第35話 キューーン!
「――よし、では今から『4人組』を作ってもらう。各自、適当に組んでくれ」
教壇に立つ騎士団副団長、兼・学園教師のボレルが、いかにも面倒くさそうに告げた。
その言葉を合図に、静まり返っていた教室内は、一気に蜂の巣をつついたような騒がしさに包まれる。
みな、誰と組むべきかを思案している。
仲が良い者。
より高貴な者に近づく者。
恋愛目当てな者。
そんな中、ふと袖口に微かな重みを感じた。
見れば、エルマが指先で俺の服をチョンチョンと引っ張っている。
「あの、あのぉ……レヴォス様。もしよろしければ、私と……その、組んでいただけないでしょうかぁ……?」
エルマは今にも泣き出しそうなほど不安そうに瞳を揺らし、指先を小さく震わせている。
(う~ん……本来であれば、このゲームの主人公であり、俺を殺す運命にあるエルマちゃんを手伝いたくはないんだけど……でも、エルマちゃんは少しでも壁にぶち当たるとすぐに『他国へ逃亡』という最悪の選択肢を選ぶからなぁ。ここで見捨てるわけにはいかないよな)
「……仕方のない奴だ。俺の傍から離れるな」
呆れ果て、溜息混じりに吐き捨てた。
すると、エルマの顔がぱぁーっと太陽に照らされたように明るくなる。
「あ、ありがとうございますぅ! 一生ついていきますぅ!」
現金なやつだ。
俺は鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべてやった。
「ほな、あと一人。誰にしましょかねぇ~」
キリノが、呑気な声を上げながら教室内を物色するように眺める。
「……貴様、誰が仲間に加えると決めた」
「まぁまぁ、旅は道ずれ、余は情けって言いますやん? ……おっ? あそこ。えらい盛り上がりようですわ」
キリノが指を差した先。
教室の一角が、女子生徒たちの熱狂的な叫び声で揺れていた。
「きゃー! アイリス様ぁ! 私と組んでー!」
「アイリス様、こっちを向いてー!」
「アイリスさまー! 大好きですー!」
女生徒からの黄色い悲鳴の中心には、一人の生徒が堂々と立っていた。
「おっと、おてんばな小猫ちゃん達。ボクは一人しかいないんだよ? だが、キミたちのその情熱的な視線……ボクの身体が焦げてしまいそうだ、疼いて堪らないよ!」
「「「 きゃあぁぁーーー!!! 」」」
サラサラとしたプラチナブロンドのショートカット。
彫刻のように整った顔立ち。
そして、なぜか片手には真っ赤な薔薇を持っている。
その姿、まるで演劇から飛び出してきた王子様だ。
「ド派手ですなぁ~。あんなに女の子にモテモテなんて、一度でも味わってみたいもんですわ」
感心するキリノを無視し、俺はその『王子様』を凝視した。
「すまないね、子猫ちゃんたち。ボクはもう、組みたい相手が決まっているんだ。……失礼」
「「「 えぇーーー!? 」」」
王子様が囁くたびに、女生徒たちの悲鳴が校舎を揺らす。
その王子――アイリスが、優雅な足取りで階段を上がり、手に持っていた薔薇を『シュッ!』と放った。
……ポトッ。
薔薇が、俺の足元に落ちる。
アイリスはわざわざ、その場で一回転してポーズを決め芝居がかった動作で俺に顔を寄せた。
「キミがムーングレイ家のレヴォスくんで間違いないね? ボクはリンクショット家のアイリス・リンクショット。 公爵家同士、仲良くしようじゃあないか!」
そう言って、眩しいほどの笑顔でパチン!とウィンクするアイリス。
「「「「 きゃあぁぁーーー!!! 」」」」
再び沸き立つ女子生徒たち。
……というか、なぜかキリノまで一緒になって歓声を上げている。
『魔法省』を管轄するリンクショット家。
かつて、ヒロン・イロンダル王子のオレスフォード国への侵略を裏で画策していたところだ。
そして以前、賢者クロエが勤務していたところでもある。……クロエはすでに解雇されたが。
俺は、公爵家であるアイリス・リンクショットに興味はある。
いったい、どれほどの実力を持っているのだろうか。
何せアイリスは、俺レヴォス・ムーングレイ、そして横のキリノ・ブレイバーストと同様。
主人公のエルマに殺される運命である、ラスボス候補だからだ。
だが、そんなことより……もしアイリスがオレスフォード国への侵攻を企てたならば、気に食わん。
「俺の前から失せろ」
「あふんっ!」
アイリスは奇妙な喘ぎ声を上げ、糸が切れた人形のようにその場にバタンと倒れ伏した。
だが、次の瞬間にはヨレヨレとゾンビのように立ち上がってくる。
どうやらコイツは、俺のような言葉遣いをされることに慣れていないのかもしれん。
いや、見るからに王子の様に振るまっていて攻めの攻撃特化。
要は……言われる事に対する防御力がゼロ。
「だ、大丈夫ですか……?」
エルマがおろおろとアイリスを気遣うが、アイリスの瞳は熱っぽく俺だけを見つめていた。
「……だ、大丈夫さ。ふぅ……あまりにも刺激的な言葉に、少し眩暈がしてしまったよ。改めて、レヴォスくん。どうだい? ボクと組もうじゃないか。、大丈夫、このボクがキミを幸せにしてみせようじゃないか!」
アイリスは勝手に俺の腕を掴み、またしてもバチン!とウィンクを繰り出してきた。
「消えろ。ゴミめ」
「ひぃんっ!!」
再びアイリスが奇声を発して倒れ込む。
今度は全身をピクピクと痙攣させていた。
「あの……レヴォス様。こんなに熱望されているのであれば、入れてあげてはいかがでしょうか? 一人足りないのも事実ですし……」
エルマが、おずおずと控えめに進言してくる。
(う~ん……オレスフォードへの侵攻に関わった『魔法省』。それが引っ掛かるんだよなぁ)
「おい、貴様。アイリスと言ったな」
「ん!? な、なんだい!? ボクと組むつもりになったのかい!?」
「リンクショット家は先のオレスフォードの件に関わっていると聞いたが、それは事実か?」
俺は直接、アイリスに問うた。
「オレスフォード? ああ、前に帝国が化け物退治に協力したという一件かな? 申し訳ないが、ボクはよく知らないんだ。この国の法律では、家督は男しか継げないからね。ボクはリンクショット家の政治には関わらせてもらえないのさ」
……何だと?
『エル戦』でアイリスがラスボスになっている時は、リンクショット家を継いでいたはずだが……
いや、これからの未来の中で法律を変えたということか?
「ふむ、そうか……」
アイリスはオレスフォードに関わっていないと言う。
だが、嘘を吐くのは容易だ。
俺は椅子から立ち上がり、ヨロヨロと膝をついているアイリスに一歩、踏み込んだ。
そして逃がさぬよう、その細い腰を強引に抱き寄せ、顔を至近距離まで近づける。
「ひぇ!? な、ななな、何をするんだい……!?」
アイリスの顔が、一瞬にして赤く染まる。
俺は構わずに、その瞳の奥を覗き込んだ。
嘘を吐く者の目は、必ず僅かに泳ぐ。
「アイリス、俺の目を見ろ。逸らすな」
俺は脅しをかけるように、低く威圧的な声で囁いた。
アイリスはゴクリと喉を鳴らし、呼吸を忘れたかのように俺を見つめ返している。
……アイリスの目を見たが、目が泳いだり、視線を外したりしていない。
どうやら嘘はついていないように見える。
で、あれば……組んでやるか。
ちょうどいい。
見せて貰おうか、アイリスの実力とやらを。
だが、こいつと組むというのが、まるで俺と同列にいるようで癪だ。
あくまで、俺がアイリスと組んでやるのだ。
「……ふん。いいぞ、俺が貴様を貰ってやる」
「えふんっ!? そ、そんな事言われたの初めて……う、うん……よろしく……たのむ、ね……すえ、ながく……おねがい、します……」
アイリスは目を大きく見開き、ポヤポヤとした、どこか魂が抜けたような表情で俺を凝視していた。
くくく……アイリスめ、俺のあまりの威圧感に腰が抜けたか。
俺のことが、それほどまで恐ろしいか。
……いい気味だ、精々俺の足元で怯えながら働くがいい!
だが、アイリスの周りの女生徒どもが騒がしい。
よくは聞こえないが、ヒソヒソと喋っている。
「ア、アイリス様が見た事のないお顔をしてらっしゃる!?」
「ムーングレイ家の人、怖いけど……凄い美しい顔してるわね」
「あの二人……推しカプとしてアリかも!?」




