【20】【閑話】カルラ
――――side:カルラ
ここは闇ギルドの敷地内の一郭。
消毒液の匂いや包帯の匂いが鼻を突く。
「今日は様子を見に来た」
「ええどうぞ、カルラ殿、カイ殿」
出迎えた白衣の青年が入院棟を示す。
「出迎え感謝する、ドクター」
「いやいや。構わないよ。早速ついておいで」
目に入るのは闇ギルドの一郭とは思えぬ白く清潔な空間。
「案外ちゃんとしてる」
「まぁねぇ。何たって主がごねたもので」
「隊長の感性にはいつも驚かされる。でも、嫌いじゃない」
「ぼくもだよ。闇社会ルールに準ずる施設とはいえここは勤めやすい。せっかく主の命で改装した場だ。傷でもつければ制裁だから暴れるやつも少ないし」
……てことは少数はいるのか。そして制裁も受けた。自業自得だろうけど。
入院棟にはかつての仲間たちがいる。
「カルラさま」
「来てくれたの?カルラお姉さま」
子どもたちが入院している大部屋を訪れれば、我先にと集まってくるかつての同志。いや……今も大切な仲間だ。きょうだいだ。
「ああ。みんな元気そうで何よりだ」
「はい!」
「私たち、ちゃんと自分の意思でしゃべれるようになったんです!」
「やっとお姉さまのことも呼べる」
「私も……私もみんなの声をやっと聞くことができた」
人形のボイスじゃない。ずっと私が聞いていた彼ら彼女らの本当の声。
その後も幾つか大部屋を巡り、かつての仲間たちとの邂逅を果たしていく。
「カイ。みんな、ここでゆっくりと人間に戻るための治療を受けているんだよ」
「そうだね……。光側の人間たちの生活に戻ることは困難だろうけど」
「でも……戻った人ならいる」
脳裏に思い浮かぶのは元第6隊の先輩であるフェデリカだ。
「たまに黒い。元手練れの発言多数、でも大切な人のために光の側で生きている」
「へぇ……意外だね」
「そうでもない。隊長もそうだ」
光の魔法使いである陛下の影として生きている。
「光と闇は共に生きられる。光があるのなら」
「なるほど?闇だけだと厳しいけど、相反するはずの光がそれを可能にすると」
「そう言うことだ。だから彼らも闇ギルドの教育を受けることになる。その上で将来を決めていけばいい」
「待っているのは暗い未来だけではないってことか」
「そうだと……私は信じてる。そのためにも騎士として彼らを守って行く」
「そうか……まだぼくは見習いで良く分からないけど」
カイは見習いとして第6隊に加わったのだ。
「教えるよ。私も隊長たちの背中を見て教えられた。学んだ。だから……見ていて」
「……あの扉の向こうの彼女の前でも?」
カイが示したのは面会謝絶の札がかけられた個室である。
私たちが脚を向けるとドクターが鍵と札を外し中に入れてくれる。
「……会いに来たよ、アイラ」
その瞬間、金切り声が響き渡る。
「アァァァァッ!!かる……ら、カルラァッ!イディハルケンの……血ぃ……忌まわしい忌まわしい!!」
「……アイラ」
「アァ……カルラ……カルラだけは私のこと、分かって……聞いて」
「聞いてるよ、アイラ」
「あなただけ……カルラは、いやカルラはイディハルケンなのおおぉっ!!私をこんなにした……壊した……憎い血ぃっ!なのに……カルラぁ……カルラ……私を分かってくれる……どうして、何なの?あなたは何なの!?あぁぁぁぁっ!!!」
「今日も恐らくはまともに話せないだろう」
ドクターが寂しげに告げる。
「けど……声は聞こえる。彼女は恐いんだ。優しい子だったから。自分のしてしまったことが恐くて恐くて仕方がない」
かつてのアイラの『声』は優しい少女のものだった。でも今は優しい少女のほかにもたくさんの感情がごちゃごちゃになっている。
洗脳が解けて受け止めた現実は……彼女には荷が重すぎた。
「洗脳を解いたのは失敗だったかねぇ……」
「どうだろう……けれど私は、人形として叫ぶこともできないよりは彼女が叫んでくれて嬉しい。これは……変?」
「……いいや。彼女も落ち着いている時はその恐怖を語ってくれる。それは人形であった時にはできなかったことだ」
「……そうだ」
「だからこそ、ぼくたちも治療ができる。彼女のためにできることがある」
「うん。アイラのこと……お願い」
「ああ。君の大切なきょうだいのことは任せてくれ」
今はそれしかできることはない。
「カルラ、行こう」
「うん、カイ」
とたとたとカイに手を引かれながら眺める。彼女が普段落ち着いている時に散歩すると言う庭園。ここも美しく整えられている。
これも隊長のお陰だろう。
「いい庭園だね、カルラ」
「うん。たまにこうして訪問する時に見てもいいかもしれない」
「訪問も継続するんだね」
「うん。それからリタっちに聞いた。これはお見舞い……と言うらしい。お見舞いの任務は無事に果たされた」
「そうだね、カルラ」
「だけど……それでも私はイディハルケンだから。だから怨まれなきゃいけないのかな」
「……カルラ」
心配そうなカイに反して、酷く楽観的な声が返ってくる。
「何言ってるの?そんな必要ないと思うけど」
「……ヴィー?」
いつの間に来たんだ。この同担拒否は心も気配も読ませないからいつも突然だ。
「じゃぁ……その、ヴィーは私を憎いとは思わないの?」
「確かに闇族は嫌いだよ。一族の決まりごとだとかで10つで野に放り出されて、あんなのに拾われたせいで。ろくな目に遭わなかった」
「それじゃぁ……っ」
「でも怨むのなら操り師だ。操られる側だったカルラを闇族として怨むほど、お兄さんはガキじゃないからね」
ヴィーがクスリと嘆息する。そしてゆっくりと口を開く。
「俺は……カルラのようにはなれない」
「急に何を?」
「スキルの違い云々と言うよりも、強すぎる闇魔力ゆえに意思を持ちながらもほかの人形の声など聞こうともしなかった」
「それは私のスキルがそうさせた」
「これは素質の問題だよ。俺はね、他人に興味がないし他人の感情など知ったことじゃない。人間ではないものの血がそうさせる。俺にとって大事なのはアルドだけだ」
「ヴィーは昔アルドに拾われたって聞いた」
「そうだよ。危険すぎると始末されたけど、スキルのひとつが再生だったから蘇ったんだよ。そこから意味も分からず暴れていたら……アルドに水をかけられ目が覚めた」
「だからアルドが好き?」
「そうだねぇ」
「私もアルドが好き。それは同担拒否でもいいの?」
「カルラの好きと俺の好きは違うよ」
私にとっては父親代わり……だから?
「じゃぁリタっちは?」
「それも違う」
夫婦だからだろうか。
「……ジェンナーロ」
「アイツはダメ」
どうやらジェンナーロだけは不可らしい。哀れな男だ。
「さて、そろそろ帰ろうか。後輩たちよ」
「うん、帰ろう。隊長のところへ」
今度は私がカイの手を引けば安心したようについてきてくれる。
隊長もこんな気持ちだったのだろうか。
私も少しは人間として、騎士として……成長できただろうか。




