第55話 2つの花言葉
『ヴァンパイア・ロード』ブラドニスを討伐後、俺たち一行はエルマの故郷である村へと帰還した。
「ふむ、村には何も起きていないようだな」
村が魔物に襲撃される事態も想定し、防衛のために戦力を割いてはいたが、どうやら杞憂に終わったらしい。
視界に広がるのは、訪れた時と変わらぬ、のどかで平和すぎるほどの村の風景だ。
緊迫した戦場から戻った俺の肩から、わずかに力が抜ける。
「あっ! レヴォス様~! おかえりなさいませ~!」
俺たちの姿を捉えたルナリアが、ちぎれんばかりに手を振っている。
もしルナリアに尻尾が生えていたなら、間違いなく高速でぶんぶんと振り回していることだろう。
ルナリアはそのまま、タタタッと軽い足取りでこちらへ駆け寄ってきた。
「ルナリア、村に異状はなかったか?」
「はい! 言いつけ通り、村を守っておりましたゆえ何も問題ございません! って、レヴォス様、その胸は……?」
報告を終えたルナリアが、俺の胸元を凝視していた。
何せ俺の服は、胸のど真ん中に穴が空いているのだ。
聖剣をぶっ刺した跡だ。
だが、これをいちいち説明するのは骨が折れるな。
「なに、蚊に刺されただけだ。気にするな。それより、救護が必要な者がいるのでな。これよりすぐにグリンベルへと撤収する。皆を呼べ」
「穴が空くほどの蚊って、どんな蚊ですか……? って、はい! わかりました! すぐに全員集めます!」
未だ意識の戻らぬエステラを馬車の中へ運び込む。
アイリスはまるで離れるのを恐れるように、エステラの傍らにぴったりと寄り添っていた。
エルマたちも含め、即座に撤収準備を整えさせ、俺たちは馬車と馬に跨った。
――――――――
「お兄ちゃん! じゃあね! また来るから、元気でね!」
エルマが、兄エルレインに別れを告げる。
「うう……エルマぁ……もう帰っちゃうのか……あと1年、いや10年くらいゆっくりしていけばいいのに……!」
「いや、それじゃ確実に退学になっちゃうでしょ……でも、休みになったらまた来るし、お兄ちゃんもたまには王都に遊びに来てよ!」
別れを惜しんで号泣するエルレイン。
その姿には、重度のシスコンという言葉では片付けられないほどの、ある種不気味なまでの執着が透けて見える。
号泣するエルレインを後に、馬車が動き出す。
エルマの兄であり、『主人公』エルレイン。
今回の件で、その実力を把握できたのは大きな収穫だ。
クロエの魔法を無効化し、フォルテを退け、さらにはアイリスの全霊の一撃を素手で受け止めて無傷。
今はまだ俺のほうが強いが、成長の振れ幅を考えれば無視できない脅威だ。
であれば……エルレインを極力、あの『始まりの村』から出させない方法を練らねばならんな。
そう思考を巡らせているうちに、馬車は街道の分かれ道へと差し掛かった。
一つは帝国中央学園のある王都へ。
もう一つは、我が領地グリンベルへと続く道だ。
馬車の中には、意識を失ったままのエステラ。
そして看護するアイリス、セレス、ポエテ。
屋根の上ではミサミサが気だるげに寝転んでいる。
御者席には俺とクロエが座り、馬車と並走する馬にはフォルテ、ルナリア、エルマが騎乗していた。
ズリュールは、木の中を超えて移動できるため別動隊だ。
「フォルテ。エルマとルナリアを連れて、先に学園へと戻れ」
「はっ、承知いたしました」
「えっ!?」
「レヴォス様はどちらへ行かれるんですか!?」
案の定、エルマとルナリアが焦燥を露わにして声を上げてきた。
放っておけば、どこまでもついてこようとする連中だ。
だが、主人公であるエルマを、重要拠点であるグリンベルに立ち入らせるわけにはいかない。
「野暮用だ。すぐに戻る。ルナリア、エルマ。学園に戻ったら鍛えておけよ。戻った時、鈍っていたら承知せんぞ」
「え~!! そんなぁ……!!」
不満げな二人の叫びを背中で聞き流し、馬車は一路、グリンベルへと向かった。
――――――
ラスボス候補であるアイリスをグリンベルへと無策に入れるのも考えものだった。
だが俺は持っている。
アイリスが避けれない策を。
そうしてグリンベルへと到着すると、すぐにエステラをベッドへと運んだ。
「お姉さまは……本当に、大丈夫なのでしょうか……?」
アイリスが、今にも泣き出しそうなほど弱々しい声で呟く。
その瞳は不安に揺れ、いつもの凛とした貴公子の面影は微塵もない。
「はい、ご安心ください。容体は安定しています。間もなく意識も戻るでしょう。それまでは、安静にして休ませてあげてください」
ポエテが優しく、なだめるようにアイリスに語りかけた。
その言葉の内容か、ポエテの言い方か、その両方のおかげかは分からないが、アイリスの顔に安堵が広がる。
俺は部屋の隅で、その光景を観察していた。
アイリスの精神が極限まで弱っている。……今こそ、絶好の好機だ。
「アイリス、少し外に出ろ。話がある」
「……え? うん……わかったよ」
建物の外へ出ると、俺の後ろをアイリスがトボトボとついてくる。
借りてきた猫のように元気のない姿。
長年探し続けた姉を見つけたものの、その姉が目覚めない現実に、押し潰されそうなのだろう。
俺は森の中で、一輪の花を見つけた。
前世の知識でいう薔薇に似た、赤い花だ。
俺は膝をつき、その花の茎を指先で折った。
花の名は『ヴァルラ』。
『エル戦』では、祝宴や婚約イベントの際に嫌というほど登場する花だ。
この『ヴァルラ』には、2つの有名な花言葉がある。
ひとつは『永遠の誓い』。
婚約を申し込む際には、この『ヴァルラ』を贈るのだという。
そして、もうひとつの花言葉が『絆』だ。
さらに、この花は薬草にもなり、香りにリラックス効果がある。
俺は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。
アイリスもまた、何事かと足を止め、不安げに俺の顔を覗き込んでくる。
「アイリス。単刀直入に言おう。お前の姉、エステラの命は――ブラドニスの血を持っている俺と繋がっている。これが、どういうことか、お前なら理解できるな?」
俺の言葉に、アイリスは一瞬キョトンとしたが、即座にその顔を強張らせた。
「……エステラお姉さまの命は、レヴォスくんが握っている……ということだね」
「その通りだ。そして俺とお前は公爵家同士。手を繋いで仲良くしようなどという、吐き気のするような建前を言うつもりはない。……それに、アイリス。貴様は俺に、嘘をついていたな?」
「っ!?」
アイリスの目が見開かれた。
図星か。
やはり、どうにも腑に落ちない点があったのだ。
「貴様は以前、リンクショット家や『魔法省』の政には関わっていないと言っていたな? それにしては、シークランス家の暴動騒ぎや賢者クロエの事をよく知っていたな。それに……砂漠の国、『オレスフォード』への進軍に、お前も関わっていたのだろう?」
オレスフォードは軍師ヒロン・イロンダルの故郷であり、ヒロンが王子である国。
以前、オレスフォードにいる怪物『ゲブリ』の捕獲のため、エルヴァンディア帝国へ侵攻の進言をした魔法省。
おそらく、直接に嗾けたのはアイリスではないにしろ、関わっていたはずだ。
目的は、姉エステラを探すために、リンクショット家率いる『魔法省』の権力基盤を固めるための布石だったのだろう。
だが、その過程で他国を蹂躙しようとした事実に変わりはない。
「……ああ……すまない。ただ、お姉さまを見つけるためには、どうしても力が必要で……!」
アイリスの声が震え、その体も目に見えてガタガタと小刻みに揺れ始めた。
絶望が、アイリスの顔を覆っていく。
姉の命を握る俺に対し、不誠実な嘘をついていたという事実。
それはアイリスにとって、弱みを握られたに等しい。
公爵家同士の地位向上の競争における嘘。
それは出し抜くための『悪意』そのものだ。
「ボクはどうなっても構わない……でも、エステラお姉さまのことは助けてほしいんだ!」
アイリスは地面に膝をつき、額を土に擦り付けるようにして懇願した。
公爵令嬢が、なりふり構わず泥にまみれている。
「どうか、どうか頼む! ……頼みます! お、お願いしますっ……!」
まるで土下座だ。見事なまでの屈服。
だが、俺が求めているのはこんな無様な姿ではない。
「おい。公爵家の令嬢が、道端でそんなはしたない真似をするな。見ていられん」
俺はアイリスの前に膝をつき、その肩を掴んで強引に顔を上げさせた。
アイリスの顔はひどい有り様だった。
涙でぐしゃぐしゃになり、鼻水まで垂らして、弱りきった獣のような目で俺を見つめている。
「お……お願いします。どうか、どうかぁ……お姉さまを……」
「まったく……やれやれだな」
俺は胸ポケットから布を取り出し、乱暴にアイリスの顔を拭った。
「う……なにを……」
「立て、アイリス」
俺はアイリスの腕を掴み、無理やり立ち上がらせた。
アイリスはまだ、潤んだ瞳で俺を凝視している。
「これをお前にやろう」
俺は手に持っていた花、『ヴァルラ』をアイリスに差し出した。
「え……これは……ヴァルラの花?」
「そうだ。この花の花言葉を知っているか?」
「え、えっと……『永遠の誓い』と、『絆』……だったと思うけど」
さすがは公爵家、教養はあるらしい。
「では、俺がお前にこれを渡した意味が分かるか?」
「え……どういう、意味……?」
リラックス効果のある花だ。
精神が崩壊しかかっている今のアイリスには、良い鎮静剤になるだろう。
だが、真の目的はそこではない。
「分からぬか? お前がさきほど言っていた花言葉だ」
「え、もしかして……?!」
ヴァルラの二つの花言葉。
『永遠の誓い』と『絆』。
『絆』は、まさにアイリスの事をかばったエステラ、そして長年エステラを探し続けたアイリスそのものだ。
エステラの命を握っている俺は、アイリスを絆という呪縛に閉じ込めたのだ。
アイリスを完全な配下として懐柔するなら、この瞬間を置いて他にない。
「くくく……理解したか、アイリス。……永遠に、俺のそばにいろ」
俺の脅迫の言葉。
だが、それを受け取ったアイリスの反応は、俺の予想を遥かに超えるものだった。
「えっ!? そ、それって……!?」
アイリスの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
先ほどまでの絶望はどこへやら、アイリスの瞳には熱烈な輝きが宿り、口元には蕩けたような笑みが浮かぶ。
「うん……! レヴォスくんに前に言われた時に、すでに心に決めていたんだ! ボクの体も心も、レヴォスくんのものだよ……! こんなボクだけど、末永く、宜しく頼むね。……えへへ!」
……なんだ?
俺の脅迫を受けて、情緒が壊れたのか?
だが、「末永く宜しく」と言うからには、俺の配下に入ったと考えて間違いないだろう。
「ああ。だが、これは内密だ。公爵家同士の盟約となると、面倒だからな」
「な、なるほど! 表には出せない、ボクとレヴォスくんだけの秘めたる契り……ってことだね! それはそれで、何だかすごく燃えるね!」
アイリスは先ほどまでの泣き顔を消し去り、太陽のように眩しい笑顔を浮かべていた。
その豹変ぶりに一瞬、毒気を抜かれたが、まあいい。
こうして最強のラスボス候補の一人を、俺は盤石な手駒として手に入れたのだからな……!




