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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第70話 正当な手段



 クローイ村の入り口、土埃を上げて迫りくる蹄の音が三つ。

 やってきたのは、鈍く光る鎧に身を包んだ三人の兵士だった。


 腰の剣を誇示するように手をかけてはいるが、抜く気配はない。

 馬の速度も威嚇というには遅く、こちらの出方を慎重に窺っているのが見て取れた。


 先頭の男が手綱を引き、俺の目の前で馬を止める。

 見下ろしてくるのは、いかつい面構えの壮年の兵士だ。


「……貴様らか? ゲルドス様の使者を追い払った不届き者は」


「ああ、そうだ。俺だ」


 俺は視線を逸らさず、鼻で笑って応じた。


「で、その不届き者を捕らえにでも来たのか? それとも、俺に追い払われに来たのか?」


「いや……戦いに来たわけではない。馬車の列が村に向かっているという報告を受けて、状況を確認しに来ただけだ」


 男はそう言いながら、馬車から降ろされていく麦袋と、それを受け取る村人たちの様子を眺めた。

 

 一人の老いた女が、配られた食糧を抱きしめて涙を拭っていた。

 その傍らでは、ルナリアに手を引かれた子供が、飢えを忘れたような純粋な笑顔を浮かべてはしゃいでいる。

 

 ふと見れば、兵士の男の険しかった表情が、村の光景を目にして微妙に(ほころ)んでいた。


「……お前たちが、この村に食糧を配っているのか?」


「ああ、見ての通りだ」


「なぜだ……? お前たちはこの村と、何の関係があるというのだ?」


「関係などない。ただ、飢えた村が放置されているのは俺にとって都合が悪い。それだけのことだ。誰に迷惑をかけていることでもないはずだが?」


 俺が突き放すように言うと、男は沈黙した。

 後ろの二人の兵士も言葉を失い、ただ呆然と希望を取り戻しつつある村の景色を眺めている。


 やがて、先頭の男が絞り出すようにぽつりと漏らした。


「……すまんな、礼を言う」


「ほう。ゲルドスの飼い犬が、俺に礼を言うとはな」


「俺たちは……別に、ゲルドス様のしていることが正しいとは思っていない」


 男は視線を村人たちに向けたまま、低い声で続けた。


「だが、逆らえばどうなるかは嫌というほど分かっている。俺たちにも守るべき家族がいる。帰るべき故郷がある。だから、従っているだけだ……」


 男の拳が、手綱を握る指が白くなるほど強く握りしめられている。

 その悔しさに満ちた仕草に、俺は冷ややかな視線を送った。

 

 なるほど。どこにでもいる、中途半端な手合いか。

 悪だと自覚しながら、生存のために膝を屈する。

 その生き方を責める気はないが、同情してやるほど俺の心は安くない。

 だが――使い道があるなら、話は別だ。


「兵士風情が吐く、ありきたりな言い訳だな。だが、お前にひとつ聞きたいことがある」


「……なんだ?」


「ゲルドスはどこにいる。奴が私服を肥やしている根城はどこだ」


 男の目が、わずかに鋭くなった。

 俺の意図を探っているようだ。


 ……この男、頭は悪くはなさそうだな。


 しばらくの沈黙の後、男は口を開いた。


「……ゲルドス様の屋敷は、ここから更に北にある街の中央だ」


「ふむ。俺が追い払ったあの小汚い徴税官も、同じ場所にいるのか?」


「ああ。ゲルドス様の子飼いたちは、皆その街に集まっている。……だが、貴様、何をするつもりだ?」


「さあな、いったい何をするつもりだろうな」


 俺が口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべると、男は眉間に深い皺を刻んだ。

 だが、男はそれ以上追及しようとはせず、ゆっくりと馬の首を巡らせた。

 俺を止めようとはしないらしい。


「……馬車に不審な点はなかった。俺たちは報告に戻るため、ここを離れる」


 そして男は去り際、独り言のようにボソリと呟いた。


「これはただの独り言だが……あの街は私兵の入れ替えで警備が手薄になるはずだ。夜番が立つのは、南門と正門の二箇所だけ。東門は……ザルだ」

 

「……ほう。それは、随分と興味深い独り言だな」


「意味などない。ただ、俺が勝手に喋っているだけだ」


 男は一度だけ俺を見ると、馬の腹を蹴った。

 残りの二人も無言でそれに従い、三人の背中が遠ざかっていく。


 ……まさか、カモがネギを背負ってやってくると思っていたが、自分で鍋まで用意してくれるとはな。


 俺は腕を組み、兵士たちが消えた地平線を眺めて鼻で笑った。


「……全部、聞こえていたよ。あんた、あの徴税官の屋敷へ乗り込むつもりだね?」


 近寄って来たアンズが、面白そうに目を細めて声をかけてきた。


「ああ。少しばかり、奴らの不当な蓄財を『正当』な場所へ移してやろうと思ってな」


「私も……一緒に行かせてくれるんだろう? 足手まといにはならないよ」


「ああ、構わん。好きにしろ」


 俺の言葉に、アンズは満足げに肩を揺らして笑った。


「ふふ……楽しくなりそうだね」


 

 ――――――


 

 俺は地図を広げて、アンズと向かい合っていた。


「アンズよ。ゲルドスがいる街の構造は、どこまで分かる? バレずに入れる侵入経路はあるか?」


「あの街なら、バルトロの使い走りをさせられていた頃に何度か行ったことがある。夜番は南門と正門の二箇所って言ってたよね。だとすると、この東門が手薄ってことになるね」


 アンズが地図の一点を指でトントンと叩く。


「ふむ。さすがに門は閉まっているだろうから、壁を登る必要があるな。壁の高さはどれほどか覚えているか?」


「そんなに高くはないさ。あたしたちなら、縄一本あれば鼻歌混じりに登れるレベルだね。巡回はいるだろうけど、あそこは治安が良いのが自慢の街だ。見回りなんて、寝ながら歩いてるようなもんだよ」


 ……なるほど。平和ボケした警備か。食い荒らすには絶好の獲物だな。


「では、侵入経路は東門で問題無いな。そして徴税官の屋敷に忍び込むための鍵は――」


「私が開けるよ。任しておくれ」


 アンズが懐から細い金属の棒を取り出して、パチンとウィンクしてみせた。

 元・諜報屋の本領発揮というわけか。


「ふむ。では侵入後は、不当に徴収された税の記録……帳簿を速やかに奪取する」


「でも、もし帳簿がすぐに見つからなかったらどうするんだい?」


「なに、問題ない。その時は、持ち主である徴税官の『身体』に直接、ありかを吐かせるまでだ。それならば、嫌でも協力的になるだろう?」


 俺が冷淡に言い放つと、アンズは「ひゅー!」と口笛を吹いて肩をすくめた。


「あんた、本当に公爵家なのかい? 普通、公爵家の権威で圧力をかけるとか考えるもんだろうに。わざわざ忍び込んで、直接痛めつけるなんて……」


「ふん、そんなまどろっこしい真似ができるか。俺が公爵として命じれば、ゲルドスは表面上だけは従うだろう。だが、俺が去ればまた同じことを繰り返す。ならば、根こそぎ奪い、再起不能にするのが『正当な手段』というものだ」


「正当な手段、ねぇ……。あんたが言うと、それが一番説得力あるから不思議だよ」


 アンズはクスリと笑い、目を細めた。


「あんた……本当に面白い男だよ。ますます気に入ったねぇ!」


「ふん。気に入ったところで、お前には何の得もないぞ」

 

「さあ、どうかねえ?」

 

 アンズは地図を丁寧に畳みながら、独り言のように、だが確かな熱を込めて呟いた。

 

「……あんなふうに怒れる人間を、久しぶりに初めて見たよ」

 

「怒れる? 俺はただ、都合が悪いから動いているだけだ」

 

「そうかい? まあ、そういうことにしておいてあげるよ」

 

 アンズの顔には、からかうような笑みが浮かんでいる。

 

「でもね……都合が悪いだけの人間は、あの子供たちの顔を見て拳を握りしめたりしないんだよ」


 アンズの言葉に、俺は何も答えなかった。

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