【16】ジョヴァンナ
――――王城、某所
月夜が霞み、その首筋にピトリと偽ナイフが押し当てられる。
「なぁ弟よ、どうしたらいいと思う?」
「何がです?陛下」
「また兄上と呼んでくれないのかお前は」
「仕事中です」
「因みに何の仕事中だ」
「夏の防犯訓練です」
「……先日やったばかりではないか。リュシルが今日も寝てくれないと思ったら」
「義姉上のお肌が荒れたらどうするんです」
「だからリュシルだけ義姉と呼ぶぅっ」
「……ふぅ」
偽ナイフを引っ込めベッドの端に腰掛ける。
「何です?兄上」
「ぐ……っ、いきなりの兄上呼び……っ、萌えっ」
「やめますよ」
「いややめないでくれ!それと相談事と言うのは本当だ」
「聞きましょうか」
「そのな……ファウストが」
「また何かやらかしたのかあのガキ」
「いや、やらかし未遂なのだが……最近ジョヴァンナ嬢と交流をしているようすでな」
「ハァ?」
ブサリと枕に偽ナイフが突き刺さる。偽とは言え……結構突き刺さるものだな……?
「ひぃっ!?こめかみすれすれにやめんか!」
「俺が兄上の顔に傷をつけるとでも?」
「そ……そうだったな。そうだよな」
「むしろ傷を付けて傷物にしてもいいですが……義姉上に悪いので」
「……妻は一生大事にすると誓おう」
「それは何より。しかしその接触とは?」
「ああ……どうにも貴族の茶会で偶然再会して運命だと認識したようだ」
再会、ね。一応学園でも学年は違えど接点はあったのだろうか。王族と高位貴族令嬢だりしかし……。
「貴族の……王城は出禁になりましたが個々の貴族は違うと」
「リタ夫人の実家でもあるからな。しかしながら真実を掴んでいるものなら招待はしまい。招待して笑い者にする目的かもしれんがな」
「そんな下品なやからに俺が靡くと?」
「そうでもしなければ大公兼王弟のお前の気も引けぬのだろう」
「ま、引くとしたら不正の証拠やら兄上の治世の邪魔になると言うレッテルだけです。それならば証拠も捏造して差し上げます」
「うう……それは最低限にしてくれ。私も臣下を信じたい」
「ではそのように。しかし個々の貴族の茶会に出掛けているとは。ルーチェ公爵家の財力はだいぶ削いだはずでは?」
「その通り。ファウストの予算で仕入れたものは国庫に返納、罰金も課し公爵家への予算も減らした……」
「ええ」
「ファウストの使える予算にも全て王と監察双方の承認なくば使えないようにしている」
「ま、何度か要請はあったようですが。現在婚約者のいない殿下には女物のドレスやジュエリーは不要、その他予算申請も虚偽の疑いありと監察の段階で棄却しました」
「それでよい。そしてその予算申請の真意については……」
「その先は俺たちの仕事と言うわけですね」
「ああ」
「頼むぞ、アルド」
「承知いたしました、陛下」
身体が闇夜に溶けていくのと同時に、王の枕元の傷も消え失せる。偽ナイフも傷も偽物。
「それでは良い夢を」
※※※
――――翌朝
「……あぅうー……」
「リタちゃんが隣にいるのに何て声出してんの、アルド」
そう言うお前は何で相変わらずごく普通に枕元にいるんだよ。もはやメイドも慣れたもので関係なく朝の準備をしている。
「ん……アルドさま……?おはようございます。昨晩は遅かったのでは?」
リタが眠たげな眼を擦っている。
「おはよう、リタ。そうだな、昨晩は夜勤だったが……今日も仕事なんだ」
「でもあまりご無理は……」
「ありがとう、リタ。そう言ってくれるだけでやる気が出る」
「逆にやる気にさせてしまっていいのでしょうか……あうぅ……っ」
「いいのいいの、また仮眠取るからさ。リタちゃん」
「ヴィーさん……でも、アルドさまが無茶したら言ってくださいね!私も……私も何か頑張りますから!」
「頑張るって何を……」
「ええと……アルドさまは眠くて……でもお仕事で……どうすれば?」
「大丈夫だ、リタ。リタが心配してくれるだけで何よりだ。そしてヴィー」
ペシャリと頭をひっぱたく。
「リタを困らせるな」
「あっははー」
反省してんのかしてないのか、相変わらずコイツは。
「リタは今日は……」
「はい!今日もレティツィアさまとお茶を」
「最近すっかり仲良くなったな」
「ええ。嬉しいです!」
リタも同年代の友だちができたように喜んでいる。
「では気を付けて行ってきな」
「はい!でも、アルドさまも」
「ああ、ありがとうな」
※※※
貴族のお茶会とは夜会よりかはハードルは低いであろう。とは言え貴族は貴族。
「めかし込むのも務めのひとつか」
「平民の俺には分からないけど。アルドは妙に貴族離れしたことを言うね」
「そうか?ヴィー」
うぐ……。ついつい前世の価値観が出てしまう。
「そうそ。夜会を嫌がるのもそのひとつ」
「今は……リタのためにも行っている」
菓子作りの参考にもなるようだし、何よりリタが楽しそうなのだ。篭の鳥にはしておけまい。
「まぁいいや。とりま別の張り込み班が映像送ってきたか見る?」
「ああ。公爵邸の様子だな。よくもまぁこんなに着飾る金があったもんだ」
監視されているとも知らず悠々と馬車に乗り込むジョヴァンナの姿。
「屋敷の中は差し押さえ品も多いよ」
別カメラにはまさにその様子が映し出される。
「リタを無能扱いしジョヴァンナの好き勝手にさせた家。まさか屋敷内のものすらジョヴァンナのドレスやジュエリー代に好き勝手させるとは」
「そんなに令嬢を着飾らせることが重要なの?」
「もっと他に重要なことがあるだろうに」
「だねぇ。ともかく馬車が茶会の会場に着くまで少し寝るかい?」
「そうしとくわ」
「俺の膝枕でもいいよ」
「それならリタの膝枕がいい」
そう言いつつも張り込み現場に連れてくるわけにも行くまい。バッグに上着を巻き付け簡易枕を作り横たわる。
「状況が動いたら知らせるよ」
「ん」
※※※
――――side:リタ
最近やっと慣れてきたお城。しかし私が知っている場所も広大な敷地の中のごく一部なのだろう。
「確か……こっち」
「アタリ。リタっち、すっかり覚えた?」
「うーん……何となく!だけどね」
「それでも進歩だよ」
「ありがと、カルラちゃん」
ええと次は……。
そう思った時、小さな人影を捉える。
「あの子……こんなところでどうしたんだろう?カルラちゃん、ちょっと声をかけて来……っ」
「待って、リタっち」
カルラちゃんがサッと私の前を塞ぐ。
その瞬間小さな人影がハッとしてこちらを捉える。生気のない独特な青白い顔の少女。
「あの……っ」
しかしその時、少女は踵を返し走り去ってしまう。
「どうしたんだろう?……カルラちゃん?」
「……了解。リタっち、隊長と通信した。今日は……ゴメン。帰ろう」
「その……それは」
「良くないことが、起ころうとしている」
「そんなっ」
「だから……今日は帰ろう。レティツィアさまには使いを出す」
「分かった。きっとちゃんと理由があるんだもんね。レティツィアさまにお詫びの手紙を書くね」
「……うん、ゴメン」
「いいんだよ。カルラちゃんこそいつもありがとうね」
「……ん」
※※※
枕に頭を預けて……数刻。
『隊長』
突如脳内に念話が響く。
『カルラ?どうした』
『接触があった。恐らく、暗殺人形』
『まさかイディハルケン!?どうして……』
『分からない。けどリタっちを誘うように現れたのを……咄嗟に止めたら逃げていった』
『リタは!?』
『無事』
『カルラも無事そうだな』
『うん、問題ない』
『とは言えアイツらは任務に失敗したら……』
『大丈夫。あれは刃を見せてないから失敗には入らない。仕切り直して来るはず』
『ならばリタには申し訳ないが……屋敷に戻ってくれ。あそこは一番安全だから。レティツィア嬢には所用で帰邸すると使いを出せばいい』
『了解』
「ヴィー、聞こえたか」
「もちろん。今さら接触だなんてどういうつもりだろうね」
「……さてな。やつらのことも急ぎ警戒対象に。部下たちに指令を出そう」
「それが良さそうだ。それに……こっちも動くよ。ファウスト殿下と落ち合うようだ」
「ふむ?」
「ほら、2人が姿を現した」
「自信満々なようだが……周囲の視線は冷たいものだな」
「そりゃぁねぇ。ほら、聴こえてきた」
『まぁ、あれが?』
『近頃はファウスト殿下とお近づきにと噂があったけれど本当だったようね』
『ジョヴァンナ嬢はよくも恥ずかしげもなく姿を現せるものね』
『この前なんてスクード伯爵に言い寄り追い払われたんでしょう?』
『変わり身の早いこと』
貴族たちの冷笑に反して当の2人は極楽気分である。
『ジョヴァンナは美しいな』
『ファウストさまもカッコよくてあらせられるわ』
『私たちはまさに美男美女』
『このお茶会でも視線を総嘗めのようね』
そう言う総嘗めではないのだが。自らに酔ったものほど考えがぶっ飛びすぎている。
『それよりもジョヴァンナ、あの話は本当だろうな』
『ええ、もちろんよ』
ん……?何の話だ?
『私と結婚したら次のルーチェ公爵はあなたのものよ』
『ああ!これで私も爵位を得られる!父上も兄上も納得してくださるに違いない!』
『もちろんですわ!』
「はぁん?どちらが先にアプローチしたかは知らんが、ファウストは爵位のためにジョヴァンナを口説いていたわけだ」
「へぇ。よくやるよ。運命ってのもあながち爵位をもらえるからそう言っているってことかな」
「あり得るな……しかしそれはジョヴァンナが決めることじゃない」
「そうだよね。当主ですらないのに」
「ああ。普通は当主が後継を決め、陛下が承認することで爵位を継げる。爵位を与えるのはあくまでも陛下だからな」
「だけど与えると思う?」
「限りなくゼロに近いだろうな。陛下はジョヴァンナの婿に継がせる気はない。むしろ当主の推薦ですら受け付けないだろうな」
「だとしたら空位になる」
「手はいくらでもある。分家筋に渡すにしろ、王家の血を受け継ぐものにしろ。だがファウストがジョヴァンナと結婚して継ぐことだけはあり得ない」
「あんな問題だらけの令嬢だもんね。それに……どうやら差し押さえだけで資金を工面している訳じゃなさそうだよ」
「ああ」
『面白い情報が手に入りましたよ』
クスクスと頭の中に声を飛ばしてきた男に溜め息を吐く。
「おい、押し付けた仕事、サボってんじゃないだろうな?ジェンナーロ」
『とんでもない。その仕事の一環で仕入れた情報ですよ』
「……分かった。今夜落ち合おう。話はそこでだ」
『ええ、お待ちしておりますよ』
どうやら今夜もまた、徹夜になりそうだ。




