【17】邪教の影
――――境界に決まりはない。しかしその世界で生きるものには分かるものだ。
「待たせたな、ジェンナーロ」
「いいえ、アルド。ずっと見てましたから」
寂れた古民家でその男はとんでもないストーキングを暴露していた。
「今回は仕方がないと思うけど……趣味は却下だから」
同担拒否が告げれば、ジェンナーロは気にしてないとばかりにへらへらと笑う。
「それに令嬢たちの噂話から換算してもこのくらいの時間になるでしょう」
「お前そんな計算もできんの?あ……だからお前、あの時夕方って……」
ヴィーを見れば肯定の笑みを見せてくる。それはジェンナーロからの指揮であったのだ。
「てか何で分かるんだよ、ジェンナーロ」
「経験則ですよ。色々と見てきましたからね」
「その千里眼か」
「そうそう。それにあなたたちも鑑定ができるでしょう?くだんの令嬢がどれだけ贅沢をしているか」
「ま、着飾っているものでだいたいの換算はできる」
「それと似たようなものかと」
「俺の場合は貴族が板についているだけだが」
「そうですねぇ……たまに貴族らしくない部分もありますが」
うぐ……コイツにもバレてたってことか?悔しいな。
「それで……わざわざ呼び出したってことは話があるんだろ?」
「ええ。最近裏で話題に上っていることがございまして」
「ふうん?何だ?」
「邪教です」
「……定期的にそう言うのは湧くものだと思っているが。今回のはどういうものだ?」
「光の巫女と言うものを中心に庶民に救済を与えると言う代物です」
「よくありそうな設定だな」
「ええ。さらには救いを賜るためにはお布施が必要だと方々から集めているようでして」
「それは完全に神殿の役割を奪い取っているな」
「その通り。本来は女神の名の元に神殿がお布施を募るもの」
「さらに募るのならば財に余裕のある貴族や金持ちの商人なんかだろ?庶民に積極的にたかったりなんてしてみろ。反発必至だ」
「その通りですね。しかし邪教は反発どころか支持を得ている」
「どう言うことだ」
「神殿の場合、無料奉仕の対象外、対象時期外ですと庶民も多少は財を納めなければなりません」
「とは言え洗礼に銅貨1~3枚、ポーションや治療に銅貨~銀貨1、2枚だろ?」
前世の感覚で言えば銅貨1枚100円。銀貨1枚1000円。
「ですねえ。怪我の程度にもよりますが貴族たちが寄付をしているからその程度で済んでいる。そうでなければ神殿が運営できますまい」
「そうそ、納めるとはいえお気持ち程度って感覚なんだよな」
いわゆるチップのようなものである。
「ええ。ですがこの邪教だといつでも誰でもただで光魔法を受けられる。そううたい庶民からお布施を得ております」
「いや待て待て!そのお布施を神殿に包めば普通に治療が受けられるだろう!?何でそうなる!」
「直接光魔法による治療を受けられる……と言うのがポイントになったのかと。邪教は光魔法を受けられるとしか言っていないので治療とは限らないんですけどね」
「ただの詐欺じゃねえか」
それを是と思わせる詐欺師もついているのか天性の詐欺師がいるのか。
「全くもってその通りですよ。しかしですね」
「ああ。重要なのは詐欺じゃなくて……いや詐欺も騎士団がしょっぴくべきネタだが」
それよりももっと重要なことがある。
「裏に無断で荒稼ぎしようとしているのが良くありませんよね。王都は我々のテリトリーですから」
「そう言うこと。無許可なら騎士団にとっととしょっぴいてもらおうか」
騎士団も裏を警戒せずに動ける。
「それが簡単にはいかない事情があるのです」
「どう言うことだ?どっかの貴族の後ろ楯でもついているってことか?」
「後ろ楯……と言いますか。その邪教が抱き込んだ光魔法の使い手と言うのがジョヴァンナ・ルーチェなんですよ」
「またあの女かよ!」
思わず立ち上がり、ハッとして座り直す。
「そうか……資金源はそのお布施か」
「そのようです」
「しかし何故また……」
「ちょうど良かったのでしょうね。没落間際ながらも光魔法を持っている……そんなジョヴァンナが」
「その上本人はお布施で贅沢をできる。しかし庶民から巻き上げた金だけでドレスまで買えるか?普通」
「そうですとも。普通はすぐに金が底を尽きるでしょうね」
ドレス一着だけでも金貨何十何百かかるか。なお、金貨は1枚10000円くらいの感覚である。
「ならば何故」
「違う資金源があるとしたら?」
「有り得る。お前のことだからもう宛はあるのだろう」
「もちろんですとも。ジョヴァンナを利用すると言うことを思い付いたのもとあるお方を出し抜くため。折られたプライドを復活させるため」
嫌な予感がする。
「先日私が見事に牽制していただいたと言うのに。よほどの愚か者か、自分たちならばと自負しているのか」
「ふうん?狙いは俺を出し抜くことか」
立場上、怨みなら散々買っていると思うが。先日の牽制得てそこまでの自信がある……となれば。
「思い当たるやつらがいる」
「ええ」
「闇の一族イディハルケンか」
俺たちはやつらをそう称する。
「その通りです。さらに彼らはあなたをよほど怨んでいるのか」
「ついさっきもリタに喧嘩を吹っ掛けられた」
「おやおや、既に動いていましたか」
「ああ。一体……何を企んでいる」
「そうですね。邪教の場合ですと……無効化スキルは光魔法の恩恵すら消してしまう悪しきスキルだと」
「……は!?」
「そう教えを広めているのです」
「ふざけるな!やはりリタを巻き込む気か!」
「ジョヴァンナを抱き込んだ時点でそのつもりだったのでしょう」
「く……っ」
「そこまでしてあなたを追い詰めたい」
「命が惜しくないようだな」
「そうなのでしょう」
「やつら……だからな」
「暫くは警戒した方がよろしいですね」
「無論。できるだけ俺もリタの元につくようにする。それから護衛も増やす。後は……」
「事態が動きましたらお知らせしますよ」
「……分かった」
こくりと頷きを返す。
「ヴィー、行くぞ」
「了解!」
しかしその時だった。
『隊長、まずいことになった』
「カルラ?」
『大公邸が包囲されている』
「何……っ」
「おや……これはこれは。闇の住人のみなさま総出で」
ジェンナーロには見えているのだ。
「あなたが見れば真っ先に怒りそうな。しかしこれも挑戦なのでしょうね」
俺が怒りそう……その一言である布石が容易に思い浮かぶ。
「やつらに良心はないのか」
「そのようなものがあれば『人形』など作りますまい」
※※※
――――闇に紛れて動くものがある。
『状況は?』
『大公邸を取り囲むのはざっと20人ほど。こちらの手勢の方が多いけと……』
カルラが口ごもる。
『分かっている。お前の知った顔か』
『それもある。それ以外もある。城で見た彼女も見覚えはなかった』
『せっかく牽制してやったのに、また組み込んだかアイツらめ』
『それでも隊長のお陰で被害者は減った……そう思う』
『カルラ……』
言うなれば彼らは被害者で、カルラもまた同じ。
『大公邸の警備は磐石。手を下すかどうかは隊長に委ねている』
『それでもやつらが手を出すのなら、みな容赦はしないだろう。現役から元現役まで。そこまでやわじゃない』
『いいの?隊長』
カルラの声音は悲しそうだ。いや、寂しそうだ。
『万が一リタの身に危険が及んだとすれば……そうだ、リタはどうしている』
『夫婦の寝室にメイドたちと籠ってもらってる。私は……当事者でもあるから。勝手に側を離れてごめんなさい』
『いいや、それが最適解だ。彼らのことを一番分かっているのはお前だろ?』
『それもそうだ』
『俺たちも行く。俺たちは外から。お前たちは中を防衛してくれ』
『了解』
その言葉と共に、背後に集う部下たちの気配を察知する。
「揃ったな。この俺に……大公邸に喧嘩を売った報いは受けさせる!」
『『『了解、隊長!!!』』』
※※※
――――side:リタ
「一体何が起こっているの?」
「危険ですから、リタ奥さまはこちらで大人しくされてくださいませ」
メイドたちがメイドらしからぬ構えでベッドの周りを囲ってる。
「その、カルラちゃんは?」
「カルラは防衛本部で指揮を取っております。ご安心を」
「防衛って……やっぱり敵ってこと……?」
「多くは話せません。旦那さまのお仕事の機密でもあります。旦那さまのお立場上、こうして奥さまを危険にさらすこともあります」
「だ……だとしてもっ、私はアルドさまの妻で良かったと心から思います!」
「……それを聞いて安心いたしました。必ずやお守りいたします」
「え……ええ」
逞しいメイドの答えに、今は頷くしかなかった。




