【21】在位記念式典
――――穏やかな昼下がり。
時折吹く風が肌寒い以外は快適な季節である。
さて……今日の任務は。
「ふんふんふーん。これはアルドが『兄上大好き』と言ってくれた時の写真。こっちは兄上の上着を羽織って『お袖長いの』と言ってくれた時の写真~~」
「ほう?」
脚を組み、堂々と見下す。たとえそれがこの国のトップであろうとも関係ない。それこそが王手。
「ひえあうううあっ!?アルドぉ、いつの間にぃっ!?」
「部下から報告を受けまして」
「うむ?」
「陛下がご乱心であられると」
「ちっとも乱心ではない!ただ弟の在りし日の写真を眺めていただけではないか!」
「へぇ……リュシル義姉上にも隠れて……こんなところで?」
「それはその……」
口ごもる、国王。
「良いではないか。これも国王の微々たる自由時間に勤しむささやかな趣味なのだ!」
「へぇー……」
「何故そんな目で見つめてくるのだ弟よ!」
「俺も任務ですから。……見ますよ」
「びくんっ」
「国王陛下の残念な趣味もね」
「残念なんかじゃないぞ!兄上とも呼んでくれないけど!」
「はいはい」
「ふぬぅ……っ。弟からの視線が冷たい。しかし……しかしだな」
「どういたしましたか、陛下」
鼻の下を伸ばしていたかと思えば、急に真剣な表情を見せる。
「もうすぐ私の在位15年記念だぞ?」
「はい、我々も近衛騎士団として警備の予定を詰めております」
表は花形部隊が飾る。俺たちはあくまでも裏方だが。
「それは何よりだが……その、私からお前に話しておくことがあってな」
「……それは?」
何だろうか。
「今年は15年の節目だ。ゆえに父上と母上も来られることになった」
「……っ」
世界が凍り付くかと思った。いや……俺は騎士なのだ。平常心。平常心だ。惑わされるな。
「……でしたら私は裏方に徹します」
リタには悪いが記念式典やパーティーには連れていけないか。俺が姿を現したら、せっかくの祝いの席を汚してしまう。
「待て、アルド!せっかく結婚もしたのだ。母上も最近は体調が良いから参加される。リタ夫人を紹介したらどうだ」
「……」
母上の体調が……だが呪いの大元の俺が近寄ってもいいのか……?
「父上との確執は私ももちろん知っている。だがそろそろ……」
「俺は……母上を呪って生まれてきたんですよ」
そして『呪われた王子』のレッテルを貼られて育った。
「そんな言い方はやめなさい……っ!あれは闇魔力の影響で」
「同じことです。そして今も母上はその呪いに苛まれている。俺を身籠ったせいで……!」
俺さえ生まれなければ母上は苦しまなかった。そう……ずっとずっと指を刺されて来た。
「何か方法があるはずだ」
「何もありませんでしたよ。兄上の光魔法でもダメでした!」
呼び寄せた高位神官でもダメだった。だから父上ももしかしたらと考えた。でも不可能だった。
「しかしだな……」
「とにかく俺は」
父上が来るのなら、兄上の顔に泥を塗るわけにはいかない!
「一度だけでいい。会って欲しい」
「……」
どうして……そんなことを。
「何かあれば私もリュシルもついている。だから」
「……命令ですか」
「そうしないとお前が前に進めないのなら、私は命令しよう」
兄上……。
「……っ。命じずとも、行きます。でもリタに何か言われたらと」
俺ひとりで行くべきか。
「あの子はそこまで弱くはない」
「……っ」
「強くなったよ、あの子は」
「それは……」
「お前のお陰だよ、アルド」
「……俺の?」
「そう。だから大丈夫だ。あの子と一緒ならと私も思うのだ」
兄上の力強い眼差しが俺を穿つ。あの日牢から救いだしてくれた時のように、輝かしく。
「……分かりました、兄上」
言葉ではいいつつも、頭の中はぐちゃぐちゃで。心の中は嵐のようにぐるぐるとうねりをあげている。
※※※
――――嵐は静まることなく暗い影を落としている。
「父上と母上が来る……か」
いつものコーヒー、いつもの空間。まるでまじないのように背もたれに頭を預け落ち着きを取り戻そうと願う。
「アルドさま?」
その時響いた声にハッとする。
「……リタ」
俺のしたことがリタが来てくれたことに声をかけられるまで気が付かないなんて。
「その、焼き菓子をと思いまして」
「ああ、入ってくれ」
「はい!」
「いつもありがとうな」
「いえ……!アルドさまに喜んでいただけるなら、何のことないです!」
「リタ……」
屈託のない笑顔、全てを浄化してくれるような彼女の純粋さ。
――――少し、気が楽になったかな。
「そのな、話しておかないといけないことがある」
「お話……ですか?」
「ああ。今度兄上の在位記念式典とパーティーがある」
「15年……節目のお祝いでしたね」
「そうだ。その祝いの席に俺たちも出席することになった」
「それは……陛下も喜ばれます」
「ああ……だが」
「何か心配ごとが?」
「そうだな……その、その式典とパーティーには俺の父上と母上も来ることになった」
「先王陛下と王太后陛下ですね!私もしっかりご挨拶しないと!」
「その事なんだが……」
「アルドさま……?」
「リタにはまだ話していなかったな。俺が生まれた時のことを」
「アルドさまが生まれた時のこと……?」
「そうだ。俺は生まれつき闇魔力が強かった。ゆえに母上を闇魔力で侵し、生まれてきた」
「……」
「だから母上は……今も俺を身籠った後遺症に苦しんでいる」
「そんな……」
「父上はそれを呪いだと言った」
「確かに呪いは闇魔法ですけど……」
「結果は同じようなものだ」
母上は未だ呪いのように苦しんでいる。
「ゆえに父上は母上を呪って生まれてきた俺を……怨んでいる。俺のことを息子だとも思っていない。母上を呪った敵だと……」
「アルドさま!」
リタの柔らかい腕が包み込んでくる。
「王太后陛下が後遺症に苦しんでいたとしてもそれはアルドさまのせいじゃありません!」
「だが……」
「王太后陛下はそのリスクを負ってもアルドさまを産んでくださった。だから私はアルドさまと出会えたんです。救ってもらえたんです!」
リタのまっすぐな目が見つめてくる。そんな風に言われたのは初めてだ。みな……俺のせいだと罵った。俺さえ生まれてこなければと。……呪われた王子だと。
「だから何か方法があるはずです」
「……兄上の光魔法でもダメだった。神殿の高位神官でも効果がなかった。もう何も手立てがないんだ」
「諦めたら……ダメです!諦めたそこで終わりじゃないですか!終わらせたらダメですよ!」
「……リタ」
「きっと何か解決策があるはずなんです!信じなきゃ、何も変わりません!」
「……っ」
「だから2人で方法を探しましょう!一緒に……!」
「リタ……」
「それが王太后陛下への、アルドさまと出会わせてくれたお礼になると思うんです!」
「お礼……」
「はい!だから私、何を言われようとお礼を言います。アルドさまと出会わせてくれてありがとうって」
「……」
「それが私のできる精一杯です。そして2人ならもっともっと、出来ることが増えるはずです」
「2人なら……」
「そうですよ、私たち、夫婦なんですから!」
「……そうか、そうだな」
俺はいつものようにひとりで抱え込むところだった。誰もが後ろ指を差す。だからいつの間にか……ひとりだと思っていた。
「ありがとう、リタ。どうか俺の隣にいてくれ」
「もちろんです!絶対に2人で乗り越えましょうね!」
「ああ……」
兄上の言っていたことは本当なようだ。リタは守られるだけの子じゃない。リタはいつの間にかこうして俺の隣で力強く支えてくれる存在になっていた。
――――前に進む時なのだろうか。




