第7話 研究の交渉
その日の夜。
意識を取り戻したクロエと俺は、会食という名目で夕飯を共にしていた。
ミディアムレアに焼き上げられた肉にナイフを入れ、一口運ぶ。
絶妙な火入れだ。
シンプルな岩塩が肉の旨味を引き立てている。
だが、正面に座るクロエは、料理に手を付けるどころではない。
ポカンと口を開けたまま、焦点の定まらない目で俺を凝視している。
(……いや、見すぎでしょ!?)
「……どうやら、俺が出した料理は食えぬということか?」
「へ……? あっ! い、いえ全然そのようなことはなく! いただきますっ!」
慌ててフォークを動かすクロエ。
クロエの頭の中は、完全に俺の6つの魔法でいっぱいになっているのだろう。
さて……そろそろ本題を切り出すか。
「それで、鑑定官よ。俺の魔法鑑定をやり直すのだったな?」
もはや、あきらかに不必要な、意味すら失った再鑑定。
目の前で6つの魔法を実演して見せた以上、鑑定などただの答え合わせに過ぎない。
「あの……それは……申し訳ございませんでした……私の――」
「食事を終えたら、すぐに再鑑定を行なう。どうせ、すぐに終わるのだからな」
「……えっ?」
「再鑑定を行えば、魔法省の面々も黙るだろう。これ以上、何度も来られては、俺も迷惑だからな」
そして、食後。
応接間に場所を移し、魔法鑑定の儀が再開された。
「では、鑑定の魔導書に手を置いてください」
「ああ」
俺が静かに魔導書へ手を置くと、次の瞬間、部屋全体を飲み込むような眩い六色の閃光が噴き出した。
クロエは震える手でその鑑定の魔導書を手に取り、穴が開くほど見つめている。
長い沈黙の後、ようやくクロエの口が開いた。
「レヴォス様、この度は私の認識不足により、多大なるご無礼を働きました。……レヴォス様は正真正銘、『6つの魔法』の『特級』でございます」
「……クロエと言ったな? それは……誤りだ」
「へ……誤り、でしょうか……?」
クロエの目が驚きで丸くなって見開いている。
俺は、部屋の隅に置かれた観葉植物へ、ゆっくりと手をかざした。
そして、俺の手から魔力を引き出し、観葉植物へ向けて発した。
植物が、生き物のようにうねりながら、目に見える速度でグイグイと枝葉を伸ばし始めた。
「へぅっ!? こ、これはぁっ!?」
クロエがヨロヨロと植物に近づき、その葉を食い入るように観察し始める。
「これは植物魔法だ。お前たちの、その狭い知識の目録には……載っていない物かな?」
植物魔法は、本来モンスター側のみが扱う『敵専用魔法』。
プレイヤーキャラクターには習得不能なスキルだが、ボスである俺には当然のように備わっている力だ。
クロエは成長した植物をツンツンと突き、熱心に臭いを嗅いでいる。
もはや、抑えきれない研究欲がクロエを支配しているようだ。
そして、興奮しきった様子で俺の方を向き、スタスタと詰め寄ってきた。
「レヴォス様! これは大変な事態です! す、すぐにこの魔法の構造を解析し、研究の対象とさせて……! いや、まずは学会への緊急発表を!? いや、それよりも前に……」
俺に向かって猛烈な勢いでまくし立てるクロエ。
俺は、右手の人差し指をゆっくりと立てた。
そして、その指を自分の唇に当てる。
『黙れ』という意味だ。
「…………はひっ!」
その一動作で、クロエがピタリと沈黙した。
俺は指を唇から離し、クロエの目の前、ちょうど二人の間ほどに据え置く。
その指先に、僅かな魔力を集中させた。
バチッ、という鋭い放電音が響く。
青白い火花が散り、俺の人差し指に『雷』の帯電が纏い始めた。
「これが……雷魔法だ。お前たちの魔法鑑定が『誤り』だと言った意味が、ようやく分かったか?」
クロエが唖然とした顔で、俺の雷魔法を見つめている。
「……なぜなら、俺は『6つの魔法』などではない。――俺は『8つの魔法』だからだ」
「へ……っ? 『8つの魔法』……? あぅ……」
「ク、クロエ様!? しっかりしてください!」
再び白目を剥いて倒れ込むクロエを、フォルテがまたもや大慌てで支えていた。
――――――
「度重なる失態、重ねてお詫び申し上げます……」
翌朝。
目の前で、クロエが深々と頭を下げていた。
2度目の気絶で、朝まで泥のように眠り続けていたのだ。
現在は、こうして俺の向かいで朝食の席についている。
「ふむ、まだ疲れが取れていないようだな」
俺が紅茶を口にしながら問いかけると、クロエは青白い顔で力なく首を振った。
「いえ……その、恐ろしい夢を見まして。レヴォス様の魔法鑑定を行なったら、『6つの魔法』どころか、『8つの魔法』という、歴史を根底から覆すような結果が出るという……あり得ない、悪夢を……」
クロエは引きつった笑みを浮かべ、「ハ……ハハ……」と乾いた声を漏らした。
(クロエちゃん……あまりの現実に、ついに脳が「夢だった」と書き換えることで自己防衛を始めちゃったか……)
「鑑定官よ、それは夢ではない。かといって、もう一度見せてやるほど俺は暇ではないがな」
「や、やっぱり現実なんですか!? ああ、なんということ……衝撃的すぎて頭が……あ、あの、レヴォス様?」
絶望に打ちひしがれていたクロエだったが、急にその瞳に知的な光が戻った。
現実逃避をやめ、研究者としての本能が目を覚ましたらしい。
クロエは居住まいを正し、真っ向から俺を見据えた。
「レヴォス様の『8つの魔法』、これをぜひ魔法省にて研究させていただけないでしょうか? その類まれなる才を、世の中のために――」
「……お前の言う『世の中』とは何だ?」
俺はクロエの言葉を遮った。
「どうせ魔法省が研究したところで、その成果は高位貴族どもが私腹を肥やすために独占されるだけだろうが。お前の言う『世の中』というのは、随分と狭く、薄汚いものだな。……それに、貴様。俺に嘘をついているな?」
「う、嘘……でしょうか?」
「ああ。『世の中』のためなどという建前はいい。お前個人が、俺の『8つの魔法』を解き明かしたくて堪らないのではないか? 違うか?」
クロエは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。
魔法研究にその生涯を捧げる狂信的な才女、クロエ・フィーンズ。
目の前に現れた前代未聞の『8つの魔法』に対して、知的好奇心が抑えられるはずがないのだ。
やがて、クロエの瞳は獲物を見つけた肉食獣のような、鋭く真剣なものへと変わった。
「……正直に申し上げます。その通りです。魔法省など……どうでもいい! 私個人として、レヴォス様という未知の存在を紐解きたいのです! ……ですが、一介の研究者にすぎない私に、公爵家の嫡男であるレヴォス様の研究を一任いただくなど、現実的に不可能だと理解しております」
「構わんぞ」
「ええ、そうですよね。そんな大それたこと、許されるはずが……えっ!? 今、なんと仰いましたか?!」
「構わんと言っている。ただし、条件があるがな」
口を半開きにして呆然とするクロエに、俺は不敵な笑みを向ける。
「じょ、条件ですかッ!? 研究させていただけるなら、私はなんだってします! 犬とでも、豚とでも、猫とでもお呼びください! なんなら私のこの身を――」
「……落ち着け。お前はこれから魔法省に戻り、俺の結果は『6つの魔法』であったと報告してこい。それだけでいい」
「え……? あの『8つの魔法』の報告は、しなくてよろしいのですか……?」
「秘密にしろ、という意味だ。……分かったな?」
俺がジっと射抜くような視線でクロエを威圧する。
その威圧にドキッとしたクロエは、小刻みにコクコクと何度も頷いた。
「は、はいぃ! 承知しました! それくらい、お安い御用です!」
「そうか。ではお前には、我が屋敷の一室を与えよう」
「……へ? お部屋、ですか?」
再びポカンとするクロエを余所に、俺は淡々と事務的な口調で告げる。
「いつ来ても、いつまでも泊まっても良い。お前専用の部屋だ。研究のために好きに使え」
「あ、ありがとうございます……?」
なぜ、部屋を与えられたのか。
クロエはまだ、その真意を理解していない。
そりゃそうだ。未だ分かるはずは無いだろう。
クロエはこれから、我が屋敷に住まざるを得なくなる。
なぜなら、もうすでに魔法省への『匿名の通報』は済ませてある。
クロエが魔法省に戻った瞬間、クロエの業務上横領が明るみになり魔法省を追われ、ここへ戻ってくることになるのだから。




