第46話 学園・序列戦
エリザが宿敵ゼノスを討ち果たし、エリザの父の命を繋ぐ『百効薬』を手に入れた。
復讐と救済――その幕切れを見届けた俺は、エリザたちを馬車でグレン領の屋敷へと送り届けた。
「レヴォス様。なんとお礼を申し上げたらいいのか……言葉だけでは足りませんが、心より感謝申し上げます。何もない、むさ苦しい屋敷ではございますが、せめてお茶の一杯でも寄っていっていただきたかったですわ」
馬車の前で、エリザが名残惜しそうに俺の袖を掴もうとして、躊躇うように手を引いた。
その瞳には、傲慢な令嬢の面影はなく、ただ一人の少女としての純粋な敬意と、熱を帯びた思慕が混じり合っている。
「よい。俺が子爵家に肩入れしたことは、表向き伏せておきたい。目立つのは本意ではないからな。……必要があれば、こちらから呼ぶ。それとお前たちが望むのであれば、我がグリンベル領にいつ来ても構わん」
俺が淡々と告げると、エリザの表情が弾けるように輝いた。
「それは……グリンベル領に住んでも良い、ということでしょうか!?」
「……構わんが、お前は貴族の令嬢だろう? 領地を放り出してどうする」
「だ、大丈夫でございます! それが……それこそが、わたくしの務めですので!」
「わたくしたちの!」
「務めでございます!」
エリザの後ろで、リンとレンが鼻息荒く身を乗り出してきた。
三人の放つ、まるで獲物を追い詰める猟犬のような執着心のようなものを感じる。
そんなにグリンベルが気に入ったのだろうか?
「……お前たちは、まず自分の生活を優先せよ」
ただならぬ視線を送ってくるエリザにリンとレンを残し、馬車へと乗り込んだ。
窓の外では、エリザたちが「必ず伺いますわ!」と、ちぎれんばかりに手を振っている。
俺はそれに片手を上げて別れの挨拶を済ますと、学園へと帰還した。
何せ……俺はこの数日間、正当な理由もなく学園を欠席しているのだ。
――――――
「「「「 レヴォス様、お帰りなさいませ! 」」」」
寮の自室に戻るなり、待機していた面々が一斉に頭を下げた。
執事のフォルテ、賢者クロエ、軍師ヒロン。
そして、俺の妹であり修行中のルナリア。
「ああ。俺が居ない間、何か変わりは無かったか?」
俺はソファに深く腰掛け、フォルテが差し出した紅茶で喉を潤す。
「この部屋にはお変わりはございません。仰せの通り、ルナリア様とエルマ様への指導も滞りなく。……ただ、レヴォス様が登校されていないという噂が、学園内で広まっているとエルマ様が申しておりました」
「ふん、騒がしい連中だ。明日から復帰する。問題なかろう」
たかが数日の欠席だ。
貴族には家の政情や不慮の事態が付き物。
他人が口を差し挟む領域ではないはずだが。
もしや、何かあったのだろうか?
「あぁ! レヴォス様! お帰りになってたんですね!」
そこへ、騒々しい声と共にエルマが飛び込んできた。
小脇に教科書を抱え、頬を紅潮させている。
学園からの帰りのようだ。
「エルマ、ちょうどいい。俺の留守中、学園で何があった?」
「あっ! そうなんですよ、レヴォス様! 今ちょうど、学園内で『序列戦』が始まりました! 入学の際の試験と、この間の実技課題で序列が既に決まってまして!」
『序列戦』。
帝国中央学園の根幹を成す、実力至上主義の具現。
生徒同士が決闘を行い、その勝敗でランキングが入れ替わるシステムだ。
しかし、序列戦はもう始まっていたのか。
入学早々に序列戦が始まるとなると、学生生活がなかなかに忙しそうだ。
何せ、序列戦に申し込まれると断れないのだから。
「しかもですよ! なんと……なんとですよ! レヴォス様が……序列1位に選ばれたんです!」
「そうか」
「え……なんか反応うすくないです……? もっとこう『うひゃー!』とか『どひゃー!』とか、あってもよくないですかぁ……?」
「何を言っている。当然だろうが。俺が1位以外に、誰が相応しいというのだ?」
謙遜などしても意味はない。
そもそも筆記試験で満点。
実技でも、水妖から教師や生徒を救ったのだ。
これで首位でなければ、学園の査定能力を疑う。
「た……たしかに! レヴォス様以外に1位なんてあり得ないですよね! 強いし頭もいいし顔もいいし金持ちだし私の好きぴだし……じゃなくて、とにかく完璧ですもんね! ……あ、それよりも、聞いてくださいよ! 私、序列戦で何位だと思いますか!?」
期待に目を輝かせ、エルマがぐいぐいと顔を近づけてくる。
この質問形式、前世で最も嫌いだった「私、何歳に見える?」と同レベルの鬱陶しさだ。
「エルマ。お前は……4位か?」
「え、なんで分かったんですか……!? 分かってたんならもうちょっと、溜めてもよくないですか? 驚いて『うひゃー! エルマすごい!』とか『どひゃー! エルマかわいい!』とか……」
……図々しいな、こいつ。
「水妖の件で、最後まで立ち向かった連中が実技点を稼いだのだろう。2位はアイリス、3位はキリノ……といったところか」
「えええ……!? なんでそこまで当たるんですか!? いやまぁ、その通りですけど……」
『魔法省』のアイリス、『商業団』のキリノ。
4大公爵家の血を引く者たちが上位を占めるのは、原作通りの力関係だな。
だが、序列1位の座に居座り続けるのは、想像以上に厄介だ。
序列戦は申し込まれたら最後、拒否権は実質的にない。
俺という巨大な標的に対して、功名心に駆られた雑魚どもが次々と群がってくる光景が容易に想像できる。
まあ……俺に『序列戦』を申し込んでくる馬鹿がいるとすれば、の話だが。
「それでですねぇ、レヴォス様。これ……これを受け取ってほしいんです!」
エルマがおずおずと差し出してきたのは、一通の便箋だった。
しかも、あろうことか赤色のハートマークで封印されている。
……何だ?
この便箋、何か嫌な予感がする。
受け取ってはまずいような、おぞましい気配を感じる。
「いらん。捨てろ」
「うわあああん! 寝る間も惜しんで、頑張って書いたのに! こうなればぁ!」
エルマは絶叫しながら、自らその便箋を引き裂き、中の紙を掴み出した。
「レヴォス様ぁ! これ、私の気持ちです! 受け取ってくださぁい!」
エルマは強引に俺の手を取り、手のひらにパァーン!と勢いよく、その便箋の中身を叩きつけた。
「これは……? エルマ。お前、正気か?」
「はい! えへへ!」
俺の手の中にあるのは、エルマからの――『序列戦』の決闘申し込み書。
「10日後なので、お願いしますね! 楽しみです! 絶対に逃げないでくださいよ!」
エルマはいつものように、屈託のない笑みを浮かべて見せた。
――だが。
その微笑みの裏側、瞳の奥底に淀む、凍てつくような冷徹な光を俺は見逃さなかった。
それは、獲物を逃がさない捕食者の眼。
深淵の先で、俺という存在を必ず屠り、超えてみせるという……狂気にも似た殺意。
くくく……面白い。面白いなぁ、エルマ……!
俺は奥歯を噛み締め、反射的に決闘書を握りつぶした。
この最弱の主人公が、何を企んでいるのか。
苛立ちと、得体の知れない高揚感が、俺の胸の中で激しく火花を散らした。




