第51話 守るべき者
「――俺は恋人ではない。勘違いするな」
先ほど、エルマの兄エルレインの逆上を鎮めるため、エルマが策として放った『恋人宣言』。
それは狙い通り、過保護でありシスコンの兄の脳をショートさせ、気絶させることに成功した。
だが、このまま誤解を放置すれば、後々面倒な事になるのは火を見るより明らかだ。
今のうちに、その芽は摘んでおかねばならん。
「な、なんだ……俺の聞き間違いだったのか。あは、あははは! だよなぁ! エルマに恋人なんて、まだ早すぎるもんな!」
俺の言葉を聞いた途端、エルレインは憑き物が落ちたような顔で、安堵したように胸を撫でおろした。
だがその直後、なぜか仰天しながら横転し窓をぶち破っていったエルマ。
……エルマは何をしているんだ? あれも策のひとつか? まあいい。今はそれどころではない。
「……ふぅ。しかしあんたたち、とんでもなく強いんだな」
立ち上がったエルレインが、皆の実力を認めるように告げた。
一人で圧倒していた奴が何を言ってるのか。
「……お前こそ、なぜそれほど強い? 平民でありながら、その強さはなかなか居ないぞ」
俺の問いに、エルレインは「うーん」と首を捻り、どこか他人事のように答えた。
「なぜ強いって言われてもなぁ……この村の周り、やたらとモンスターが出るんだ。それを毎日必死に追い払ってたら、いつの間にかこうなってた……って感じかな」
やはり、そうか……俺の懸念は的中したようだ。
この『最初の村』は、原作ゲームにおいても序盤の拠点に過ぎず、魔物が現れるはずのない平穏な場所だ。
そこに異常な頻度で敵が沸いている。
「最初は弱いモンスターばっかりだったんだ。でも、少しずつ巨大な魔物が出るようになってね。俺も負けてられないから、必死に食らいついていったんだよ」
……弱小モンスターの出現から始まり、徐々に強いモンスターへ。
いきなり強いモンスターが出ずに、弱いモンスターから出てくるなんて、そんなにうまい話しなんてあるものだろうか。
まるで誰かが、エルレインを効率よく成長させるために組んだかのような不自然な出現。
だが、このエルレインが最初の村に縛り付けられている理由も合点がいく。
妹のエルマは戦力として期待できないので学園に入っても問題が無かったのだろう。
しかし、エルレインは最初の村を守るために、この村から一生出れない。
……くくく、いいじゃないか。俺にとっては好都合だ。
「しかし、よくそんなにモンスターが出るものなのだな」
「そうなんだよ! しかもあいつら、倒しても倒しても、数日後にはまた同じ姿で現れるんだ。あいつら倒しても復活するんだよ」
「……何だと? 倒しても復活する、というのか?」
復活するモンスター。おそらく、アンデッド。
かつて生命体であったものが、すでに生命が失われているにもかかわらず活動する生物たち。
正確には、倒した後に再び復活する。
浄化しない限り、身体を粉砕するまで何度でも蘇る。
だが……なぜアンデッドのモンスターが出るんだ?
アンデッドが大量に沸いているようだが、一斉に村を襲うことも無く、定期的に襲い引いているように見える。
まるで、意識的に。それこそ操られているように。
死霊術師でもいるのか?
裏で糸を引く黒幕がいる。だが、その目的は何だ?
「ちなみに……今までどのくらい倒してきたんだ? この村には、お前のような手練れが他にもいるのか」
「今まで? う~ん……数は分からないけど、1年以上倒してるな。村の若いのって俺たち兄妹しかいないし。俺だけで対処してるよ」
……1年間ずっとレベル上げをしていたのか。
道理で現時点においてフォルテたちを凌駕する実力を備えているわけだ。
「……不可解だな。それほどの事態なら、なぜ国に討伐隊を要請しないのだ」
「頼んだよ! 何度も、何度もな! だが、あいつら『調査する』と言ったきり、一度も来やしねぇ! だから俺は……貴族なんて大嫌いなんだ!」
エルレインが激昂し、拳を強く握りしめた。怒りでその肩が震えている。
要請が握り潰されている?
あるいは、この村一帯が意図的に隔離されているのか?
「復活する魔物って事は……それはアンデッドの類かな?」
不意に、隣にいたアイリスが口を開いた。
アイリスの瞳には、かつて見たことのない鋭い光が宿っている。
「アンデッド? よく分かんないけど、モンスターが出る前に、変な旅人がそんなことを言ってたな。『アンデッドが出るから、村を守りたければ倒し続けろ』って。そしたら本当に現れたんだ。お陰でずっと戦い詰めで、礼を言う暇もなかったよ」
「……旅人だと?」
預言者……? いや、やはり死霊術師か?
だが、死霊術師がわざわざそんな親切な宣告をしてくるものか?
他に考えられる線としてヴァンパイアやデーモンなどいるが……そんな高等モンスターが人間に宣告するとは考えにくい。
「……ねえ、エルレインくん。その旅人は、銀髪で黒いマントを羽織り――顔を、金色の仮面で隠していなかったかな?」
ほがらかに、いつもの雰囲気をまとったアイリスが問いかける。
「あっ! そうそう、まさにそんな感じだ! 夜中にいきなり現れて驚いたけど、村の危機を教えてくれた親切な人だったよ。北の山の方に住んでるって言ってたけど、あれ以来会ってないんだ。お礼に野菜でも持って行こうかと思ってたんだけどさ!」
エルレインが、屈託のない笑顔で答える。
だが、その直後だった。
――ドンッ!!!
鼓膜を揺らす轟音と共に、重厚な木製のテーブルが……アイリスの手によって叩きつけられた。
ひび割れた机の上で、ティーカップが音を立てて砕け散る。
「そうか……こんなところに居たのか……」
アイリスの顔には、どす黒い憎悪と苦悶がその美貌を歪めていた。
皆が、その豹変ぶりに恐怖して身を固くしている。
だが、俺だけはこのアイリスの表情を知っている。
原作『エル戦』において、アイリスが宿敵と相対する瞬間の、あの鬼気迫る姿を。
その宿敵は吸血鬼の王。
ヴァンパイア・ロードである、ブラドニス。
だが、なぜこんな辺境に、それこそ頂点に立つ怪物がいるのだろうか?
……いや、待てよ。
ヴァンパイア・ロードのブラドニスは、定期的に自らの身体を移すための器を探している。
自分を新たなる身体に移して、それこそ何百年と生きるモンスターだ。
まさか、エルレインは……ブラドニスのための『器』として育てられているのか?
定期的にモンスターをけしかけ、実戦の中で限界まで成長させる。
果実が熟すのを待つ農夫のように、ブラドニスはこの村で、最高傑作の『器』を監視し、育て上げてきたというのか。
だとしたら、あまりに最悪だ。
俺がもし、このまま静観していればエルレインはモンスターを倒し続け、どこまでも強くなるだろう。
しかも強くなった時点で、ヴァンパイア・ロードがエルレインの身体を奪う。
そして、もう一つ。
だが、この時点でヴァンパイア・ロードに会わせたら一番まずい奴が隣にいる。
それがアイリス・リンクショット。
アイリスのラスボスルートになった時の、アイリスの別名。
それは……『ヴァンパイア・ロード』アイリス。
ヴァンパイア・ロードに身体を奪われたアイリスこそが、ラスボスへと覚醒する。
覚醒したアイリスが一番まずい。
こいつは、『時』を操るようになるからだ。
それにアイリスが覚醒しラスボスになった時点で、他のラスボス候補である俺やルナリアが死ぬ可能性がある。
アイリスの宿敵こそが、アイリスの家族の命を奪ったヴァンパイア・ロードのブラドニス。
だがアイリスにヴァンパイア・ロードに会わせるわけにはいかない。
アイリスはブラドニスに絶対に勝てない。
アイリスの弱点を持っているブラドニスとの戦いは、アイリスにとって負けイベントだからだ。
『主人公』エルレイン。
『ヴァンパイア・ロード』アイリス。
宿敵であり、ライバルであるこの二人を守り切らねば、俺も世界も終わる。




