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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第58話 発展の餌食



 エステラの看護をアイリスとポエテに、そして教育係としてアリアを付け、俺は一通りの手配を済ませた。

 ようやく肩の荷が下りた心地で、俺は王都の学園へと戻ることにした。


 馬に(またが)り、ひとりでのんびりと街道を行く。

 揺られるリズムに身を任せながら、俺の思考は今後の領地経営へと向いていた。


 ……それにしても、グリンベルも随分と賑やかになったものだ。

 

 最近、領地の人口が目に見えて増えている。

 さらに、公爵家のアイリスやオレスフォードの王子ヒロンといった、身分の高い連中までが居座るようになった。

 人が集まれば、それだけ厄介な火種が舞い込む可能性も高くなる。

 

 現状のグリンベルは、守備も基盤もまだ脆弱だ。

 人口増加というこの転換期に、手を打っておかねばならないことは山積みだった。


「ひとまず、発展のためには金が必要か……」

 

 独り言が風に消える。

 俺一人が贅沢をするための小銭ではない。

 領民を食わせ、領土を潤すための莫大な資本だ。

 

 今のグリンベルは自給自足こそ成り立っているが、それ以上ではない。

 貨幣を稼ぎ、商売を回し、流通の血を循環させる必要がある。


 だが、グリンベルには特産品というものがない。

 元が毒の沼地だったのだ。

 肥沃な大地もなければ、ブランド価値のある名産品もない。

 

 森林から採れる木材や川の魚程度では、商売にはならないのだ。

 

「何か、他所にはない『売り』が必要だな……」

 

 顎に手を当て、思索に耽りながら王都の正門を潜った。


「らっしゃい! らっしゃい!」

「安いよ安いよー! 奥さん、持っていきな!」


 市場に入れば、商人たちの野卑だが活気ある声が鼓膜を叩く。

 並べられた色とりどりの食品、無骨な武器、日用品。

 

 平和を絵に描いたような光景。

 だが、その一角に、酷く不快な異物が混じっていた。


 露店の前に、ボロボロの布を纏った子供が三人、石畳に正座させられている。

 その首と手足には、細い体に不釣り合いな重々しい枷が嵌められていた。


 ――奴隷売買。

 建前上、エルヴァンディア帝国において奴隷の取引は禁止されている。


 だが、目の前では公然とそれが行われている。

 この元凶は、バルトロ・ドッヒャーという商人だ。


 商人の皮を被っているが、本性は金貸し、奴隷商、違法売買を牛耳る闇の住人だ。

 帝国の貴族、果ては王家の一部までもがバルドロから金を借りている。

 その癒着の鎖が、法の目を完全に封じているのだ。


 だが、貴族以上のものには決して逆らわないのがバルトロの狡猾なところだ。

 原作ゲーム『エル戦』におけるバルトロは、帝国と反乱軍の間を立ち回り、甘い汁を吸い尽くして戦火の果てに国外へ逃げおおせる狡猾な小悪党だった。


 実際に目の当たりにするとはな……まったく、腐りきった商売をしているものだ。


 俺は馬から降りて、奴隷を売っている店主の男へ、皮肉を込めた笑みを浮かべて声を掛ける。


「精が出るな。商売の調子はどうだ?」


 俺のようなガキに声を掛けられた店主は、一瞬驚いたように目を見開いたが、即座に不遜な表情へと戻った。

 

「あぁ? なんだガキ、俺に用か? 邪魔だ、あっちへ行ってろ!」


 しっしっと犬を追い払うような仕草。

 俺が公爵家の嫡男だとは夢にも思っていないのだろう。

 

 無知とは幸福なものだ。

 だが、今はその方が都合がいい。


「……奴隷は、この国では禁止されていたはずだが?」


 あえて火に油を注ぐような問いを投げかける。

 案の定、隣の露店の主が「自分から地雷を踏みに行きやがった」とでも言いたげな、怯えた視線を俺に寄越した。


「ああ!? てめえ、何言ってやがる。……こいつらは奴隷じゃねえ、『従業員』だよ。なぁ? そうだろ?」


 店主は座ったまま、見せしめのように子供の一人をドンっと足蹴にした。

 

 子供の頭には獣の耳がある。獣人だ。

 帝国において獣人は差別の対象ではないが、小規模な集団で暮らす獣人は格好の『獲物』になりやすい。

 おそらく、奴隷狩りの犠牲者だろう。


「は、はい……その通りです……」


 蹴られた子供が、ガタガタと震えながら消え入るような声で応じる。

 言わされているのは明白だった。

 

 管理システムが肥大化した大国は、往々にしてこうだ。

 上辺さえ取り繕えば、末端の不正には目を瞑る。癒着と穴だらけの法。

 

 こんな体たらくだから、エルヴァンディア帝国は後に反乱軍に屈することになるのだ。


「そうか。では、その『従業員』を俺が買い取ろう」


「いや……お前には売らん」


 奴隷商は俺の身なりを値踏みするように睨みつけた。

 子供が奴隷を買うなど、冷やかしか面倒ごとのどちらかだと踏んでいるのだろう。


「なぜだ? 売り物だろう?」


「売りもんじゃねえと言っただろう。それに、ガキにうろちょろされるのは商売の邪魔なんだよ。さっさと消えねぇと、ぶっ殺すぞ」


 期待通りの、満点の回答だ。

 あまりの短慮さに、俺は滑稽さを感じて喉の奥で笑った。

 この暴言こそが、俺に極上の大義名分を与えてくれる。

 

 そして、こいつのこの返答で、俺が取れる選択肢が増えたのだ。

 俺の脳内に、いくつかの選択肢が浮かぶ。


 その1。

 奴隷商の店主を公爵家の俺に対しての無礼を働いたという事で、ぶん殴る。

 

 その2。

 奴隷商の店主を公爵家の俺に対しての無礼を働いたという事で、切り殺す。

 

 その3。

 奴隷商の店主を公爵家の俺に対しての無礼を働いたという事で、簡単には殺さず、産まれてきた事を後悔させるくらいの拷問にかける。


「さて、お前には、どれがお似合いかな……?」


 思わず本音が口から漏れ、俺は愉悦を込めてニヤリと笑った。


「な、なんだお前……気味が悪りぃな! あっちへ行けと言ってるんだ!」


 俺の放つ殺気に当てられたのか、店主が青ざめて後ずさる。

 

 威勢がいいのは口先だけか。

 興醒めだな、この程度の気配に怯えるとは。

 

 では、俺が取る選択肢は……『その4』だ。

 

 俺は(ふところ)から金貨を一枚取り出し、親指でピンっと弾いた。

 放物線を描いた金貨は、店主の鼻先をかすめてその手に収まる。


「えっ……き、金貨!? おい、お前、何者だ!?」

 

 金貨一枚で、奴隷を30人以上買えるだろう。

 だが、この金貨はこの三人の奴隷を買うためだけの対価ではない。


「誰でもいいだろう。俺に支払い能力があることは分かったはずだ。では、その三人を俺の『客人』として迎えろ。明日、俺が迎えに来るまでな」


「え、迎えにって……どこにだよ。俺は別に店舗なんて構えてねえぞ」


 この男の言う通り、奴隷商は禁止されていることから個別の店を持たない。

 奴隷は商品として、あらゆる倉庫に流動的に隠している。

 

 だが、ひとつだけ確実に移動しない根城を俺は知っている。

 俺には逃げ道など通用しない。


 俺は店主にしか聞こえない距離まで近づき、耳元で低く囁いた。

 

「明日、バルトロ・ドッヒャー邸へと向かうと言っているのだ。貴様らの主だろう?」


「っ!? な、なんでその名を……」


 店主の顔から、一気に血の気が引いた。

 バルトロは表向きは清廉な商人だ。


 その裏の繋がりを知っていることが、どれほど異常なことか、こいつにもようやく理解できたらしい。


「いいか、明日だ。話を通しておかなければ、お前の首が飛ぶことになる。明日の正午、バルトロ邸へ行く。俺が買ったその三人には、最高の食事を与え、風呂に入れ、丁重に扱え。もし傷ひとつでも付けてみろ。お前の命で償わせるからな」


 俺は店主の胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄り、その目を覗き見た。

 奴隷商は蛇に睨まれた蛙のように硬直している。

 

 そして三人の子供たちは、信じられないものを見るような目で俺を見上げていた。

 俺は彼らへ向き直り、口端を吊り上げる。

 

「そういうことだ。今日からお前たちは、客人だ。明日迎えに行くまで、その男に言える限りの我儘と贅沢を言っておけ。遠慮はいらんぞ」


 恐怖で震えていた子供たちの瞳に、困惑と、わずかな光が宿るのを確認し、俺は背を向けた。

 



 ……グリンベルの発展のための、ちょうど良い獲物が見つかったな。

 

 裏商人バルトロが持つ、流通網や店。


 すべて、俺が根こそぎ奪い取ってやろう。

 

 今しがた放り投げた金貨は、そのための、ほんの手付金に過ぎない。

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