【22】呪われた王子
――――いつの記憶だろうか。
鉄格子の向こうで男が慟哭する。
「お前のせいで……お前のせいでアリアがっ!どんな高位神官でもダメだった……っ、これ以上は……っ」
「ちちうえ」
「お前にそのように呼ばれる筋合いはない!この呪い子が……!」
「……」
その日、俺は父上にとって我が子ではないのだと……知った。
「アルドさま?」
清らかな声が俺を呼ぶ。
「……ここは」
昔の夢を見ていたのか……?
「馬車の中ですよ。もうすぐ王城です」
「あ……あぁ」
らしくないな。最近は見なくなった昔の記憶。兄上が迎えに来てくれる前の忌まわしい……呪われた王子と蔑まれた記憶。
俺の憂鬱に染まった感情とは裏腹に記念式典は盛り上りを見せている。
「すごい貴族の数ですね。国外からも国賓が招かれているのですよね」
「ああ。元々リュシル義姉上も隣国の出身だし兄上も隣国の学園に留学していたから隣国の関係者も多いんだ……」
「陛下は隣国に?」
「そうだな。リュシル義姉上がいたってのもあるけど……母上が俺を身籠り跡継ぎももうひとり出来るから……と判断されたんだ」
とは言え……。
「身籠ったのが俺だったから……父上は母上の不調を隠すために兄上に卒業後もあちらの執政を学ばせて遠ざけた。兄上の光魔法に俺が悪影響を及ぼすと考えたんだ」
「そんな……っ」
「結局兄上は4年隣国で学び帰ってきた。そして真実を知ったんだ。呪いに苛まれる母上のことを。だけど兄上は俺を牢から出してくれた」
「牢……?」
「俺は……兄上が迎えに来るまで城の地下牢で育った」
「どうして……」
「父上が閉じ込めたんだ。俺は呪われた王子だったから」
「そんな……っ。でも今は違います!」
「……リタ?」
「今は私の大切な旦那さまですから!」
「……」
「呪われただなんて言わせません!そんな言い分……私のスキルで無効化しちゃいます!」
「意見すらもか?それは頼もしいな」
「はい!だから胸を張って会いに行きましょう」
「ああ、リタ。ありがとう」
式典は滞りなく進められ、先王の祝福の言葉が兄上に捧げられるとパーティーの開幕となる。
「あの方が先王陛下。オルランド陛下にも似ていらっしゃいます」
「……そうだな。対する俺は闇の色で生まれてきたが」
「それは……」
「でもこれは東国の血を引く母上の色でもあるんだ」
「……!あちらは黒髪黒目が多いと聞きます」
「ああ。瞳はこちらの血が混じってアメジストだがな」
「アルドさまは王太后陛下似なのですね。お会いしてみたかったけど……王太后陛下はどこに?」
確かに式典には父上しか参加していない。
「もしかしたら俺のせいかも……」
「そんなこと、言わないでください!」
「……リタ」
「きっと何か事情があるんです!どんな事情があろうとも夫婦で乗り越えようって約束したじゃないですか!」
「そう……だったな」
「だから、ほら!」
リタが俺の手を引く。何故だろう。どうしてかいつもとは逆のように思えてしまう。
だがそれが妙に頼もしく、俺に勇気をくれるんだ。
※※※
――――その檀上に上がるのはいつぶりか。
厳格な表情を崩さぬ父上の隣には見守るように兄上が控えている。
「結婚を……したそうだな」
父上の声があの時と変わらぬ重圧感を孕む。
「はい。先王陛下」
もうこのひとを父と呼ぶ日は来ない。
「妻のリタです」
リタが俺に続いて臣下の礼を示す。
「アリアは」
母上の名に肩がビクンと震える。
「アリアは再び体調を崩して今は控え室だ」
「……」
「オルランドの在位記念式典の節目。私は来るしかあるまいが……やはり……やはり連れてくるのではなかった」
俺のせいだ。兄上に無理を言ってでもこの場に来るべきじゃなかった。
「やはりお前のせいだ!この呪い子め!」
「……っ」
俺にはこのひとの怒りを鎮める手立てなどない。
「やめてください!」
その時、芯の籠った声が響く。
「リタ……?」
兄上も驚いたようにリタを見、リュシル義姉上も慌てて駆け寄ってくる。
「アルドさまは呪い子なんかじゃありません!」
「お前……私の前でいい度胸をしている。これはかつて呪われた王子と呼ばれた!王弟になってもなお同じだ!」
「違います!それに私はアルドさまの妻です!アルドさまを貶されて黙っているなんて出来ません!」
「アリアだって私の妻なのだ!その妻がこやつのせいで今も苦しんでいる!」
「だからってアルドさまを悪く言わないでください!」
「こやつが生まれなければ……身籠らなければ妻は苦しまなかった!」
「だけど……それをアルドさまのせいにして何が解決するんですか!解決なんてしません!あなたがやっていることはアルドさまへの八つ当たりです!」
「何を!?」
「もうお止めください、父上!」
兄上が父上を止めようと間に入る。
「そうよ、リタさん!感情的になってはダメ」
そしてリュシル義姉上もリタを止めようと優しく諭す。
「だけど……っ」
いいかけたリタはゆっくりと俺を見つめる。
「もう、いいんだ……俺のために怒ってくれた。それだけで」
リタを優しく抱き締める。
「父上も父上です!義理の娘に対して何をそこまで……」
「義理の娘?こやつなど私の息子ではない!妻の仇だ!」
「お止めください!」
「それに……聞いておるぞ、アルド」
「……先王陛下?」
「貴様は妻を呪った呪い子の末に無能な小娘と結婚したそうじゃないか。現実も見ようとしない。私への口の利き方もなっていない。本当に無能でしかない」
「リタのことを悪く言うのは……っ!それにリタは無能ではありません!俺の闇魔力も鎮めてくれた。リタのお陰で悪夢も見なくなった」
「それが何だと言うのだ!妻が苦しんでいるのにお前だけ楽になろうと?そんなこと許されるか!」
「あ……あの、みなさん!」
「リタちゃん、今は……っ」
リュシル義姉上が止める間もなくみなの視線がリタに突き刺さる。
「あの……私、思ったんですけど」
「何を今さら!」
「その、多分先王陛下にも利のある話です!どうか聞いてはいただけませんか?」
「父上、ここは彼女の話を」
「オルランド、お前まで……っ」
「聞いてください。先王陛下。リタ、何か思うことがあるんだろ?」
「はい!アルドさま。あの、私のスキルは無効化です!アルドさまの闇魔力が鎮まったこと、悪夢を見なくなったことが私の無効化スキルが発動しているとしたら」
え……?まさか。
「王太后陛下はアルドさまを身籠っていた頃、闇魔力の影響を受けているのですよね。なら……アルドさまの闇魔力の影響なら私の無効化スキルで無効化出来るのではないでしょうか!」
「……」
先王陛下が驚いてリタを見る。
「父上、試してみる価値はあるかと」
「ううむ……オルランド。それは……」
「やってみないと何も前に進めません!解決しません!私にやらせてください!」
リタがこんなにも声を上げているところを初めて見た。
「小娘……私に散々なことを言われたのにまだ協力しようとするのか」
「はい!だって……王太后陛下がいなければ私はアルドさまと出会えなかったんです!だから私は王太后陛下へ感謝の念をお返ししたいのです!」
「お前は……アルドと出会えて良かったと?」
「もちろんです!」
リタ……!
「私が無能と呼ばれていた頃、そんなのは関係ないと言ってくださいました。婚約者として、妻として愛してくださいました。だからこそ今の私がいるんです!」
「……お前のような無礼な小娘は初めてだ」
「……その、非礼はお詫び……」
「いい」
「先王陛下」
「少しだけ懐かしくなっただけだ。お前のように真っ向から私に向き合った……女が」
「え……?」
まさか先王陛下……それは母上?いや……今の俺には母上がどんな女性だったのか知る記憶もないのだ。
「ついてこい。妻にお前の無効化スキルを試すのだろう?」
「……!はい……っ、先王陛下!」
――――その日、瞬間。確かに扉は開かれたのだ。




