第6話 魔法省の賢者
魔法省からの親書が届いて、数日が経過した。
屋敷の窓から外を眺めていると、一台の馬車が中庭へと滑り込んできた。
魔法省の紋章が刻まれた、重厚な造りの馬車。
俺はソファに深く腰掛けたまま、静かにその時を待っていた。
階下ではフォルテたちが、鑑定官の出迎えにあたっているはずだ。
やがて、廊下から近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。
ガチャリ、と重い扉が開かれる。
そこに立っていたのは、俺がゲーム知識として知る魔法省の賢者――クロエ・フィーンズ。
もっとも、向こうにとっては初対面の『公爵家の嫡男』に過ぎない。
俺のことを、せいぜい「貴族の傲慢なクソガキ」程度にしか思っていないだろう。
「本日はお目通しいただき、ありがとうございます。魔道省のクロエ・フィーンズと申します」
「ああ。ムーングレイ家のレヴォス・ムーングレイだ。……そこに座れ」
「……失礼いたします」
14歳の年下のガキが取る不遜な態度に、クロエの頬がピクリと引きつった。
クロエは確か18歳だったはずだ。
エリートのプライドが、年下のガキに指図される屈辱で小さく悲鳴を上げているのが手に取るようにわかる。
だが、相手は公爵家。皮肉の一言も言えず、押し黙るしかないクロエ。
(あきらかに不機嫌を隠しきれていないな。だが……やっぱり実物はとんでもなく美人じゃん!)
クロエは大きなツバのある三角帽子に、魔導省特有のぶかぶかのローブ。
白いシャツの首元には、クロエの少し抜けた性格を表すように緩んだリボンが結ばれている。
銀色に輝く長い髪が、クロエの動きに合わせてさらりと流れた。
タレ目気味で一見おっとりして見えるが、その内側には高いプライドと魔法研究への執着を秘めていることを、俺は知っている。
フォルテが物音ひとつ立てずに紅茶を運び込み、俺とクロエの前に置いた。
「たしか、魔法鑑定の再調査だったな?」
「……ええ。先日、魔法鑑定を受けていただいた際に、何らかの不備、あるいは問題が発生した可能性がございまして。今回は私が直々に鑑定を、とうかがわせていただきました」
なるほど。
クロエは「魔法鑑定で問題が起こった」と言っている。
要は『6つの魔法』の『特級』という結果を、クロエは認めていないということだ。
そりゃ、無理もない。
『6つの魔法』の『特級』なんて、この世界の常識ではあり得ない。
だが、俺はプレイヤーを絶望させるための『ボスキャラクター』のステータスそのものなのだ。
(じゃあちょっと、クロエちゃんの本音をもう少し引き出してみようかな?)
「ふん。貴様、不敬だな。貴様ら魔法省が自ら行った鑑定だろう。……俺の結果が、偽りだとでも言うのか?」
「えっと……ですから、その……申し訳ございません……」
魔法省そのものを引き合いに出され、クロエがシュンと肩をすぼめた。
少しやりすぎたか。
だが、クロエは意を決したように顔を上げ、ハッキリと言い放った。
「鑑定結果なんですが、『6つの魔法』は理論上、断じてあり得ないのです。相反する属性である火と水や、光や闇を同時に制御するのは不可能です。それは魔法体系の根幹を揺るがす……」
「ふむ……なるほど。それが『常識』なのだな」
俺は右手、そして左手に異なる魔力を込めた。
「はい。ですから、再度のかんて……い……を……」
クロエの声が途絶えた。
クロエの目が限界まで見開かれ、金魚のように口をパクパクと動かしている。
俺は、右手に水球を浮かべ、左手に火炎を生み出していた。
「そ……それって……え……? う、うそでしょ……?」
「不可能とは、どういう意味だったかな? 俺とお前の物差しの尺度が、違っているようだな」
クロエの身体が細かく震え、瞳が激しく彷徨っている。
今、クロエの頭の中では、長い間かけて積み上げてきた魔法理論が、ガッシャーーン!という轟音とともに崩れ去っているのだ。
特に優等生として生きてきたクロエにとって、信奉してきた魔法という学問が無に帰す瞬間を目の当たりにするのは、想像を絶する衝撃なのだろう。
(だけど念のため、もうひと押ししておこうかな?)
俺はさらに、右手、左手に魔力を込めた。
右手には、水・光・風を。
左手には、それらと対となす火・闇・土を。
それぞれ掌の上に、フワフワと漂わせるように出現させた。
俺の手の上で、クロエが「不可能」と断じた6つの属性が美しく、そして残酷なまでに静かにクルクルと回転している。
「ひ、ひいぃぃぃぃッ!!!」
クロエの絶叫が部屋に響き渡った。
もはや、クロエの顔面は土気色を通り越して蒼白だ。
(……ちょっと、可哀想になってきたな。やりすぎたか?)
ふと横を見ると、控えているフォルテは眉一つ動かさず、静かに俺の無茶苦茶な魔法を眺めていた。
「あっ……あっ……あぅ」
クロエは白目を剥きながらガクガクと痙攣し――そのまま、糸が切れた人形のように椅子に倒れ伏した。
……クロエが気絶してしまったのだ。
「ク、クロエ様!? だ、大丈夫ですか?!」
フォルテが今になって慌てている。
まさか、鑑定官に魔法を見せただけで気絶するとは思わなかったのだろう。
(俺も気絶するとは思わなかったな……やりすぎてしまった。ごめんよ、クロエちゃん……)
「……どうやら、よほど疲れていたようだな。フォルテ。問題がなければ、客間のベッドに運んでおいてやれ」
「しょ、承知いたしましたっ!」




