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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第61話 『奴隷の枷』



「なるほどな……どこぞの組織のモンってわけか。たった二人で、しかもガキが。死に場所を間違えたんじゃねえのか?」


 鼻を鳴らし、呆れ果てたと言わんばかりの態度で、『ローロー飯店』の看板を背負った男が立ち上がった。

 男が深く息を吸い込み、その太い腕を振り上げる。

 

 ――ドンッ!


 爆音と共に、目の前の豪奢な円卓が真っ二つに叩き割られた。

 飛び散る木片が頬を掠めるが、俺は瞬き一つしない。

 

「お前らの末路を選ばせてやる。一生、日の光を拝めねえほどの激痛を味わうか、死ぬまで奴隷に成り下がるか、それとも――」


「茶番はいい。そんな安っぽい脅しが通じる相手に見えるか?」


 俺は脚を組み、傲慢(ごうまん)な笑みを浮かべて言葉を遮った。

 隣では、聖女セレスが小刻みに膝を震わせ、今にも泣き出しそうな顔で俺の袖を掴んでいる。

 

(ああ、ごめんねセレスちゃん。先にこうなるって説明しておくべきだったね……でも、すぐに終わるから待ってて。この借りは後で高級スイーツか何かでたっぷり返すよ!)


 恐怖で震えるセレスを尻目に、俺は男を冷徹な視線を維持する。

 男は、自分の威圧が全く通用しないガキを前に、毒気を抜かれたような顔で固まっている。

 

「……ほう。なら、死ぬって選択肢で構わねえんだな?」


「アホか。まず、俺がここへ来た理由を聞け。わざわざ死にに来るほど、俺は暇じゃない。それに……俺は『本当のボス』と話しに来たんだよ。どけ、端役」


「……あ? 俺がここのボスに決まってんだろうが!」


 目の前の男は、顔を真っ赤にして叫んだ。

 だが、こいつはここ『ローロー飯店』のボスではない。

 

 俺は『エル戦』のゲーム知識で知っている。

 目の前にいるのは体格も風貌もボスという雰囲気だが、正確にはボスの弟だ。


 この男は、仲間になるキャラである『ネクタ・プラムコット』。

 わざわざ強がっている姿が、原作を知る身としては微笑ましくさえある。

 

「俺が用があるのは、貴様だ。なあ? アンズよ」


 俺はネクタの背後、影のように控えていた秘書の女を指差した。

 アンズと呼んだ女性は驚きの色を一切見せず、研ぎ澄まされた刃のような鋭い眼光で、冷静に俺を観察している。

 

 この女こそが、『ローロー飯店』の真の主であり、凄腕の諜報員『アンズ・プラムコット』だ。

 アンズはゆっくりと歩み出ると、低く、冷徹な声を響かせた。

 

「……ここの暗号、私の名前。さらには私の正体まで。いったい、どうやって調べたのか聞かせてもらおうか。ムーングレイのお坊ちゃん?」


「俺を知っているか。ならば話が早い」

 

 相手は情報を収集するプロだ。

 公爵家の嫡男の顔を知らぬはずがない。

 

 俺は余裕たっぷりに背もたれに身を預ける。


 『ローロー飯店』の主、アンズは静かに俺に問うた。

 

「さすがに、公爵家を敵に回すのは得策じゃないんでね。だが、ここは私たちの縄張りだ。あんた、何をしに来たんだい?」


 アンズの目が、氷のように冷たい。

 そして、この部屋の周りに――16人の気配。

 

 天井裏、壁の隙間、絨毯の下、本棚の後ろ……

 至る所に殺気を殺した手練れたちが、俺の首をいつでも撥ねられるよう身構えている。

 

 だが、それがどうした。

 こんな少ない人数では俺を倒すことは出来ないが、今日の目的は倒すことではない。

 懐柔だ。

 

「さきほども言ったはずだ。俺の傘下に入れ。バルトロの奴隷を、根こそぎ解放するために貴様らの力を使わせろ」


「……奴隷の解放だと? 反吐が出るような戯言だね」


「俺は本気だ。アンズ。貴様らの目的も、バルトロに囚われた獣人の同志たちを救い出すことなのだろう?」


「――っ!?」


 その瞬間、姉弟の顔から余裕が消え、戦慄が走った。

 驚愕に目を見開き、アンズの唇が微かに震える。


 これも全て『エル戦』の知識だ。

 だが、知識があるだけでは彼らが仲間になる事は無い。

 

 原作知識を生かして仲間に出来るかどうかは、俺次第だ。


 『ローロー飯店』の諜報員である姉弟、本来は主人公エルマの仲間になるはずの存在。

 だが、俺はそれを横取りさせてもらう。


「だが、現実はどうだ。今やバルトロの手先として、かつて憎んだはずの奴隷狩りに手を染めている。滑稽なものだな。救世主を気取っていた連中が、飼い主に尻尾を振る猟犬に成り下がるとは」


 俺の皮肉たっぷりの言葉に、ネクタが顔を歪ませ拳を握りしめて叫んだ。

 

「ち、ちがう! 俺たちは奴隷狩りなんて……! 同志に手をかける真似なんて、死んでもっ……!」


「ネクタ! 黙ってな!」


 アンズの鋭い叱責が飛ぶ。

 動揺のあまり、俺の指摘が『正解』であることを自ら認めてしまった弟を睨みつけたのだ。

 

「……あんた、一体どこまで知っているんだい?」


 部屋の温度が急激に下がったかのような強烈な殺気が渦巻く。

 潜伏している連中が、俺の次の一言次第で一斉に飛び出してくる構えだ。


「何度も言わせるな。俺はバルトロの奴隷を解放する。そのために、貴様らの情報網と腕が必要だ」


「どうやって……どうやってあの男から、連中を奪い取るつもりだい……?」


 食いついた。

 ついに俺の言葉に乗ったな、アンズよ。

 

 アンズの瞳に、絶望の底に沈んでいた微かな『希望』が宿る。

 言葉少なな問いかけこそ、アンズが救いを求めている証だ。

 

 彼女らがバルトロの狗に成り下がった理由。

 それは忠誠心などではない。

 

「どうやってだと? 貴様らの首、足、手に嵌められた『奴隷の枷』。その呪いを外す事ができるからだ」


「「 なにっ!? 」」


 アンズとネクタ、二人の叫びが重なり、部屋を囲む隠密たちの気配も激しく揺らいだ。


 呪具『奴隷(どれい)(かせ)』。

 一度()められれば、主人の命令一つで心臓を止められ、背けば全身を焼くような激痛に見舞われる。

 家族や一族を人質に取られ、この枷で縛られた彼らは、文字通りバルトロの所有物として貶められていたのだ。

 アンズとネクタにも『奴隷の枷』がしっかりと着いている。

 

 そして、この『奴隷の枷』で一番、問題となる部分がある。


「……おい、お坊ちゃん。滅多なことを言うもんじゃないよ。この『枷』は着けたら最後、死ぬまで外れない。無理やり外そうとすればどうなるか、分かって言ってるのかい?」


「ああ。呪いが暴走し、全身の経絡を焼き切りながら、三日間は苦しみ抜いて絶命する。そうだろう?」


「そこまで知っていて……! 奴隷を解放したいっていう、あんたの志は認めるけどね、結局この『奴隷の枷』は外せないのさ。呪いの力が強すぎて、どうしようも無いんだ……!」


 アンズが力なく俯き、絶望に肩を震わせる。

 部屋の隅には、これから誰かに嵌められるはずの、予備の『枷』が無機質に転がっている。


「だから、外せると言っているだろうが。理解の遅い奴だな」


「はっ! 口だけなら何とでも言えるさ! なら……あんたがその身で証明してみせな! その『奴隷の枷』を嵌めても、同じことが言えるのかい!」


「ああ、いいだろう。そうさせて貰う」


「……へ?」


 俺は躊躇なく立ち上がり、部屋の隅にある『奴隷の枷』を掴み取った。

 金属の冷たい感触が手に伝わる。


 ――カチリ。


 迷うことなく、俺は自分の首にその呪具を嵌めた。


「あ、あんた……正気か……!?」


 アンズとネクタが、正気を疑う者を見る目で硬直している。

 

「いちいち騒ぐな。こんな安物の首輪、俺には何の重みもない」


「バカなことを! その呪いは、並の解呪じゃ外す事ができないんだよ! 外せる可能性があるのは、それこそ『浄化』の極致に達した聖女くらいだ! だが、その聖女も既に死んでもう居ない! 救いなんて、どこにも無いんだよ……!」


 アンズが魂を削り出すような悲痛な叫びを上げた。

 

 そうだ。

 原作の『エル戦』では、バルトロはこの枷を悪用し、奴隷たちを捨て駒にして最後には口封じに全員殺して国外へと逃亡した。


 原作でのアンズたちは、瀕死の状態で枷を外すことに成功したが、その時には守るべき同志たちは皆、冷たい屍となっていたのだ。

 そんな悲劇を、この俺が繰り返させるわけがない。

 

「そうだな。確かに、死んだ聖女はもう居ない。……だが、どうしたものかな」


 俺は不敵に笑い、ソファへと戻って優雅に腰を下ろした。

 そして、隣の()()()()()()()()()()()聖女セレスへと視線を送る。


 セレスはこくりと頷き、毅然とした態度で俺の前に立った。

 彼女は深く息を吐き、俺の首に嵌められた忌まわしき枷へと、祈りを込めて両手をかざす。


「聖なる光よ、不浄を断ち、ここに浄め給え!」


 ――パリンッ!!


 乾いた音と共に、絶対に外れないはずの『奴隷の枷』が無惨に砕け散り、床に転がった。


「え……『奴隷の枷』が……外れた……?」

「いったい、どうやって……!?」


 アンズとネクタの目に、この世の終わりと始まりを同時に見たような衝撃が走る。

 俺は首筋を軽くさすり、信じられないものを見る一同を見据えた。

 

「これから、すべての『奴隷の枷』を外す。ここの従業員の分もな。……おい、突っ立って何をしている。早く全員ここへ集めろ」


 俺の言葉が、彼女たちの絶望に塗りつぶされた瞳に、かつてないほど強烈な希望の火を灯した。

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