第69話 カモネギ
「あ、あんたたち、なんてことをしてくれたんだ……っ!!」
ゲルドスの徴税官どもが逃げ出した直後。
村長が顔を引き攣らせ詰め寄ってきた。
その顔は土気色に変色し、ガタガタと膝を震わせている。
「ゲルドス様の怒りを買ったら、この村はただでは済まないんだぞ! 余計なことをしてくれて……! いったい何を考えているんだ!!」
村長は震え、目に涙が滲んでいた。だがそれは、救われたことへの感謝などではない。
長年ゲルドスに踏みにじられてきた人間の、骨の髄まで染み込んだ恐怖だ。
……やれやれ。これほどまでに心を折られているとはな。
だが、この男を責めることはできない。
恐怖とはそういうものだ。
俺は村長の言葉を最後まで聞いてから、ゆっくりと馬を降りた。
土を踏みしめる音一つにも威圧を込め、パニックに陥っている村長を鋭い眼光で射抜く。
「おい。そんな喚き言よりも、まずは周囲を見ろ。なぜこれほどまでに村が痩せている。そこのガキなど、今にもくたばりそうではないか」
俺の至極真っ当な指摘に、村長が言葉に詰まる。
広場の隅に目を向ければ、うつろな瞳をした子供たちが地べたに座り込んでいる。
先ほどまで徴税官たちが暴れていたというのに、逃げる気力さえ枯れ果てているのだろう。
頬はこけ、目の下にはどす黒い隈。細い手足は枯れ枝のようだ。
……チッ。胸糞が悪い。これほど無様に衰弱したガキを放置しておくなど。
不快という感情が腹の底からせり上がり、俺は無意識に拳を固く握りしめていた。
「……食わせていないのか?」
「そんな……食わせたいのは山々だが、村にはもう食料が……」
「ふむ。そのゲルドスとやらに、根こそぎ奪われているというわけか」
村長が力なく俯いた。それが何よりの肯定だった。
「詳しく話せ。何を、どれだけ奪われたのか。残らずだ」
村長はしばらく迷っていたが、やがて力なく話し始めた。
話を聞くうちに、俺の頭の中でゲルドスの汚いやり口が整理されていく。
ゲルドスのやり口はシンプルだ。
毎年の収穫物を『税』として徴収するのだが、その量に決まりがない。
ゲルドスが「今年の税はこれだけだ」と言えば、それが税になる。
豊作の年も凶作の年も関係ない。
村人たちが異議を唱えれば物資の供給を止める。
そして、飢えた村には『税』の代わりに子どもを差し出させる。
記録も何もない。ただ言われた量を差し出すだけ。
……なるほど、実にせこい手口だ。
記録がないということは、いくら取られたか証明できない。
証明できなければ、不正と訴えることもできない。
だが、せこければせこいほど、こちらとしては料理しやすい。
「村にはゲルドスとの取引の記録は何もないのか?」
「はい……全て向こうが管理していて、私どもには何も……」
であれば、帳簿はゲルドスの徴税官が持っているはずだ。
さっき逃げていった徴税官の顔を思い出す。
あの男が書類鞄を抱えていたな。
「アンズ」
「ん? なんだい」
「ゲルドスの徴税官が持ち歩いている帳簿、あれを手に入れる。手伝え」
俺の言葉に、アンズが細い目をさらに鋭くさせた。
俺の意図を察したアンズの口端が、獲物を見つけた猛獣のように吊り上がる。
「ふふ……承知したよ! 私の能力を、こういった事に使ってもらえるなら願ってもないことさ!」
アンズの瞳に宿った期待と殺気。
そのやる気を十分に確認し、俺は再び村長へと向き直った。
「ところで村長よ。今日のところはここまでだ。だが安心しろ、この村には近いうちに物資を運び込む。食料、衣料、薬……お前たちの生存に必要なもの全てだ」
「え……? あ、あの、それは一体……?」
「勘違いするな。さきほどお前たちを混乱させたことへの詫びだ。黙って受け取れ。それと……近日中に、この領土はゲルドスの手から離れるのでな」
村長がポカンと口を開け、呆然と立ち尽くす。
そしてアンズが「信じておきな」と、村長に短く言った。
「それと、このクローイ村に本日中に護衛を付ける。ゲルドスの使用人たちには近づかせないので、安心して眠るがよい」
村長だけではない。村民たちもポカンとしている。
俺が何を言っているのか理解するのに、時間が掛かるようだ。
俺とアンズは馬に飛び乗ると、一刻も早く準備を整えるべくグリンベルへと馬を走らせた。
やるべきことは山積みだ。
――――――
その後、クローイ村への街道に、馬車の列が続いていた。
荷台には、パンパンに詰まった麦袋、塩の樽、厳選された薬草、そして厚手の毛布などが山積みにされている。
これだけの物資を目の当たりにすれば、あの絶望に染まった顔も少しはマシになるだろう。
村にはすでに、先行して護衛の面々を送り込んである。
アンズの弟、巨漢のネクタ。俺の妹、ルナリア。そして聖女セレスだ。
そして、全てを完璧に指揮させるためにフォルテも同行させている。
この人選には、明確な意図がある。
ネクタは目立つ。あの巨体は、それだけで威圧になるからだ。
立っているだけで暴力への抑止力となるだろう。
村人には守護の安心を、敵対者には死の予感を与える、歩く城壁だ。
対してルナリアは、子供や老人の警戒心を解くための『柔』の役割。
可憐な少女の姿は、疲弊した村の空気を和らげるはずだ。
セレスは言わずもがな。聖女として治療術と農耕の知識は、この村の再建に不可欠だ。
フォルテは……まあ、フォルテがいれば何でも片付く。それだけだ。
村の入り口に馬車が到着した瞬間、わらわらと集まってきた村人たちが、溢れんばかりの物資を見て石像のように固まった。
「な、なんだ……これは……夢か……?」
「食料だ。それと薬と衣料も積んである。ぐずぐずしている暇はないぞ。全部降ろせ」
俺の合図とともに、ネクタが「よっと!」と景気のいい声を上げ、数十キロはあるだろう麦袋を軽々と肩に担ぎ上げた。
そのあまりの怪力と、太陽のような屈託のない笑顔に、怯えていた子供たちが目を輝かせて駆け寄る。
「お、お兄ちゃん、すげえ……!」
「おうよ! 重いもんはこの俺に全部任せときな! お前らは腹いっぱい食うことだけ考えてろ!」
ネクタはクローイ村の実状を知って怒り狂っていたが、今は実に爽やかな笑顔で麦袋を積み上げている。
単純な男だと思ったが……悪くはない。
こういう場では、難しい顔をした人間より、明るい大男の方が救いになる。
村人たちがおそるおそる荷台に近づき、中身を確認し始めた。そして麦袋の量を見た瞬間、老いた女性が両手で顔を覆った。
「……こんなに……こんなにたくさん、頂いても良いのでしょうか……?」
隣の男が唇を噛んで、目を赤くしている。
そこへ、セレスが薬草の束を抱えて村民の元へ歩み寄り、にっこりと笑った。
「怪我をしている方や、具合の悪い方はいらっしゃいますか? 私、少し治療が行なえますので」
「ほ、本当ですか……! 実は子供が熱を出していて……」
「案内してください! 今すぐ助けに行きましょう!」
セレスが元気よく駆け出していく。
その背中は、希望そのものだった。
フォルテも荷降ろしを手際よく指揮し始めた。
村人たちも遠慮がちに手伝い始め、広場がにわかに活気づく。
村長が俺の元へ歩み寄り、震える声で言った。
「あ、ありがとうございます……! あの……これは、一体なぜ、私共のような見捨てられた者にこれほどの……」
「ふん。飢えた村があるのは都合が悪い。礼など不要だ」
俺はあえて突き放すように言い放ち、赤くなった目でこちらを見つめる村長から視線を逸らして踵を返した。
さて、次は徴税官の帳簿を手に入れなければならない。
それに、お灸も据えなければな。
これからの策を練ろうとしたその時。
村の入り口から、数人の鎧の男たちが土煙を上げて近づいてくるのが見えた。
腰の剣を誇示するように馬で向かってくる。
――ゲルドスの使いか。
「まさか、向こうからわざわざ情報を届けに来てくれるとは。……手間が省けた。カモがネギを背負ってやってくるとは、まさにこのことだな」
俺は首をポキポキと鳴らしながら、村へとやってくる男たちに向かっていった。




