第49話 丁寧なあいさつ
「フォルテ、すぐに出る。馬車の準備をしろ」
俺は自室へ戻るなり、すぐさま執事のフォルテに命じた。
一刻も早くエルマの故郷へ向かい、『あの男』の存在を確かめなければならない。
急かされるように、俺の足取りは自然と速くなっていた。
「レヴォス様、お帰りなさいませ。承知いたしました……が、お客様がいらっしゃっております」
「客だと? こんな時に誰だ」
客間へ向かうと、そこには場に不釣り合いなほど優雅な所作で紅茶を啜る女がいた。
アイリス・リンクショット。
『魔法省』を司る公爵家の令嬢だ。
アイリスは俺の姿を見るやいなや、パッと花が咲いたような明るい表情を浮かべ、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「やあ! レヴォスくん! 待っていたよ!」
「お前の相手をしている暇はない。失せろ」
「ひぃんっ!」
俺の言葉でベシャっと崩れ落ちて床に突っ伏したアイリスを無視し、周囲を見渡す。
ルナリアを探したがここにはいない。
だがどうせ、ルナリアは常に『偽装の仮面』を常用している。
たとえアイリスと接触したところで、正体が露見する恐れはないだろう。
「俺は出かけるのでな。……ルナリア! いるか! 準備をし、同行しろ!」
「は、はい! ただちにぃ!」
奥から、慌てふためいた返事が返ってきた。どうやら自室にいたらしい。
そして、俺はすぐに用意させた馬車へと飛び乗った。
目的地は、主人公エルマの故郷――名もなき辺境の村。
そこで待っているはずの、もう一人の『主人公』。
後に、俺やルナリアの命を奪うことになる男に会うために。
――――――
街道を突き進む馬車がガタガタと激しく車輪を鳴らし、車内を不規則に揺らす。
「ふふん、キミが賢者クロエだね? キミのような才女がいなくなったのは、『魔法省』にとっても大きな痛手だよ」
「え……あ、はぁ……」
馬車には、御者としてフォルテ。
馬車の中には俺とエルマ、そしてなぜか強引に乗り込んできたアイリスと、隅で居心地が悪そうに座るクロエの姿があった。
そして、『魔法省』を解雇されたクロエを興味深そうに見ていたアイリスが放った一言に、クロエは答えられずにいた。
「しかし、なぜクロエも着いてきた。いきなり馬車に飛び込んできおって」
アイリスの前に、借りてきた猫のようになっているクロエにそう声を掛けた。
すると、それまで小さくなっていたクロエが、爆発したように俺へ掴みかからん勢いで叫んだ。
「……なぜって!? そりゃレヴォス様が全然、私のお相手をしてくれないからですよ!!」
突然の大声に、馬車がびりびりと震える。
「いいですか、レヴォス様! 今、第49話なんですよ。私とレヴォス様が最後にお話ししたのは、いつか覚えていますか? 第33話ですよ! 第33話! いったい、どうなっているんですか!? 私にレヴォス様のことを隅々まで調べさせてくれるっておっしゃってましたよね!? 私は! 私は……寂しかったんですからぁ!」
クロエは涙を溜めた瞳で、謎めいた支離滅裂な訴えをぶつけてきた。
確かにクロエには、俺の『8つの魔法』の研究を独占的にさせてやるという約束をしていた。
さすがに放置しすぎだったのだろうか。
(う~ん。ここでクロエちゃんに「お前は帰れ」とはさすがに言いにくいなぁ……なんか少し泣いているし……仕方ない、連れていくかぁ)
「……わかった。クロエ、落ち着け。同行を許す、だからその涙を拭け」
俺が溜息混じりに許しを与えると、クロエは「ハァ、ハァ……」と荒い呼吸を繰り返しながら、ようやく興奮を沈めた。
だが、問題はもう一人だ。
「アイリス。貴様は何のつもりだ。このままでは俺が公爵令嬢を誘拐したと疑われかねん。今すぐ降りろ」
「おやおや、何を冷たいことを言っているんだい? あの極寒の森で、一つの寝袋に身を寄せ合って夜を明かした仲じゃないか! そんな二人が一緒にいるのは、至極当然のことだろう?」
アイリスは悪びれもせずパチンとウィンクして見せた。
寝袋の件は不可抗力だというのに、いちいち言い草が紛らわしい。
「それに、我が家のことなら心配ないさ。リンクショット家は自由奔放がモットーだからね。私の不在なんて、誰も気に留めやしないよ! あっはっは!」
高らかに笑うアイリスを見ながら、俺はふと一つの考えが浮かんだ。
……これはこれで利用価値があるかもしれん。
ラスボス候補の俺、ルナリア、そしてアイリス。
俺ほどまで強いというエルマの兄に、ルナリアとアイリスはどこまで対抗できるのだろうか。
それにエルマの兄は貴族嫌いだという。
公爵家、貴族中の貴族のアイリスをけしかけるにはうってつけだろう。
おそらく、相応のデータが取れるはずだ。
「あのぉ、レヴォス様……私のお兄ちゃんなんですけど、本当にただの田舎者でして……目上の方への挨拶の仕方も全く知らないんです。もし失礼なことがあっても、どうかお許しください……!」
エルマが申し訳なさそうに、何度も何度もペコペコと頭を下げている。
「構わん。貴族の礼法など期待してはいない。それよりも、貴様の兄が俺に匹敵するほど強いというのは、事実なのだろうな?」
「え、あ、はい……村の周りにはモンスターがよく出るんですけど、いつもお兄ちゃんが一人で追い払ってて。いつの間にか信じられないくらい逞しくなっちゃって、最近じゃドラゴンまで倒したって噂で……」
……ドラゴンを討伐しただと? それはゲーム後半に登場する中ボスクラスの強さだ。
物語が本格的に始まる前だというのに、すでにその域に達しているというのか。
しかし……おかしい。そもそも、序盤の村にそんな高位のモンスターが現れるはずがない。
そもそも主人公の村にモンスターが出るという情報自体が不可解だ。
『エル戦』の物語の始まりは、平和な村がモンスターに襲われて主人公以外が全滅する事で始まるのだから。
すでに頻繁にモンスターから襲われていることで、主人公がレベルを上げ始めているということか……?
疑念が渦巻く中、馬車の速度が落ちていく。
「皆様、見えてきました。あちらの村ではないでしょうか」
御者席のフォルテの声に導かれ、俺たちは馬車から外を覗き込んだ。
王都に近いとはいえ、険しい地形に阻まれた孤立した集落。
「はい! あそこです! おーい! みんなー、帰ったよー!」
エルマが窓から身を乗り出し、無邪気に手を振る。
村の入り口で馬車が停止すると、フォルテが素早く降りてドアを開いた。
エルマが弾けるような足取りで大地に降り立ち、続いて俺が外へ一歩踏み出した。
その瞬間。
――ヒュンッ!
空気を切り裂く、重く鋭い風切り音。
直後、凄まじい衝撃が俺を襲った。
ガァァンッ!!
鼓膜を叩く金属同士の激突音。
火花が散り、俺の目の前の地面に、巨大な斧が深々と突き刺さった。
反射的に抜刀して斧を弾き飛ばしたが、手首には痺れるような残衝撃が走っている。
奇襲だ。
「「「 レ、レヴォス様!? ご無事ですか!? 」」」
フォルテたちが色めき立ち、即座に武器を抜いて円陣を組む。
周囲の空気が一瞬で戦場のそれへと変貌した。
だが、地面の斧を見たエルマが、信じられないものを見るように目を見開いた。
「あれ……? この斧……お兄ちゃんの……?」
俺は剣を構えたまま、斧が飛んできた方向――村の奥へと視線を飛ばす。
「……くくく。なるほど、これほど過激な歓迎を受けるとはな。良い挨拶だ」
俺の笑みが自然とこぼれる。
込み上げる高揚感とともに、その男を睨みつけた。
土煙の向こう側、眼光鋭くこちらを射抜く人影。
そこには、俺が知る『エル戦』の男主人公であり、いずれ俺を殺す運命にある男――エルマの兄が、狂気的な威圧感を放って立っていた。




