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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第53話 エステラ



 視界が歪み、脳をかき混ぜられるような感覚が収まると、俺の前にはアイリス、そして『ヴァンパイア・ロード』ブラドニスが対峙していた。

 どうやらアイリスの記憶から、現実へと帰還できたらしい。

 

 しかし……今の現象は何だ?

 アイリスの『時』を操る固有能力が、無意識に俺に発動したのか……?


 いや、今はそんな考察をしている余裕はない。

 

「ふむ……奇怪な人間が二人で現れたかと思えば……お前たちは何者だ?」


 ブラドニスが、品定めをするような(いや)らしい視線を向けてくる。


「その魔力、素質、魂……あの山里で私の器に相応しい人間を見つけたと思ったが、まさかこれほどの上物が自分からやって来るとは……運命とは実に面白い!」


 やはりこいつ、自分の身体を転生させるための『器』を探し回っていたのか。

 

 たまたまエルマの兄、エルレインを確認するために来ただけだったが……

 もしブラドニスにエルレインの身体が奪われたら、最悪の化け物が誕生していたところだ。

 

 そして今、その矛先が俺とアイリスに向けられている。

 だが、この外道のコレクションに誰一人加えさせるわけにはいかない。


「うあああぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 突如、アイリスが絶叫とともに弾かれたように地を蹴った。

 憎悪に身を任せた、あまりに無謀な突撃だ。

 

「アイリス、待てッ!」


 俺の制止も届かない。

 暴走状態のアイリスは、その細い腕に渾身の力を込め、ブラドニスの胴体を真っ向から切り裂いた。

 

 ――ザシュッ!

 

 確かな手応えと共に、ブラドニスの身体が左右に別れる。

 だが、去来したのは勝利の予感ではなく嫌な予感だった。

 

「ふふふ……無駄だ。無駄なのだよ」


「なっ!?」


 両断されたはずの肉体から血は流れず、切り口が影のように揺らめいて、一瞬で元通りに繋ぎ合わされた。

 

「私を殺そうなどという、くだらない感情を抱くとは。人間は何百年経っても進歩のない生き物だな」


 ブラドニスが嘲笑(あざわら)う。

 

 俺は知っている。

 奴の本体は、その肉体ではない。

 

 宿主の血管を駆け巡る『血液』そのものなのだ。

 物理的な打撃で液体を殺すことなど、土台不可能な話だ。


「さあ、我が器のコレクションにお前たちの相手をさせよう。あの若造が成熟するまでのスペアとして保持していたが……もはや不要だ。こいつを打ち倒し、さらに成熟せよ。そして……我が器となれる光栄を噛みしめるがいい!」


 ブラドニスの影がどろりと広がり、そこから一人の女が静かに這い出してきた。

 その姿を見た瞬間、隣にいたアイリスの全身が、凍りついたように硬直する。


「き……きさまあぁぁっ!!!!」


 アイリスの喉から、血を吐くような慟哭が漏れた。

 俺たちの前に立ちはだかったのは、虚ろな瞳で細剣を構える女戦士。


 ――アイリスの姉、エステラ・リンクショット。


「きさまが……やはり貴様がエステラお姉さまを……!」


「ほう、姉妹だったのか? それは面白い余興だ。では……そちらの男の方は、少々邪魔だな」


「むっ!?」

 

 異変を感じた瞬間には、すでに遅かった。

 足元の影が粘り気のある『血』へと変質し、蛇のように俺の左腕に絡みつく。


 そのまま、凄まじい力で俺の左腕が地面へと引きずり込まれた。


「なに!? 動かん……!」


 たかが血の拘束と侮ったが、どれほど力を込めても左腕がびくともしない。

 

 もしや……地面の中に、奴の膨大な量の血を潜ませていたのか……!?


「君はそこで特等席を楽しみたまえ。この姉妹による、美しき殺し合いの結末をな! くくく……あっはっはっはっはっは!!!」


「お姉さま! エステラお姉さま! 私です! アイリスです!」


 アイリスの悲痛な呼びかけに、エステラの瞳はピクリとも動かない。

 意思を剥奪され、ただの殺戮人形に成り果てたエステラに、言葉など届くはずもない。


「さあ、行け」

 

 ブラドニスの冷酷な命令に応じ、エステラが音もなく踏み込んだ。

 

 一閃。

 アイリスの喉元を鋭い刺突が襲う。


 間一髪で避けるアイリス。

 

「お姉さま! やめてください!」

 

 それから、アイリスは防戦一方だった。

 だがエステラの猛攻は止まらない。


 かつて妹を慈しんだその腕は、今や無表情に凶器を振るい続ける。


「殺し合え。肉親を殺し、心を壊せ。絶望こそが、我が器としての資格となるのだ……!」


 激しく火花を散らす姉妹の剣。

 

 剣筋も似ていて、実力も同じくらいに見える。

 だが、実力は拮抗しているはずなのに、アイリスがじりじりと後退を余儀なくされている。


「うぐっ!」

 

 ついに均衡が崩れた。

 エステラの容赦ない一撃を受け、アイリスが地面に転がる。

 

 エステラが強いのではない。

 アイリスが、姉を斬るという恐怖に、その身を竦ませているのだ。


「くっ! お、お姉さま……! これを、これを見て!」


 アイリスが(ふところ)から、何かを取り出した。

 それは小さな透明な箱に大切に収められていたのは、今はもう枯れ果てた『花』の残骸だった。

 

「お姉さまに作った花の冠です! お姉さまが喜んでくれた……覚えてますか!?」


 その瞬間。

 

 エステラの動きが止まった。

 光を失ったエステラの瞳が、アイリスの手元にある花をじっと見つめている。

 

 まさか、ブラドニスの精神支配が揺らいでいるのか……? 絆の記憶が奴の呪縛を……!?

 

 いや……そんなはずは無い。

 もはやエステラは、ブラドニスの一部なのだから。


 一瞬、一筋の希望に胸が高鳴ったのも束の間。

 現実は残酷だった。

 

 ガンッ!


 エステラの剣が、無慈悲にその小箱を弾き飛ばした。


「あぁっ……! そんな……」


 宙を舞い、砕け散る思い出。

 アイリスの顔が、見るに堪えないほどの絶望に塗りつぶされる。

 

 その心の隙を逃さず、ブラドニスがゆっくりとアイリスの眼前へ歩み寄った。

 

「姉には剣を向けられないか。全く、興醒めな女だ。だが喜べ。お前も我がコレクションの一員にしてやろう」


 ブラドニスの右腕が、どす黒く変質していく。

 腕から噴き出した凝固した血液が、見るも禍々しい呪具の剣へと姿を変えた。


 奴が他人を支配する方法――それは標的に深い傷を負わせ、そこから己の血を流し込むことだ。


「姉妹揃って、我が奴隷だ。いや……もう姉の方は飽きたな。お前を支配した後、その手でこの女を肉塊に変えさせてやろう」


「き、きさま……!」


「ふふふ……ははははは! いいぞ! その顔だ!」


 ブラドニスの下劣な笑い声が耳障りに響く。


 精神支配というものは対象を悲しみや絶望、そういった負の感情に墜とすことで完全に支配できる。

 そのための儀式をさせるつもりか……反吐が出る。


 だが俺が動こうにも、左腕の拘束で全く動かん。

 それどこから、もがいても身体が痺れて力が入らない。

 

 おそらく地面の下の血に、神経を麻痺させる魔法が組み込まれているようだ。


 その時、ブラドニスが愉悦に歪んだ顔で剣を振り上げた。


「さあ、我が器となれることを喜ぶがいい!」


 ――ドシュッ。


 肉を貫く、嫌な音が静寂を切り裂く。

 

 だが……


 その刃を受け止めたのは、アイリスではなかった。

 

 アイリスの前に盾となって立ちはだかったのは、誰あろう、エステラだった。

 

 ブラドニスの剣が、エステラの胸を深々と貫通している。


「なに……なんだ、貴様!? なぜ私の命令を無視して動く!?」


 予期せぬ事態に、ブラドニスが慌てて後方へ飛び退いた。

 エステラが、糸の切れた人形のようにゆっくりと膝をつく。


「お……お姉さま!? エステラお姉さま!?」


 倒れ込む姉を、アイリスが必死に抱きとめた。

 

「お姉さま! お姉さま!」


 叫び、揺さぶるが、エステラからの返答はない。

 エステラは最後の最後で、主人の呪縛を振り切り、命を賭して妹を守り抜いたのだ。

 

「なんだ……? ガラクタのくせに邪魔をしおって! 姉妹ともども、今ここで塵にしてくれる!」


 憤慨したブラドニスが、再び血の剣を顕現させ、跳躍する。


 だが、その意識は確実に乱れていた。

 配下の人形に裏切られた動揺が、俺を縛る魔力を一瞬だけ弱めたのだ。


「右手は……動く様だな」


 俺は右手で腰の剣を抜き放つ。

 左腕を掴んで離さない、粘つくような『ブラドニスの血』。

 これさえなければ、俺は自由だ。

 

「こいつが……邪魔だな」


 ――ザシュ。


 躊躇などない。

 俺は迷わず、拘束された左腕ごと、ブラドニスの血を断ち切った。


 激痛が脳を焼くが、それが逆に冷徹さを研ぎ澄ませる。

 

 俺は鮮血を撒き散らしながら、アイリスの元へと地を駆けた。


「なにぃ!? 貴様、いつの間に!?」


 俺の脱出を予想だにしていなかったブラドニスが、目を見開く。


「ふん、何百年生きていようが、考え方が甘すぎだ!」

 

 ――グシャッ!!

 

 交差する一瞬。

 俺の剣が、ブラドニスの胴を深々と切り裂いた。


「ぐっ……おのれぇ……!」


 ブラドニスが苦悶の表情で距離を取る。

 俺はアイリスの前に着地し、低く告げた。


「大丈夫か、アイリス。貴様の殺したい相手は、まだ目の前にいるぞ。気をしっかり持て」


「レ、レヴォスくん……その腕……」


 俺の左腕からは、滝のように血が流れ落ち、地面を赤く染めている。


「くっ! この私に傷を負わせるだと……?! いったい何の魔法だ、これは! だが貴様、自分から弱点を作るとは愚かな! その身体、今すぐ私が乗っ取ってくれる!」


 重傷を負ったブラドニスが、実体を捨てて赤い霧へと姿を変えた。

 その霧が俺の全身を包み込み、傷口から血管の中へと、強引に侵入してくる。


「ぐ……くっ……! 体が……重い……!」


 意識が混濁し、身体の制御権が奪われていく。

 俺の喉が、俺の意思とは無関係に、ブラドニスの声で震えた。


『くく、はっはっは! いいぞ! この身体、実に馴染む! これならば、あの魔王にすら勝てる!』


「……勝手に喋るな。誰が喋っていいと言った」


『まだ減らず口を叩ける余裕があるか! だが、この身体はすぐに私のものだ!』


 俺の無くなった左腕が、『ヴァンパイア・ロード』の再生力で急速に形作られていく。


「あぁ……そんな、そんな……レヴォスくんまで……!」


 驚愕したアイリスの目に涙が浮かぶ。


 ……だが、俺の右腕はまだ動くようだ。


「泣くな、アイリス。……まだ終わっていないぞ」


 俺は右手で握りしめた剣を、逆手に持ち替えた。

 

 グシュッ!


 嫌な音が、俺の胸の中央に響く。


『き、きさま何を!? こ、これはあぁあぁ!? 先ほどの攻撃、この剣の効果だったのか!?』


 慌てふためくブラドニス。

 今さら分かっても遅い。


 俺は持っていた聖剣クラウトソラスを、自らの胸に突き立てた。

 

 アンデッドに対して絶対的な滅びをもたらす特攻武具、聖剣クラウトソラス。

 それを、アンデッドそのものであるブラドニスが潜む俺の肉体に叩き込んだのだ。

 

 全身を炎で焼かれるような激痛が走る。


 聖剣の効果がアンデッドたる、『ヴァンパイア・ロード』の血を消滅させようとしている。

 だが、脅威的な再生力をほこる『ヴァンパイア・ロード』の血が、ヴァンパイアの血を消滅させたそばから細胞を復活させようとする。


 終わりのない破壊と再生の無限連鎖。


『ぎええああああああ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い!!! なんだこれは!!!! やめろ! 今すぐ剣を抜けええええ!!!』


 俺の左手はすでに再生し、ブラドニスの逃げ道がない。

 その上に、聖剣の効果がヴァンパイア・ロードの力を拘束しているようだ。


 そしてこの痛みは、共有された神経を通じて、俺にも等しく……いや、それ以上の激痛となって跳ね返ってくる。


 耳の穴に熱した針を突っ込まれるような痛み。

 全身の皮膚を剥がされるような痛み。

 尿道に有刺鉄線をねじ込まれるような痛み。

 関節を逆方向にへし折られるような痛み。

 生身の肌をヤスリで削り落とされるような痛み。

 眼球に針を突き立てられるような痛み。

 喉の奥をカミソリで搔き回されるような痛み。

 傷口に煮えたぎる油を注がれるような痛み。


 あらゆる激痛が同時に、全身を駆け巡る。


 だが、俺は愉悦に自然と笑みがこぼれた。

 

 いいぞ……この痛み。

 ブラドニス、貴様にはこれがお似合いだ。

 今まで他人の命を弄んできた代償を、その魂に刻みつけてやる。

 

 簡単には……殺さん!

 

「さあ……貴様と俺、どちらが先に音を上げるか……根競べと行こうじゃないか……!」


 

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