルド」
王太后陛下がアルドさまの姿に気が付き微笑みかける。
「こちらにいらっしゃい」
「……王太后、陛下」
「そんな風に呼ばないで。母上と呼んでちょうだい」
「だけど……」
「あなたが生まれて、そしてすぐに私はあなたと引き剥がされた。あなたを抱いてあげることすら出来なかった」
アルドさまの闇魔力を恐れた周囲が引き剥がしたのだ。
「ずっとひとりにしてごめんなさい」
「そんなこと……」
「こっちへ来て。成長した顔を見せて」
「……」
アルドさまはゆっくりと歩みより、私の隣に並ぶ。
「こんなに大きくなって……こんなにすてきなお嫁さんを連れてきてくれたのね」
王太后陛下の伸ばす腕に抱き締められるようにして、母子は初めての抱擁を交わす。
「今までごめんね。愛しているわ。私の愛しき我が子」
「……母上っ」
溢した大粒の涙は布団を濡らし、誰もがその奇跡の再会に涙した。
「アルドさま」
「ああ……リタ」
そしてアルドさまは私をゆっくりと抱き締める。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
「はい……アルドさま……!」
※※※
――――side:アルド
俺は生まれてすぐに母上と引き剥がされたのだと言う。それ以来牢獄で育ち、兄上に助け出された後も母上に会うことはなかった。
父上は母上の病状が悪化するからと俺を嫌悪した。
しかしリタによって母上に纏わり付いていた闇魔力が解放された時、全てを悟った気がした。
長らく社交界から遠退いていた母上が父上と表舞台に姿を現し兄上の在位記念を祝う姿に社交界が一気に湧いた。
「改めて、挨拶にですね」
「ああ、リタ」
父上と母上の前に立つ。
「改めて紹介します。妻のリタです」
「ええ。とっても嬉いわ。ありがとうね、アルド、リタちゃん。ほら、アンディ。あなたも」
「あ……ああ、その、先程は済まないことをした」
まさかあの父上から謝罪が聞けるだなんて。もしかして母上と一緒だからか……?
母上は病床についてはいたが、本来は思っていたよりもずっとずっと強い人なのかもしれない。
「お前たちは……いい夫婦だと……思う」
「ありがとうございます、先王陛下」
「……っ」
「先王陛下?」
「その……何故アリアだけが『母上』で私だけ『先王陛下』なのだ」
「……」
まさかこの人、兄上と同類なんじゃあるまいな?
「赦しを得ておりません」
そうしたのは元はと言えばあなただ。
「……2人とも。その、父上で良い」
「……」
突然のことで脳の思考が停止すると思った。
「……父上」
「お……お義父さま?」
「う……うむっ」
この人もこんな顔をするのか。やっぱり兄上と親子だな。ずっとずっとわだかまりのように残り続けていたもやが一気に晴れたように安心する。
「私のこともお義母さまでいいのよ、リタちゃん」
「は、はい、お義母さま!」
リタが緊張しつつもにこりと笑顔を見せる。俺はいつの間にかリタの笑顔や優しさに救われてきたんだよな。
※※※
帰りの馬車の中で、改めて母上との再会と父上との和解を思い起こす。
「リタ」
「はい、アルドさま」
「今日は本当にありがとう」
「そんな……っ!私に出来ることをしただけですよ!」
「そうか……リタはいつも一生懸命だからな」
「そうなれたのもアルドさまのお陰ですから!私に出来ることならこれからも何でも言ってくださいね!」
「それなら……」
「はい」
「『アルド』と呼んでくれないか?」
「……っ」
「リタにもそう呼んで欲しいんだ」
「……はい、アルド」
「ああ、それがいい」
この身に流れる闇魔力がふわりと澄んだ気がする。ずっとずっと離れ離れだった部分がリタのお陰で帰ってきた。
そしてこれからはリタがいるから。俺はもう、この闇魔力を恐れない。




