第68話 隣村
68人の獣人を受け入れ、ようやくグリンベルに平穏が戻りつつあった。
獣人たちは指示のもと、それぞれの仕事に着いている。
バルトロの支配下から解放されたばかりとは思えないほど、皆よく動いていた。
ヒロンは、獣人たちに絶え間なく雑務を押し付けている。
これは獣人たちに暗い思考をさせないように、わざと考える余裕をなくしているのだろう。
獣人たちも、それを理解しているようだ。
あらゆる雑務を、自ら求めている。
そして、俺は俺のやるべきことに集中する。
次の手を、盤面へ置く時だ。
バルトロ商会から奪い取った権利書には、帝国各地の商会拠点と、膨大な流通ネットワークが記されている。
これをどう動かすかが、グリンベル躍進の鍵だ。
だが、大規模な流通を動かすには物資の集積地が必要になる。
グリンベル単体ではまだ規模が足りない。
周辺の村々と連携できれば話は早いのだが……
「レヴォス様、今少し平気かい?」
俺が思案しているところに、アンズが躊躇しつつ声をかけてきた。
その顔には、迷いが滲んでいる。
そんな表情を見せるということは、相応の理由があるのだろう。
「どうした、アンズ。用件を言え」
アンズは一瞬だけ口を閉じ、覚悟を決めたように視線を合わせた。
「……このグリンベルの北に、クローイ村っていう農村があるんだ。バルトロが息をしていた頃、あのあたりの流通は全部ゲルドスという貴族が牛耳っていたんだよ。バルトロと手を組んで、村への食料や物資の供給を独占しててね。買い取りは相場の半値以下、売りつけるときは三倍以上。断れば即座に物資を遮断する。……そういう、救いようのないやり口でね」
「……ほう、それで?」
「バルトロが消えた今、流通が止まってるはずなんだよ。今は夏の終わりだ。冬の備蓄を作る時期に物資が入ってこなければ……クローイ村がどうなってしまうのかと思ってね……」
クローイ村か……原作の知識にはないな。
バルトロとゲルドスの癒着が生み出した、ゲームには登場しない場所か。
ゲルドスの領地がグリンベルの北に位置するということは、グリンベルが流通ネットワークを展開する上で、あの一帯は避けて通れない。
放置しておけば、グリンベルの流通網はそこで詰まってしまうだろう。
それに飢えた村が出るのは、見過ごせない。
このグリンベルから領地を拡大していく中で、近くで飢えた村があるというのは俺の領地拡大計画にとっても不都合だ。
足元の不備など何としても排除せねばならん。
「分かった。そのクローイ村とやらを、明日見に行くとしよう」
「え……あんたが行くのかい? ゲルドスの連中と鉢合わせするかもしれないよ?」
「ちょうどいい。案内しろ」
アンズは呆れたように肩をすくめたが、すぐに覚悟を決めたように「分かったよ」と小さく頷いた。
――――――
クローイ村は、馬で半日も走れば着く距離にあった。
村に入り、周囲を見回す。
畑がある。だが、収穫を終えた後のそれではない。
手入れが放棄され、雑草が土を食い荒らしている。
荒廃した土地を見れば、村の置かれた惨状など一目瞭然だ。
村人の姿もまばらで、すれ違う者の顔色は一様に死んでいる。
広場の隅で座り込む子供たちを見たとき、俺は舌打ちが自然に出た。
子どもは遊んでいるわけでも、何かを待っているわけでもない。
ただ、栄養失調でぼんやりと虚空を見つめているだけだ。
……食糧不足による衰退か。実に、目障りだ。
その時だった。
村の入り口の方から、数頭の馬の蹄の音が響いてくる。
音に反応した村人たちが、一斉に恐怖で顔を引き攣らせる。
「ゲ、ゲルドス様の使者が来た……!」
「まただ……また来たのか……!?」
村の入り口に乗り込んできたのは、鎧を着た男たちだ。
先頭の男は太った体に派手な衣装を着込み、いかにも金持ちらしい指輪をいくつも嵌めている。
あの衣装。ゲルドスの徴税官だろうか。
男は馬上から村人たちを見渡し、品定めするような目で舐め回した。
そして、広場の端で座り込んでいる子供たちを見つけると、わざとらしく大きな声で言った。
「おい、村長を出せ。ゲルドス様の命令だ。年貢の滞納分として、今すぐ食料を出せ。倉庫にあるものは根こそぎだ」
その言葉に村人たちが絶望に青ざめる。
「そ、そんな……今年の備蓄が全部なくなってしまいます……!」
「それだと冬が越せません……!」
「知るか。払えんなら娘でも息子でも差し出せ。働き手として引き取ってやる」
徴税官がせせら笑う。
その無遠慮な言葉に、母親らしき女が子供を庇うように抱き寄せる。
娘や息子を差し出せ、だと?
……ふん。欲望を垂れ流すことしかできん、実に低俗な害虫だ。
俺は馬を進め、徴税官の正面に割って入った。
「誰だ? 貴様は」
徴税官が不快そうに眉をひそめる。
「通りすがりだ。だが、一つだけ問わせてもらおう」
「あ? 関係ない奴は引っ込んでろ!」
「子供を差し出せ、というのがゲルドスの『公務』か?」
俺は徴税官の目を直視し、冷徹に言い放った。
「それが事実なら、ゲルドスという領主は、ずいぶんと品性下劣な猿のようだな」
「……なんだと? 貴様、ゲルドス様を侮辱する気か!?」
徴税官が周囲の兵士に目配せする。
兵士たちが一斉に馬を進め、俺を囲もうと動き出した。
「ゲルドスの使いども。倉庫の食料には手をつけるな。貴様らは黙って帰れ」
「な……なんの権限があって……! 貴様、名を名乗れ!」
「今日のところは通りすがりだ。だが、次にこの村で同じことをすれば、その時は名乗ってやる」
「……生意気な小僧が! おい、こいつを黙らせろ!」
徴税官の怒声を合図に、兵士の一人が槍を構えて突っ込んでくる。
明らかに、俺を舐めきった程度の一撃だ。
俺が槍の穂先を素手で掴んで引き寄せると、兵士は成す術もなく馬から引きずり下ろされ、地面に叩きつけられた。
俺は兵士の手から奪った槍を、そのまま徴税官に向けて投げ放つ。
槍は空を切り、徴税官の頭頂を掠めた。
皮膚を焼き、髪の毛だけが根こそぎ消滅する。
徴税官の頭は一瞬にして逆モヒカンという滑稽な形に変貌した。
「ふむ。良い髪型になったな。それで……まだ続けるか? 次は殺すぞ」
俺がそう告げると、徴税官は顔面を蒼白に染め上げ、口をパクパクと痙攣させていた。
先ほどまでの傲慢さはどこへやら、指輪をはめた手が異常なほど震えている。
「ひ、ひいいいっ……!」
徴税官は悲鳴とともに馬を返し、残りの兵士たちも我先にと逃げ出した。
土煙を上げながら、あっという間に見えなくなる。
アンズが逃げて行った兵士たちを一瞥し、それから俺を見た。
その目は、驚愕に大きく見開かれている。
「……あ、あんた……本当は何者なんだい……?」
「ふん、今はただの通りすがり、だろ?」




