第9話 聖剣と聖女、そして領地
賢者クロエが我が屋敷に住み着いてから、数週間が経過した。
このところ、クロエの様子が明らかにおかしい。
突然、おかしくなったわけではない。
徐々におかしくなった、というべきか。
ゲームの設定では、賢者クロエ・フィーンズはプライドが高くてツンツンした性格のはずだ。
そして他人と接する時は、他人を見下すようなキツイ視線と、高圧的な喋り方がクロエの特徴だった。
だが、今のクロエはどうだ。
俺と話す時、クロエのトゲトゲしさは無く、なんだか『ぼや~っ』としている。
目が虚ろというか、俺と目が合うと、すぐに顔を真っ赤にしてソワソワしだすのだ。
俺が「おい、聞いているのか」とクロエの肩を掴んだ時、クロエは「ひゃいっ!?」と変な声を上げて飛び上がっていた。
あまりの驚きように、こっちがびっくりしてしまったくらいだ。
(……もしかして、魔法の研究のしすぎで体調を崩しているのかな? 風邪なら、無理をさせるわけにはいかないなぁ……ちゃんと休んでほしい)
だが、クロエは風邪はひいていないようだった。
なぜなら、今、俺の目の前に元気そうなクロエがいる。
そして、クロエがモジモジしながら皿に乗ったクッキーを差し出してきた。
「レ、レヴォス様……クッキーを焼いてみたのですが……よければ、食べて頂けるでしょうか?」
「ん……? あ、ああ。いただこう」
クッキーをひとつ取って、ポリポリと食べる。
(……美味しい! 甘さ控えめでサクサクだ! でも、どこかで食べたような味だなぁ?)
俺がクッキーを食べている間、クロエは俺をじーっと、穴が開くほど見つめていた。
「ふむ、悪くないな。魔法だけでなく、料理にも精通していたのか」
「い、いえ! メイドのコレットさんに教えてもらって、作ってみたんです。(レヴォス様に、喜んで欲しくて……!)」
「そうか。自宅にように寛いでいるなら結構だ。好きに振る舞うがいい」
そう言葉をかけたが、クロエは皿を持ったまま、呆然と俺を見つめて動かない。
(もしかして、クロエちゃんもクッキーを食べたいのかな? お皿を持っていて、両手が塞がっていて食べれないようだし)
俺は苦笑し、クッキーを一つ摘むと、そのままクロエの唇へと運んでやった。
「ふぇっ!? あ、もぐっ……」
「クロエ。……どうだ?」
「さ……最高れすぅ……!」
クロエは顔を耳まで真っ赤にして、フラフラしている。
やはり熱を出しているのだろうか?
(やっぱり、相当疲れてるみたいだなぁ……ちゃんと、しっかり休んでもらおう)
その時、背後からフォルテが声をかけてきた。
「レヴォス様、少々よろしいでしょうか?」
「ああ、どうした」
フォルテが渡してきたのは、重々しい封筒だった。
封蝋の紋章を見た瞬間、俺の気分は一気に最悪になった。
封蝋には、見紛うはずもない――我がムーングレイ家の紋章が刻印されていた。
中身を確認すると、案の定、差出人は俺の父『グランディア・ムーングレイ』。
もっとも、筆跡は代理人のものだろう。
多忙を極めるあの男が、直筆で息子の俺に手紙を書くはずがない。
その手紙の内容を読むと……
俺の魔法鑑定の結果。『6つの魔法』の『特級』。
それが貴族社会で知れ渡り、噂になっている。
その結果、父親の政治的評価が跳ね上がったという。
だから「一度挨拶に来い」、という命令だった。
「ふん……長い間ずっと放置しておきながら、利用価値が出た途端に呼び出しとはな。反吐が出る」
俺の父。『グランディア・ムーングレイ』。
現国王の義弟であり、次期王位に最も近いとされる男。
父グランディアは出世の道具として、王の妹である俺の母と結婚し、義務として俺を産ませた。
目的を達すれば母子など用済み。
父は己の為の権力闘争に明け暮れ、母は酒や若い男を囲っておぼれている。
俺の親には、愛などという概念は存在しない。
毒親の巣窟なのだ。
「フォルテ。王都へ向かう。……あの、我が『父上』に、挨拶をしておかねばならんからな」
「承知いたしました。すぐに馬車の準備をいたします」
本来のゲームにこんなイベントはないが、ちょうどいい。
俺を利用したいなら、こちらも利用させてもらうだけだ。
本来のシナリオでは、我が父グランディアは後に王になる男だ。
だが、その命は短い。
王となったグランディアが死んだ理由。
それは息子の俺、レヴォス・ムーングレイが謀った暗殺が原因なんだが……
まあ今のうちに、その傲慢なツラをしっかり目に焼き付けておいてやろう。
――――――
王都。
その中央に鎮座する王城を囲むように、四大公爵家の屋敷が構えられている。
南側に位置するムーングレイ家の屋敷へ向かう途中、事件は起きた。
――ガタンッ!
突如、激しい衝撃と共に馬車が急停止した。
「危ないだろうがッ! 死にたいのか!」
馬車を動かしていた運転手、御者の怒号が響き渡る。
俺は眉を寄せ、窓から外を伺った。
「……何事だ?」
馬車の窓から顔を出すと、馬車の前に、驚いて尻餅をついている人影があった。
その人影は、純白のドレスに、しなやかな白いベール。
隙間からのぞく、透き通るような美貌。
(聖女……セレス・ティアルーン!?)
まさかこんな場所で、物語の最重要キャラの一人と出会うとは……!?
俺は即座に扉を開け、セレスの元へと駆け寄った。
「すまぬな。大丈夫か?」
俺は跪き、セレスの細い手を取った。
「あ、ありがとうございます。すみません、私が急に飛び出してしまって……」
「いや、こちらの不注意だ。立てるか? ……酷く服を汚してしまったな」
俺はセレスの細い手を取り、ゆっくりと引き起こした。
セレスの服を見ると、白いドレスが汚れていた。
「はい、大丈夫です。……ありがとうございます」
「今は急ぎの用があるゆえ。後ほど改めて謝罪に伺いたい」
「いえ、そんな! そこまでして頂かなくても……!」
「なに。貴族の見栄だ。すまぬが、俺に免じて付き合ってくれ」
強引に押し切ると、セレスは困惑したように視線を泳がせた。
「どこが住まいだ?」
「えと……街の大聖堂に務めておりまして、そこの寮におります」
「わかった。名はなんという? 俺は公爵家の嫡男、レヴォス・ムーングレイだ」
「こ、公爵家……!? 失礼いたしました! 私は、セレス・ティアルーンと申します!」
セレスが驚愕に目を見開く。
その純真な反応に、俺は内心でほくそ笑んだ。
「案ずるな。必ず後ほど向かう。……ではな」
馬車に戻りながら、俺は沸き立つ感情を押し殺した。
聖女、セレス・ティアルーン。
セレスは主人公の仲間となるが、物語の後半で必ず命を落とす『悲劇の聖女』だ。
だが、俺が転生した今……その運命は書き換えられる。
破滅フラグは、全て俺が叩き折る……
俺の破滅フラグだけではない。
悲劇的な運命のセレスの破滅フラグも、俺が叩き折ってやろうではないか……!
――――――
「これはこれは、レヴォス様。こちらへどうぞ」
父の屋敷に到着すると、使用人たちの他人行儀な案内が待っていた。
一歩足を踏み入れるたびに、家全体の冷え切った空気が肌を刺す。
重厚な扉が開かれ、書斎の奥に座る男と対面した。
「父上、ご無沙汰しております」
俺が深々と頭を下げても、父グランディアは書類から目を離さない。
「レヴォス……貴様の魔法鑑定の結果を聞いたぞ。『特級』、それも『6つの魔法』か」
「はっ。父上の高貴なる血を受け継いだ結果かと存じます」
心にもない世辞を吐き捨てる。
俺の言葉に、グランディアはやっと俺の方を見た。
「そのお前の力を、私のために役立てろ。……よいな?」
息子への労いも、再会の喜びも皆無。
あるのは、手に入れた『強力な道具』をどう使うかという冷徹な計算のみ。
「もちろん、承知しております。父上の期待に沿えるよう、粉骨砕身いたしましょう」
「よろしい……では下がれ」
用は済んだとばかりに、父は再び書類に目を落とした。
だが、俺は動かない。
「父上。ムーングレイ家のために尽力するにあたり、一つお願いがございます」
「……なんだ?」
「ムーングレイ家の領地の一部……『グリンベル領』を私に譲っていただきたい」
父の手が止まった。
「グリンベル領、だと?」
父の目線が、再び俺に戻る。
グリンベルという名の土地がある。呪われた土地と呼ばれている。
そこは数年前に『多頭毒竜』の襲来により壊滅した土地。
国の総力によって退治されたものの、使いものにならなくなった土地。
『多頭毒竜』は死ぬと、全身の毒を垂れ流し、土地を汚染するのだ。
その猛毒が広がり、グリンベルは生き物どころか草木一本も生えぬ不毛の毒の沼地になってしまった。
グリンベルという土地には価値などは全くない。それが世間の認識だ。
そして――聖女セレス・ティアルーンの故郷でもある。
「あんなゴミ溜めが欲しいとはな。物好きめ……良い、貴様にやろう。勝手にしろ」
「……ありがとうございます」
俺は部屋を出ると、廊下で低く笑い声を漏らしてしまった。
完璧だ。俺の正式な領土が、これで入手できた。
広大な毒の沼地だが、それは俺にとっては好都合だ。
そして、グリンベルの土地の先にある、迷いの森。
そこには『聖剣』が眠っているのだ。
聖剣:クラウトソラス。
最終盤に待ち構えるボス、レヴォス・ムーングレイこと俺を殺すための武器でもある。
『聖剣』が封印された『グリンベル領』を俺が抑えてしまえば、主人公は『聖剣』を入手することはできまい?
『聖剣』、広大な『領地』、そして『聖女』。
全てが俺の手中に集まり始めている。
「ふふ……圧倒的じゃないか、我が道は」
帰り道、愉悦に胸を躍らせながら、俺は王都の空を見上げた。




