第4話 魔法鑑定
14歳。
この年齢は、エルヴァンディア帝国の貴族にとって、その後の人生を決定づける残酷な分岐点となる。
帝国貴族は14歳を迎えると、例外なく『魔法鑑定』を受けねばならない。
そこで示される属性と等級こそが、貴族社会における最初の序列となるからだ 。
本来のシナリオ通りなら、俺、レヴォス・ムーングレイはこの鑑定で『初期魔法しか使えない無能』という烙印を押されるはずだった 。
だが、それは仕組まれた罠だ。
全エンディングを網羅した俺は知っている 。
レヴォスには天賦の魔才があることを。
しかし、幼少期に『魔力制限』の呪いを密かに掛けられていたのだ 。
犯人は、ムーングレイ家と並ぶ四代公爵家の一つ、シークランス家 。
王家の跡目を狙う連中にとって、将来有望な俺の才能を潰しておくのは合理的ですらあった。
『魔力制限』は初期的な呪いゆえに自覚症状はなく、レヴォスも「自分は魔法の才能が無かったのだ」と思い込まされる 。
だが……俺には通用しない。
「フォルテ、魔法鑑定の日程はいつだ?」
「ちょうど10日後でございます。例年通り、王都の教会にて執り行われる手はずとなっております」
「そうか……」
(このまま魔法鑑定を受けてもいいけど……どうせなら俺に呪いを掛けたシークランス家を驚かせるのも面白いかも? ちょっと試してみるか)
「フォルテ、馬車を出せ。帝都へ向かう」
「はっ、直ちに」
こうして、俺はフォルテを伴い帝都へと向かった。
公爵家として目立つわけにはいかない。
俺たちはボロ布に近いローブを羽織り、フードを深く被って裏路地へと足を踏み入れた 。
記憶を頼りに、腐った生ゴミと鉄錆の臭いが漂う路地裏を進む 。
やがて、その場所は見つかった。
建物の影に隠れるように佇む、今にも壊れそうな古びた扉。
「フォルテはここで待て」
「かしこまりました」
扉を五回。一定のリズムでノックし、合言葉を紡ぐ。
「月より現れたるは、古の魔女なり」
ガチャン、と重苦しい金属音が響き、鍵が開いた。
(おお、開いたな。ゲーム的には、かなり後半に訪れる場所だから、いきなりは無理かと思ったけど大丈夫だったようだ)
扉の先は、怪しげな薬瓶や呪物で埋め尽くされた空間だ。
ここは『バルザの魔道具店』。
店内に陳列された品には目もくれず、俺はカウンターに座る老婆――魔女バルザへと歩み寄った 。
「指輪の魔道具を買いに来た」
「ひひひ、これはこれは。随分と可愛らしいお客人だねえ。どこでここを嗅ぎつけたんだい?」
「どうでもいい。売るのか、売らないのか。さっさと決めろ」
俺は傲慢な態度を崩さず、金貨10枚が詰まった小袋をカウンターに叩きつけた 。
「ひひひ、確かにどうでもいいさね」
バルザは下卑た笑みを浮かべ、カウンターの下から古びた木箱を取り出す。
中には無数の指輪が入っている。
これらは全て使い捨てだが、魔法やスキルの才能がなくとも発動できる魔道具だ 。
難点は、購入するまで中身が分からないというギャンブル要素にある。
しかも金貨10枚という価格は、平民の年収にも匹敵する暴利だ 。
俺は直感に従い、一つを手に取った。
「その指輪は……【掃除】のスキルだね。ひひひ」
う、いきなりのゴミだ。
不必要なゴミを取り払う効果があるけど正直、金貨10枚払うなら自分で掃除した方がいい。
俺は眉一つ動かさず、さらに金貨を積み上げて、さらにもう一つ指輪を取った。
「その指輪は……【コスト消費無し】のスキルだね」
これもまた、微妙だ。
魔法を使う際の魔力等、何かを消費するものに対して無しにできる。
ただし、一回限りなので、これも金貨10枚としては微妙だ。
さらに金貨を10枚ほどバルザに渡して、指輪を一つ取った。
「その指輪は……【解呪】の魔法だね」
来た! 俺の狙っていた指輪だ。
【解呪】は『自分に掛かった弱体効果』を強制解除ができる。
俺は即座に指輪をはめた。
「【解呪】!」
刹那、身体を縛り付けていた透明な鎖が砕け散るような感覚が走った 。
これで俺の魔法制限の呪いは解けた。
役割を終えた指輪は、脆くも崩れ去り、塵となって消えた 。
「邪魔したな」
「ひひひ、毎度あり」
店を出ようとして、俺は足を止めた。
(バルザも主人公の仲間キャラだけど……もしかして、すぐに会う可能性もあるな)
「おい、これは手間賃だ」
親指で金貨を弾くと、バルザがそれを鮮やかにキャッチした。
「ひひひ、これは随分と気前がいいねぇ」
「ああ、また会おう」
外ではフォルテが微動だにせず待機していた。
「フォルテ、帰るぞ」
「はっ」
(これで準備は整った。さて、魔法鑑定が楽しみになってきたな)
――――――――
10日後。
俺は王都の教会にフォルテとともに来た。
「レヴォス様。本日は朝から何も召し上がっておりませんが、大丈夫でしょうか?」
「案ずるな、ここには極上のデザートが用意されているから無用だ」
「デザート……? 教会に、でございますか?」
困惑するフォルテを尻目に、俺はふふっと笑い教会に入った。
そこには魔法省から派遣された鑑定官たちが並び、物々しい雰囲気を醸し出している。
そして、鑑定を受けるのはどうやら俺一人なようだ。
そもそも、ここに入れるのは高位の爵位を持っていないと入れないので、それもそうだ。
だが、俺の視線が捉えたのは、異質な存在感を放つ中年の男だった 。
ベマスタ・シークランス。
俺に呪いを掛けた張本人であり、シークランス公爵家の現当主だ。
蛇を思わせる冷酷な顔立ちに、卑屈な嘲笑を貼り付けたその男は、わざわざ俺の『破滅』を特等席で見物しに来たらしい 。
卑屈な笑みを隠そうとしているが、少しばかり漏れている。
「これはこれは、ムーングレイ家の小倅ではないか!」
わざとらしい大声が聖堂に響く。
「……シークランス公爵。貴様も14歳の魔法鑑定をやり直しに来たのか?」
「くく、面白い冗談だな。俺はたまたま立ち寄っただけだ」
俺の皮肉にも、余裕たっぷりの笑顔のベマスタ・シークランス。
(たまたま教会に立ち寄るって、どんだけやねん。どう見ても、魔法制限が掛かっている俺をあざ笑いにきたのが見え見えだ)
本来のゲームだと、ここでレヴォスは無能と判定され、ベマスタの罵倒によって自尊心をズタズタにされるんだよな。
その噂は瞬く間に広まり、レヴォスは父親にも見放され勘当状態になり、レヴォスは閉じこもるようになる。
そこでレヴォスを勇気づけるのが、メイドのコレットなのだ。
傲慢で我儘な子どもが、コレットに心を開きかける。
だが、すぐにレヴォスに対してベマスタの暗殺者の手が忍び寄る。
レヴォスの父親にも見放されたのを見計らって、レヴォスを殺すという計画なのだ。
そうすれば、レヴォスの父親は俺が死んだ原因を捜索などはしない。
だが、レヴォスを庇って、コレットが誘拐されてしまう事になる。
次の日、レヴォスの屋敷の前に嬲られて殺されたコレットの死体が放置されているのを発見し――レヴォスは全てを呪う事になる。
……なんか、目の前にいるベマスタに吐き気がするほどの殺意が込み上げてきたな。
「そうか。ならばせいぜい、俺の鑑定を拝んでいくがいい」
「ふむ、ではそうさせてもらおう。公爵家たるもの、魔法に相応の才がなくては示しがつかんからな。ムーングレイ家であれば、さぞかし見事な結果が出るのだろう?」
結果を確信している者の、余裕に満ちた口調だ。
この魔法鑑定で分かるのは、魔法に関しては種類が6つ。
火・水・風・土・光・闇。
そして、それぞれに4つの等級がある。
初級・中級・上級・特級。
基本的にはどれか一つの魔法を習得し、だいたい等級は初級か中級がほとんどだ。
「ちなみに……私の息子は、『2つの魔法』を習得し、いずれも『上級』だった。全く、才能が無くて困ったもんだ」
聞いてもいない自慢話をペラペラと喋ってやがる。
無視しようかと思ったが、この際だ、挨拶を返してやった。
「それはそれは、シークランス家は本当に才能が無いな。公爵家の恥だと自覚があるなら、一族郎党、今すぐ自害して果てろ。その汚らわしい面を見なくて済むだけで、世の中は少しばかり清らかになる」
「なッ!? き、貴様!? ガキの分際で……!」
激昂するベマスタを無視し、俺は鑑定台へと向かった。
「では、この魔法鑑定書に手を置かれよ」
鑑定官に促されるまま、古びた魔導書に手を置く。
瞬間、魔導書から目も眩むような六色の閃光が噴き出した。
「こ、これは……ッ!?」
鑑定官たちが悲鳴のような声を上げ、魔導書を覗き込む。
背後の席でニヤついていたベマスタが、苛立ちを露わにして立ち上がった。
「おい! 何をもたついている!? さっさと無能の結果を読み上げろ!」
震える手で鑑定書を抱え、うろたえている鑑定官。
「俺は構わん。早く鑑定結果を言え」
俺がそう言うと、魔導鑑定官がごくりと息を呑み、大きな声で言い放った。
「レヴォス・ムーングレイ様の魔法鑑定の結果は……全属性、『6つの魔法』! そして全階級……『特級』であります!」
静寂。
その後、心臓を鷲掴みにされたような、ベマスタの絶叫が響き渡った。
「な……馬鹿な……!? あり得ん、そんなことはあり得んのだ!」
俺はゆっくりと、ベマスタの方に向き直った。
俺とベマスタの目線が交わる。
そして、俺は右手の握りこぶしから、人差し指と中指を伸ばした。
その指をベマスタに見せつける様に俺の首元に寄せ――ピっと横に払った。
俺の冷たい笑顔とは対照的に、ベマスタの驚愕と絶望に染まった顔が、俺には最高のデザートとなった。




