第10話 絶対に叩き伏せる
父グランディアの冷え切った屋敷を後にした俺は、休む間もなく馬車を走らせた。
向かう先は、王都の象徴とも言える大聖堂。
そこには、俺がこの手で救い出さねばならない少女――聖女セレスが待っている。
「ここが大聖堂か……」
馬車を降り、見上げるほど巨大な白亜の建築物を前に、俺は感嘆の溜息を漏らした。
ゲームの画面越しに何度も見た光景だが、実際に目にすると、その荘厳な佇まいに圧倒されそうになる。
(本物だ……あの大聖堂を、自分の目で見れるなんて……! ステンドグラスの緻密さ、歴史の重みを感じさせる石造りの壁……ゲームの再現度、高すぎる!)
だが、すぐに内心の興奮を押し殺す。
ここを訪れた目的は、観光ではない。
『エル戦』における残酷なシナリオの一つ、聖剣入手イベントを『改変』するためだ。
聖剣入手イベントには、本来なら、迷いの森の大精霊に会い『大精霊の試練』という超絶面倒なクエストをクリアして、合言葉を聞き出さなければならない。
(毎回、迷いの森を通り抜ける必要があって、それがまためんどくさいんだよなぁ……)
『大精霊の試練』をクリアすると、大精霊に教えて貰うことができる合言葉は『精霊より、全ての闇を払え』。
この合言葉を大聖堂の司祭に伝えると、聖剣を入手するための聖女セレスと共に迷いの森へ向かうイベントが発生するのだ。
「これはレヴォス様。いかがなさいましたか?」
聖堂に足を踏み入れると、一人の司祭が俺に声を掛けてきた。
俺の顔を見るなり、揉み手をして媚びを売るその姿に、胃の裏が焼け付くような不快感を覚える。
俺の公爵家の権力か、あるいは例の規格外な魔法鑑定の結果が耳に入っているのか。
「聖女セレスに会いに来た。案内しろ」
「おや、セレスに……? セレスが何か失礼でもいたしましたか?」
「……司祭よ。貴様に一つ、伝えておくことがある。耳を貸せ」
「私にですか? なんでしょうか?」
俺は司祭の耳元に顔を寄せ、低く、重みのある声で告げた。
「『精霊より、全ての闇を払え』。――これで通じるな?」
「そ、その言葉はっ!?」
司祭の顔から血の気が引き、信じられないものを見たと言わんばかりに、ワナワナと唇を戦慄かせている。
だが、司祭は必死に呼吸を整えると、逃げるように奥へと消え、やがて一人の少女を連れて戻ってきた。
「この者が聖女セレスです! 聖剣クラウトソラスの呪いを解くため、この身を捧げる覚悟でございます!」
司祭の歓喜に満ちた声とは対照的に、隣に立つセレスは、今にも消えてしまいそうなほど暗く沈んだ顔をしていた。
セレスは俺に気づくと、生気のない瞳を伏せ、ぺこりと機械的な会釈をする。
「あ、レヴォス様……先ほどはありがとうございました……よろしくお願いします……」
その声は細く、絶望を無理やり飲み込んだような冷たさがあった。
俺はセレスを伴い、馬車に乗り込んだ。
(『大精霊の試練』はクリアしてないけど、どうにかなっちゃったな……あとで大精霊に怒られたりしないかな……)
揺れる馬車の中、俺は隣に座るセレスを見た。
『精霊より、全ての闇を払え』。
この合言葉は――聖女セレスを殺す言葉でもある。
迷いの森の奥深くに、聖剣クラウトソラスはある。
魔王の呪いにより、地面に突き刺さって抜けない聖剣。
その呪いを解くためには、セレスの『聖女の祈り』が必要になる。
そして『聖女の祈り』には――聖女であるセレスの命が代償となるのだ。
それはセレス本人も小さい頃から知っており、そのために毎日、神に祈りを捧げている。
セレスは産まれた時から、聖剣を抜くためだけに育てられた『生贄』。
教会はそれを誉れと呼び、セレスを死へと追い詰めている。
この情報は、もちろんゲーム内でも事前に分かる。
だが、ラスボスを倒すために、セレスは喜んで命を落とすことになる。
そして、聖女セレスは自らの命と引き換えに、聖剣の呪いを解くことになるのだ。
それで、主人公は聖剣クラウトソラスを入手する、って流れになる。
だが……恐ろしいのは、その先の話だ。
聖女セレスは、その後に復活する。
普通に生き返るわけではない。
敵の死霊術師によって、聖女セレスがアンデットとして生き返るのだ。
死霊術で復活させるには、条件がある。
それは――この世を死ぬほど恨んだまま、死んだ人間であること。
聖女セレスは、その笑顔の裏で――世界を恨んでいた。
『なぜ、剣のために死なないといけないの?』
『なぜ、このような運命が私なの?』
『なぜ、私が死ぬことを皆が喜ぶの?』
『私は……何か悪い事をしたの?』
セレスの心は……闇に支配されていた。
死ぬという行為に期待される恐怖。
それを毎日、抱えて生きていた事が、後で分かるのだ。
嫌だ、と言えない状況に追い込まれた少女。
(「死にたくない」って叫ぶことすら許されなかったのか……ふざけんなよ、そんなクソみたいな破滅シナリオ、俺がこの手で叩き折ってやる!)
だが俺には、ちょっとした考えがある。
俺は馬車の隣に座っているセレスの方を見た。
セレスは目を瞑り、両手を合わせて祈りをささげていた。
その手は、かすかに震えている。
「……聖女よ、案ずるな、大丈夫だ」
「え……? 何か、おっしゃいましたか?」
「ふん……独り言だ、気にするな」
俺が貰い受けた『グリンベル領』は、俺の屋敷からそう遠くない。
俺は一度、自分の屋敷へと戻り、用意させていた数十台の荷馬車を率いて近隣の街へ寄った。
そこには、俺がかつて拳で分からせた『虎狼の咆哮』の冒険者たちが待機している。
「レヴォス様! 準備は万端ですぜ!」
荒くれ者たちを引き連れ、俺たちは目的地――毒の沼地と化した『グリンベル領』へと足を踏み入れた。
――――――
「ここが、噂に聞く呪われた土地か……」
目の前に広がる光景は、想像を絶していた。
紫色の腐敗した霧が立ち込め、鼻を突く悪臭と、肌を焼くような毒気が大気を支配している。
「レヴォス様、ここはヤバいですぜ。汚染されすぎています」
冒険者が俺に気を遣ってか、声を掛けてきた。
「この場所が、セレスの故郷であったな?」
「はい……そうです……」
セレスは絶望に染まった瞳で、その荒廃した景色を眺めていた。
自分の故郷が、これほど無惨に汚れ果てている。
その苦しみは、察するに余りある。
(セレスちゃん、踏んだり蹴ったりな人生だよな……よし、アレを試してみるか!)
俺がポケットから取り出した物。
それは指輪の魔道具だ。
賢者クロエのサイドビジネス。
以前、『バルザの魔道具店』の指輪ガチャで手に入れた、ハズレの指輪。
俺は自分の指に【掃除】のスキルが使える指輪をはめた。
「やるか……【掃除】発動! 不浄な毒を、根こそぎ消し去れ!」
俺が指輪に魔力を流し込み、一喝する。
次の瞬間、大地が生き物のようにブルブルと震えだし、眩い光が周囲を包み込んだ。
役割を終えた指輪は、サラサラと塵になって消えていく。
「えっ!? な、何が起きたんだ!?」
「ど、毒が消えた!?」
引きつれてきた冒険者たちの驚愕の声が響く。
毒は、あっという間に消滅した。
腐敗した泥地は、清浄な乾いた大地へと変貌を遂げた。
試してみたが、うまくいった。
【掃除】は、除去するものを一つ指定し、排除する効果があったのだ。
「え……? は……? うそ、でしょ……?」
セレスが呆然としていた。
聖女としての仮面が剥がれ、ただの少女としての驚愕がその顔に張り付いていた。
「よし、お前ら! 呆けている暇はないぞ、荷を解け!」
俺は狼狽える冒険者たちに怒声を飛ばし、整地されたばかりの大地を指差した。
「ここに新たな街を作る! 寝泊まりの準備を急げ! ここをキャンプ地とする!」
「「「へい! 仰せのままに!」」」
冒険者達が俺の声に応える。
この土地は、毒により植物も枯れはてたので、建物を建てるにはうってつけだ。
邪魔な木の根っ子なども無いのだ。
冒険者たちが慌てて作業を開始するのを見届け、俺はセレスへと向き直った。
セレスは未だに、目の前の奇跡が信じられないといった様子で、震える手で地面に触れている。
「よし、セレス。次に向かうのは迷いの森だ。聖剣を拝みに行くぞ」
「……はい。承知いたしました」
セレスの返事は重い。
毒が消えても、彼女自身の死という運命は変わっていないと思っているのだ。
暗く澱んだセレスの横顔を見て、俺は思わず自分自身に舌打ちをした。
(ああ、クソ! 説明不足だったな。セレスちゃんの不安を、一秒でも早く叩き潰してやらないと気が済まない!)
「セレスよ」
「……はい、何でしょうか」
「最初に、そして一度だけ言っておく。――お前が命を懸ける必要など、どこにもない」
うつむいていたセレスの顔が跳ね上がった。
その瞳には、困惑と、ほんの僅かな期待、そして強い疑念が混じり合っている。
「それは……聖剣を諦める、ということでしょうか……? 私が、祈りを捧げなければ……」
「勘違いするな。聖剣は俺が手に入れる。だがな――」
俺はセレスの肩を掴み、その頼りない身体を引き寄せた。
逃げ場を塞ぐように、その潤んだ瞳を真っ向から見据える。
「お前を死なせはしない。絶対にだ。この俺がそう決めた。運命だろうが神だろうが、俺の邪魔をするなら、俺がこの手で叩き伏せてやる。安心しろ」
「え……あ……」
俺の傲慢で、けれど絶対的な断言に、セレスの瞳に初めて、確かな『生』の希望が灯った。
セレスの瞳から溢れた涙が、俺の手に熱く滴る。
その温もりを確かに感じながら、俺は迷いの森の深淵を見据えた。
破滅フラグ。聖女の悲劇。
まとめてかかってこい。
全部まとめて、俺がへし折ってやる。




