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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第57話 借りの大きさ



 ――ストン。


 夜の静寂の中。俺の膝に、柔らかな重みが加わった。

 ベッドに横並びに座っていたクロエが、俺の太腿を枕代わりにして横たわったのだ。


「……何をしているのだ、クロエよ」


「き、今日は! レヴォス様の膝枕で、寝とうございます!」


 顔を真っ赤に染め、鼻息も荒く宣言するクロエ。

 緊張しているのか、少し強張っているようだ。

 

「俺の膝で寝るだと……? それが、クロエの願いか?」


「は、はい! 僭越ながら、今夜はこのままでお願いしたくっ!」


 俺の膝で寝るのか……?


 ……なるほど、そういうことか!

 理解したぞ。クロエの願いの意味するところが。


「分かった、クロエ。その願いを聞き入れよう。だが夜は冷えるからな、こちらへ来い」


 俺は横たわるクロエの細い身体を軽々と抱き上げた。

 

「ひゃっ! レ、レヴォス様っ!?」


 突然の浮遊感に驚いたのか、クロエが変な声を上げてバタつく。

 俺は構わずベッドのヘッドボードに背を預け、自らの膝を再びクロエの頭の下へ差し出した。

 さらに、冷えから守るために厚手の毛布をクロエの首元まで丁寧にかける。


「これでよいな。では、寝るがいい。しっかり休め」


「は、はいっ!」


 クロエの願い。

 クロエはその飽くなき探究心ゆえ、日夜魔法研究に没頭している。

 当然、慢性的な睡眠不足に陥っているはずだ。


 そして、今この高さ――俺の膝という絶妙な位置が、クロエの頸椎を休ませるのに最適な『枕の高さ』なのだろう。

 ……これでクロエは安眠できるはずだ。

 

 睡眠こそが明日の活力を生む。

 研究を効率化させるためにも、俺が提供できる最高の睡眠環境を与えてやるべきだからな。

 ……いずれ、クロエ専用の枕でも開発してやるか。

 

 膝の上から「フンフン」と、落ち着かないような、しかしどこか満足げなクロエの鼻息が聞こえてくる。

 座ったままの一夜など、『エル戦』に没頭していた過酷なゲーム環境を生き抜いた俺にとって、造作もないことだ。


「あの、レヴォス様……私は、幸せです」


 背を向けたクロエが、消え入るような声で呟いた。

 表情は見えないが、その声の震えからは、理想の枕に出会えたことへの深い感謝が伝わってくる。


「そうか。ならば良い。さあ、余計なことは考えずに目を閉じろ」

 

 膝の寝心地が、そんなに良いのだろうか。

 俺も静かに目を瞑り、膝からクロエの体温を感じながら深い眠りへと落ちていった。

 

 

 ――――――



 翌日。

 俺は、昨夜目覚めたばかりのエステラが静養している客間へと足を運んだ。

 エステラの部屋の扉を開けると、ベッドに横たわっていたエステラが俺の姿を認めるなり、慌てて身を起こそうとする。

 

「そのままで良い。動くな」


 俺は鋭い声で制し、傲岸不遜とも取れる足取りでベッドサイドへ歩み寄った。

 

「ここでは爵位や礼儀など気にする必要はない。貴様の身体はまだ、長年の監禁と呪縛によってボロボロなのだ。まずは己の回復のみを考えろ」

 

「す、すみません……」


 エステラは縮こまり、消え入るような声で謝罪した。

 その瞳には、未だ現実を把握できていない不安が色濃く残っている。


 無理もない、エステラにとっては昨日までの数年間は空白なのだ。


 そして、エステラの横にはアイリスが心配そうに姉の手を握りしめていた。

 

 その慈しみに満ちた献身的な様子を見る限り、エステラの心のケアはアイリスに任せておけば問題ないだろう。

 

「アイリス。ここには何日でも滞在して構わんが、折を見て学園や実家にも顔を出しておけ。公爵令嬢が長期間不在となれば、余計な嗅ぎ回りを誘うことになるからな」


「う、うん。確かにそうだね。分かったよ、レヴォスくん。……あれ、それは?」


 俺が机の上に置いた小箱を見て、アイリスが首を傾げる。

 

「これは『偽装の仮面』だ。クロエが制作した魔道具でな、装着者の容姿を他人からは別人のように認識させる効果がある。魔力の看破には注意が必要だが、姉を連れて王都を歩く時に使えばいい」


 ルナリアも日常的に使用しており、その有用性は実証済みだ。

 これがあれば、死んだはずのエステラが表舞台に出ても、即座に露見することはない。


「あ、ありがとう、レヴォスくん! この『借り』は、必ず返させてもらうよ」


「借り、か。確かに。俺は自らの命を賭して、貴様の姉をあの外道から救い出したのだ。この借りは、山よりも高く海よりも深いぞ、アイリス」


 俺は口端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべてアイリスを見た。

 

「うん……返し切れない借りの大きさは、ボクが一番分かっているよ。ボクにできることなら、何でも言って。命を懸けて、君に尽くすと誓うから」


 アイリスが真剣な面持ちで、俺を真っ直ぐに見据える。

 

「そうか。ならば良い。……では、まず紅茶を淹れろ。三人分だ」


 俺は部屋の隅にある茶器のセットを指差した。


「え……ああ、わかった。すぐに淹れるよ」


 アイリスは慌てて立ち上がり、せっせと茶葉を用意し始めた。

 やがて、芳醇な香りと共に淹れられた紅茶が俺の前に運ばれる。


「では、それぞれ手に取れ。……アイリス、それにエステラもだ」


 アイリスとエステラは戸惑いながらも、それぞれのカップを持つ。

 俺はアイリスが淹れた茶を一口含み、その香りを堪能した。

 

「ふむ……美味いな。さあ貴様らも飲め。俺に気を使う必要はない」


「う、うん……」

「は、はい……いただきます」


 俺の威圧感に押されるように、二人は顔を見合わせて紅茶を(すす)った。

 緊張で強張っていた二人の表情が、温かな熱によってわずかに(ほころ)ぶ。

 

 最後の一滴まで飲み干したのを確認すると、俺は無造作に立ち上がった。


「ではな。俺は行く。……紅茶は実に美味かったぞ、アイリス。これで、昨日の貸し借りはチャラだ」


「……えっ!? いや、そんな……!? 紅茶を淹れただけだよ、ボクは!」


 背後からアイリスの驚愕の声が響く。


「借りの大きさは債権者たる俺が決める。貴様は先ほど『命を懸けて借りを返す』と言ったな? だが、せっかく姉が戻ってきたのだ。その命は俺のためではなく、姉を守るために使え」


 そう言うと、呆然と立ち尽くすアイリスに片手を軽く振り、俺は部屋を後にした。

 コツ、コツ、と廊下に響く自分の足音を聞きながら、俺はふうと息を吐く。

 

 俺のために命を懸けろと言えば、アイリスは本当に命を投げ出すだろう。

 だが、そんなつまらぬ犠牲は俺のシナリオには必要ない。

 姉妹が手を取り合い、過酷な運命に抗いながら生き抜くこと。

 それが結果として、俺の望む『平和な未来』へと繋がるのだ。


 人間という生き物は、背負わなくていい荷物まで自分で抱え込み、その重さで動けなくなることが多々ある。

 自分自身では、その荷物にすら気づけないほど不器用な者もいるだろう。


 だが、俺がその無駄な荷物を取り除き、正しい道を示してやる。

 それもまた、領主としての俺の仕事なのだ。


「まったく……不器用な者が多いものだな」


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