第43話 トッカンの修行
「妻? 今、貴様ら『妻』と言ったのか?」
俺は耳を疑ったが目の前にいるエリザ、そして双子のリンとレンの目は至って真剣そのものだ。
冗談を言っているようには見えない。
「ええ。紅蓮流は、自分が強き者と認めたものと夫婦になる事が認められているのでございますわ!」
「これぞ!」
「紅蓮流!」
エリザが胸を張り、リンとレンが交互に、さも当然だと言わんばかりの調子で追従する。
……呆れて物も言えん。
「エリザ、お前は貴族だろう? そんな一方的な理屈で物事を決めてみろ。後でどれほどの大問題になるか、その頭で考えたことはないのか?」
「大丈夫でございますわ。グレン家、そして紅蓮流は自由を是としておりますので!」
エリザは屈託のない笑みを浮かべて言い放つ。
さすがに自由すぎだろ。
だが、俺は公爵家。グレン家は子爵だったはず。
まあ、エリザは俺のことを、ただの平民だと思い込んでいるのだろうが。
だが、今はそんな婚姻の是非などどうでもいい。
今はエリザの修行を優先させ、確実にゼノスを叩き潰す算段を立てるのが先決だ。
「くだらん事を言うな。それよりも、お前が言っているゼノスとやらの対決はいつなのだ?」
「く、くだらないですって!? ……っ、ゼノスとの対決は、3日後ですわ」
3日後か。
……今日を含めて、猶予は実質3日しかない。
かなりの突貫修行になるが、やるしかないだろう。
「ゼノスに勝ちたければ、その短い期間で三つの課題をこなしてもらう。一つ目は、俺が直々に授ける奥義をモノにすること。そして二つ目は……ついてこい」
「ど、どこに行くんですの?」
「どこに!」
「つれてくつもり!」
俺はエリザ、そしてリンとレンを連れてグリンベルへと舞い戻った。
「あら、こんなところに街が……?」
「ここがグリンベル領だ。お前ら三人には、ここで修行してもらう」
「グリンベル……毒の沼地と聞いていましたのに。あれは嘘だったのかしら……?」
呆然と立ち尽くすエリザ。
どうやら、以前のグリンベルが毒の沼地だったという事を知っていたようだ。
すると、リンとレンが俺の袖を引っ張ってきた。
「我らも」
「修行?」
「当然だ。貴様ら二人の立ち回り次第で、エリザの勝敗が決まると言っても過言ではない。その双肩に、主人の命が懸かっていると思え」
「なんと!?」
「かんと!?」
責任の重さを突きつけられ、リンとレンが固まる。
そこへ、司祭のポエテが、穏やかな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「レヴォスさま。お帰りなさいませ。そちらの方々はお客様でしょうか。ようこそ、グリンベルへ」
「ん? ……レヴォス様、ですの? 貴方、こんなお若いのに、村長か何かをなさっているのかしら?」
エリザの問いかけに、ポエテが驚いたように目を丸くした。
「あら、レヴォス様のご身分をご存知ないのですか? このお方は、四大公爵家の一つ、ムーングレイ家の嫡男であらせられるレヴォス・ムーングレイ様です。このグリンベルの地を再興された、我らが主ですよ」
「……えっ? ……こ、公爵家……?」
エリザが絶句する。
貴族には厳格な階級がある。
王家を頂点とし、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。
この帝国の序列において、俺は最高位の公爵家の跡取り。
対して、エリザのグレン家は、下から二番目の子爵だ。
よって、エリザが驚くのも無理はない。
公爵家は王族に準ずる存在であり、子爵令嬢が気安く口を利ける相手ではないからだ。
「こ、これは大変な失礼を致しましたっ!!」
「失礼を!」
「いたしました!」
エリザたちは顔を真っ青にして、その場に膝をついた。
当然の反応だ。
公爵に対する無礼は、単なるマナー違反では済まない。
国家の秩序に対する反逆とみなされ、家ごと取り潰されても文句は言えないのだ。
だが、俺は怯えるエリザの肩にポンと手を置いた。
「エリザよ、顔を上げろ。冗談だ。公爵家が一人で、山の中をウロウロと歩いているわけ無いだろう?」
俺の言葉に、エリザがポカンとした表情で顔を上げた。
信じられないものを見るような目で、俺を見上げている。
「は、はは……そ、そうですわよね……! わたくしとしたことが、あまりに突拍子もない冗談でしたので、つい真に受けてしまいましたわ! おーほっほっほ! 愉快な冗談ですこと!」
「なんと!」
「騙された!」
先ほどまでの死人のような青白い顔が嘘のように、エリザが高笑いを始める。
リンとレンも、心底安心したように胸を撫で下ろしていた。
「あ! レヴォスさまー! おかえりなさいませー!」
そこへ泥だらけの服を着た元聖女のセレスが笑顔で駆け寄ってきた。
農作業の帰りだろうか、その表情は明るい。
「セレスよ。今日も精が出るな。……時にセレスよ、お前は俺の爵位を知っているか?」
「え……? もちろんです。レヴォス様は、公爵家のレヴォス・ムーングレイ様ではありませんか!」
「ひいいぃぃ!! やっぱり本物の公爵様ではありませんかあああ!!!」
「どひぃ!」
「うひぃ!」
エリザたちは衝撃のあまり、その場に無様に尻餅をついた。
腰が抜けたのか、立ち上がることすらできずにガタガタと震えている。
……ふむ、少しからかいすぎたか。
「ポエテ、セレス。貴様たちの時間を少し借りたい。この女はエリザ・グレン。こいつに神の加護……信仰による神聖魔法の『触り』を叩き込んでやってくれ。明日一日で、実戦で使えるレベルまでだ」
「信仰をですか……? 承知いたしました。レヴォス様のご命とあらば」
エリザが戦うゼノス。
奴は自らの肉体を妖怪化させている。
本質的には死霊術に近い歪な力だ。
ならば、浄化の力を持つ神聖魔法こそが最大の特攻でもある。
エリザに課す三つの修行。
一つ目は、紅蓮流の奥義の習得。
二つ目は、ゼノスの弱点である神聖魔法の習得。
そして、最後の三つ目は……
「エリザ。そしてリンとレン、こちらへ来い」
俺は地面に落ちていた枝を拾い、エリザの周囲に円を描いた。
「エリザ、貴様はこの円の中から一歩も出るな。……これが、貴様を数倍強くするための修行だ」
「これだけで、強くなれますの……?」
エリザの瞳に、明らかな不信の色が混じる。
「リン、レン。貴様たちは円の外から、エリザに向かって悪口を浴びせながら石を投げろ。エリザ、貴様はそれを円から出ずに避けろ。それが修行だ」
「えっ!?」
「そんなこと!」
リンとレンが絶句する。
敬愛する主人を辱め、あまつさえ石を投げるなどできぬと、その顔に書いてある。
だが、当のエリザが拳を握りしめ、覚悟を決めたように顔を上げた。
「リン、レン。構いませんわ。わたくしが強くなるために、協力してくれまして?」
「……エリザさまの!」
「ためならば!」
こうして、グリンベルの一角でエリザの壮絶な特訓が始まった。
「ざぁこざぁこ! こんなのもできないの~? さっきまでの余裕はどこにいっちゃったのかなぁ〜?」
「あはっ! もう息切れてるよ~? 体力なさすぎじゃな〜い? よわよわ貧弱貴族~!」
リンとレンが悪口を言いながら、ひゅんひゅんとエリザに石を投げる。
エリザはただ、屈辱に顔を歪めながら、飛来する石を紙一重でかわし続けていた。
これこそがエリザに最も必要な修行。
すぐに感情に呑まれ、冷静さを欠くエリザの精神を、極限状態で制御させるための荒療治だ。
だが罵倒を浴び続け、怒りを無理やり押し殺しているエリザは、もはや怒りを通り越して涙目になっている。
「くすくす! えっ、本気でやってそれぇ? ウケるんだけど~! エリザ様って、本当は無能なんじゃな~い?」
「ほらほら、もっと必死な顔見せてよ~! 泣きそうな顔して、みっともな〜い! よっぽど悔しいんだねぇ?」
……心なしか、リンとレンがノリノリになってきている気がするが。
すると、突然エリザの動きがピタリと止まった。
あまりの不気味な静寂に、リンとレンの手からも石がこぼれ落ちる。
そして、地を這うような冷徹な声が、グリンベルに響き渡った。
「……リン? レン? ……ぶっ殺してやりますわああああ!!!」
「ひええええ!!! ちょ、ちょっと……そんなの聞いてない……っ!」
「ご、ごめんなさいぃ!!! 待って、今のなし! なしだってばぁ……!」
怒り狂って円から飛び出したエリザが、リンとレンを追い回し始めた。
……やれやれ。
エリザには時間が無いと言うのに。




