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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第26話 同一人物



 俺は原作主人公であるエルマの唐突な登場に、心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受けていた。

 そして本能的な恐怖で、俺はその場を逃げるようにして去ってしまった。


 (うわ、びっくりした……! まさか、将来自分を殺すことになる人間を、いきなり目の当たりにするなんて……)


 額に浮かんだ冷や汗を拭い、荒い呼吸を整える。


 落ち着け。落ち着くのだ、レヴォスよ。

 

 だが考えようによっては、今この段階でエルマと接触できたのは、破滅フラグを回避するための幸運と言えるかもしれない。


 今のうちに原作主人公エルマと対峙し、奴の動向を把握して、適度な距離感で恨みを買っておけばいい。

 そうすれば、悪役として物語からの強制退場を避けられるはず。


「くくく……そうすれば、他の公爵家(ゴミ)どもと身を削り合うような争いをせずに、俺は簡単に生き残れるのだ」


 独り言を漏らし、ニヤリと笑みがこぼれる。


 だが、俺は自らの生存戦略という脳内作戦会議に没頭するあまり、周囲への警戒が(おろそ)かになっていた。

 一人の少女がすぐ近くにいたことに、今の今まで全く気づかなかったのだ。


「……あの。ゴミ、落ちてましたか?」


「うおっ!?」


 突然かけられた声に、心臓が飛び上がる。

 (かたわ)らには、いつの間にかホウキを手にした少女が立っていた。


 汚れたボロボロの服、そして燃えるような赤髪。

 ネーブ・シークランスだ。


 俺としたことが、至近距離に迫られるまでその気配を一切察知できないとは。

 

「貴様……! なぜこんな所にいるのだ!?」


 動揺を隠すため、俺はあえて高圧的な態度で怒鳴(どな)りつけた。


「あの、その……お掃除、してまして……」


「……掃除だと? なぜ公爵家の令嬢である貴様が、そんな雑用をしているのだ」


「寮の前の掃除を仰せつかっていますので……」

 

 視線を巡らせれば、ここは学園内に点在する寮の一つだった。

 俺の寄宿舎とは別だ。

 おそらく、シークランス家が滞在に充てられている場所だろう。

 

「それは答えになっていない。なぜ『貴様が』やっているのかと聞いているのだ。学園には専門の清掃員がいるし、どうしても掃除をしたいのなら従者にでもやらせれば済む話だろう」

 

「それは……その……」


 ネーブは困り果てたように眉を下げ、オドオドと視線を泳がせている。

 その怯えきった様子を見て、俺は即座に察した。

 

 そうだ、ネーブに問うたところで意味はない。

 彼女はシークランス家で、公爵令息とは思えぬ凄惨な虐待を受けているのだ。


 おそらく、この無意味な屋外清掃も、ネーブに対する嫌がらせの一環に過ぎないのだろう。

 彼女の細い指先は過酷な労働のせいか、赤くひび割れていた。


 そして、俺の恫喝にも脅えている。

 ……俺は別に脅えさせたいわけでは無いのだ。


 俺はごまかすように、他愛もない会話を投げかけた。


「ふん……貴様は俺と同じ赤い髪色だな、酷く目立つ。シークランスの一族は皆一様に茶色い髪のはずだが……お前は違うようだが」


 ネーブが養子であることはゲーム知識で知っているが、俺はあえて何も知らないふりをして問いかけた。


「はい……私は養子ですので、皆様とは違うのです……」


「養子か。なぜシークランスの家に入ることになったのだ?」


「私のお母さんが、重い病気でして……治し方も分からず、途方に暮れていた時、シークランス様が病を治してくださると仰ってくださったんです」


「貴様の母親の病を治すことと、お前が養子になることに、何の関係があるのだ」


「はい。私がシークランスの養子になれば、引き換えに母を治療してくださると……」


 養子になることが条件、か。

 シークランス家は、ネーブが秘めている魔法の才を事前に察知していたのだろうか?


 いや、それなら今のこの酷い扱いは辻褄が合わない。

 才気溢れる人材なら、もっと丁重に囲い込み手駒として磨き上げるはずだ。


 得体の知れない違和感に胸がざわつく。

 目の前のネーブがあまりに自信なさげに肩をすくめるのが、どうにも鼻についた。

 

「……いや、済まぬ。余計なことを聞いたな。貴様、ケウダの義妹のネーブだったな?」


「は、はい! ネーブと申します!」


「そうか。俺の母親は、ネールという名前だ。ネーブと響きが似ているな。俺たちと同じような赤髪だったらしい。俺は顔も見たことはないが」


 俺が何気なく口にしたその言葉に、ネーブは弾かれたように顔を上げた。


「えっ!? 私の母も、ネールと申します。赤い髪で、お名前まで同じなんて……奇遇ですね」


 ……何だと? 同じ名前の母親? それに、同じ赤髪?


 ――嫌な予感がする。


 俺、レヴォス・ムーングレイはラスボスとしてのスペックを生まれ持っている。

 そして、このネーブ・シークランスもまた、原作ではラスボスとしての能力を秘めていた。


 そんな馬鹿なことが、あってたまるか。

 だが、偶然で片付けるには、あまりに出来すぎている。


 俺の母親は、王の血を引く公女だ。

 今はどこかの別邸で、酒と若い男に溺れて自堕落な生活を送っている……そう聞かされていた。


 だが、俺は一度も母親の姿を直接見たことがない。興味もなかった。


 もし……もしも、聞かされていた真実が偽りだったとしたら?


「そうだな。奇遇なこともあるものだ。……お前の『本当の』父親は誰だ?」


「私の父は……おりません。母は病にて寝たきりですので、父のことは聞いたこともないのです」


「……そうか」


 その時、不躾な声が割って入った。


「ネーブ様。お掃除は終わったのでしょうね」


「い、いえ! すぐに終わらせます!」


 現れたのはシークランス家の従者だった。

 ネーブを見張るお目付け役といったところか。


 従者が、公爵令嬢に対してあからさまに地位が下であるかのように接している。

 

「これはこれは、ムーングレイの方ではありませんか。ネーブ様に、何かご用でも?」


「別に、何でもない。……貴様も従者なら、主を(ないがし)ろにせず、自分の仕事を完遂しろ」


「はあぁ!? 他家の分際で、余計なお世話ですよ!」


 俺は湧き上がる不快感を押し殺し、従者の暴言を無視して背を向けた。

 こんな末端の羽虫を相手にしている時間は、一秒たりとも惜しい。

 

 それに今、確認したい事がある。


 俺の父親――グランディア・ムーングレイに。

 幸い、学園と父の屋敷は近い。


 俺は苛立ちに任せて石畳を強く踏みしめながら、その足で父の元へと向かった。

 

 アイツなら何か知っているはずだ。

 

 

 ――――――

 

 

「これは……レヴォス様、どういたしましたか?」


 父の屋敷に到着すると、驚きに目を見開いた執事が狼狽(うろた)えながら出迎えた。

 

「父上に急用がある。通せ」


「お、お待ちください! 旦那様は執務中ですので……!」


 執事の制止を無視し、俺は強引に父の執務室の扉へと手をかけた。


 形式的に一度だけノックをし、返事も待たずに扉を蹴るようにして開ける。

 重厚な机の向こう側に座る父グランディアは、俺の無礼な侵入に対しても、眉一つ動かさず書類に筆を走らせていた。

 

「父上。先ほど帝国中央学園の入学式にて、新入生代表として挨拶を済ませてまいりました」


 対話の糸口として、まずは『成果』を提示する。

 4大公爵家の一つ、ムーングレイ家が学園の頂点に立ったという事実は、この男にとっても悪い話ではないはずだ。


「……そうか」


 だが、返ってきたのは感情の欠片も感じられない一言。

 俺は内心を押し殺し、本題へと切り込む。


「話は変わりますが、父上。単刀直入に伺いたい。私に……『妹』はいるのでしょうか?」


 あまりに唐突な問い。

 だが、グランディアの筆先が、一瞬だけ止まった。


「……そういえば、いたな」


 その言葉に、俺の心臓は激しく跳ね上がった。


 やはり、いたのか……!?

 

「……そうですか。今まで一切、聞かされておりませんでしたが」


「知る必要がないからだ。女など、ムーングレイの家系においては何の足しにもならん」

 

「……ついでにもう一点。私の母は、今どこで何をしているのです?」

 

「あの女か。……知らんな」


 知らん、だと? 自分の妻だぞ?

 

 ……いや、これこそがグランディアという男の本質なのだ。

 奴にとって、自分以外の人間は全て、目的を達成するための『道具』に過ぎない。


 そして役に立たなくなった道具には、欠片の興味も示さない。

 俺だって、もし魔力のない無能として産まれていれば、道具以下のゴミとして処理されていただろう。


 するとグランディアは筆を置き、ようやく俺の顔を正面から捉えた。

 奴が自ら他人の顔を見るなど、極めて稀なことだ。

 

「お前、聖剣を手に入れたらしいな」


 ふん、さすがに耳が早いことだ。情報は筒抜けか。


「はい。私が所持しております」


「よくやった」


 父の口から出た予想外の言葉に、一瞬、思考が真っ白になった。

 この男が人を褒める? あり得ない光景が目の前で起きた。


 毒気を抜かれたような、奇妙な困惑が胸に広がる。

 だが、その直後の言葉が、俺を現実に引き戻した。


「その聖剣を、今すぐここへ持ってこい。今後も私のために、その力を使え」


 ……一瞬でも驚いた俺が馬鹿だった。

 褒めたのは聖剣という『価値ある道具』を手に入れたことに対してであり、俺自身に向けられたものではない。


 だが、今の俺には、こんなクソ野郎に捧げてやるものなんて何一つ無い。


「これは私の武功によって得た、私の所有物です。……どうしても欲しければ、ご自分の手で取りに行ってはいかがですか?」

 

 グランディアの表情が、初めて険しく歪んだ。

 射殺さんばかりの鋭い眼光が俺を貫く。


 俺はニヤリと笑い返すと「では失礼する」と言って、部屋を後にした。


 不愉快極まりない対面だったが、確信は深まった。


 それに悪役公爵令息としての振る舞いが、どうやら俺にも板についてきたらしい。

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