第24話 夜中の来訪者
その日の夜。
俺は学園の寮にある自室で、夕食を済ませていた。
作ってくれたのはコレットとクロエの二人だ。
テーブルに並んだ、色とりどりの料理。
ニンニクたっぷりの赤身肉、ウナギ、スッポン、マムシ……
(こんな食材、グリンベルから持ってきた覚えは無いんだけど、どこから持ってきたんだろ?)
食べた事の無い料理に食材。
食べるのを少し躊躇したが、作ってくれた二人の気持ちを無下にするわけにもいかない。
それをひときれ、ふたきれと口にした。
「ふむ。二人とも、料理の腕を上げたようだな。実にいい味だ」
「ありがとうございますっ!」
「たくさんありますから、どんどん食べてくださいね! レヴォス様!」
二人の返気は妙に威勢がいい。
目の前の料理はもはや山盛りを通り越し、天井に届かんばかりの勢いで積み上がっている。
俺は内心の困惑を押し殺しつつ、淡々と口に運んだ。
「お前たちも食べろ。一人で食すのは味気ないからな」
「「 はい! いただきます! 」」
三人で食卓を囲む。
だがクロエもコレットは食事をしつつも、食い入るように俺を凝視している。
(二人とも、俺を見る目がやけに血走っている気がするんだけど……)
その後、湯浴みをしようとした際にも一波乱あった。
クロエとコレットが「お背中をお流しします!」と、風呂場へ踏み込もうとしてきたのだ。
焦ったが、そこは断固として拒絶した。
ここは学園の寮とはいえ、部屋にいれば彼女たちの家も同然。
余計な気を遣わせるわけにはいかないからな。
さて、寝る前の読書の時間だ。
俺はリビングで本を開きつつも、意識の半分を周囲の気配に割いていた。
侵入経路は各部屋の窓、あるいは正面玄関。
最上階ゆえ、屋上から天井を破っての奇襲もあり得る。
シークランスの暗殺者がいつ牙を剥くか分からない。
警戒の糸を緩めるわけにはいかなかった。
「よし。そろそろ休むか。クロエ、コレット、準備ができたら俺の部屋に来い」
「……っ、はい!」
「分かりましたぁ!」
二人の返事が、期待に満ちているように聞こえるのはなぜだろうか。
(二人とも、さっきからずっとソワソワして落ち着きがないな。……無理もないか、暗殺者の影に怯えているんだから。俺が側にいることで、少しでも恐怖を和らげてあげないと!)
自室に戻り、灯りを極限まで絞る。
手元のランタン一つだけが、頼りない光を投げかけている。
この微かな明かりこそが、侵入者に『何かが待ち構えている』という心理的な圧迫を与えるのだ。
やがて、ドアを控えめにトントンと叩く音が響いた。
「入れ」
「「 失礼いたします…… 」」
入ってきたクロエとコレットを一目見て、俺は言葉を失った。
「何……?」
顔を真っ赤に染めた二人が纏っていたのは、寝間着とは名ばかりの、薄く透き通ったネグリジェのような代物だった。
(なんか……スケスケでセクシーなんですけど……いつも、こんな服で寝てるの……? 『エル戦』の世界観は奥が深いな……)
鼻血が出そうなのを必死に堪え、俺は無理やり咳払いをした。
「ゴホン! ……お前ら、早くベッドに入れ」
二人はこくりと頷き、ベッドに入った。
ベッドに入ったのを見届けてから、俺は上着を脱いだ。
そして……戦闘服に着替える。
動きやすい服装に、簡単な軽装の胸当て。
そして、聖剣クラウトソラスを腰に付ける。
「あの……レヴォス様? その恰好はいったい……?」
「ん? ああ、これから朝まで……熾烈な『戦い』になるからな。備えは万全にしておかねばならん」
「な、なるほどぉっ! そういうことですね! 私たちも……精一杯、頑張りますので!」
「え? いや、お前らはゆっくりと寝ていろ」
なぜか俺の言葉を聞いた瞬間、二人が魂の抜けたような顔で呆然としている。
まさか、一緒に戦おうとしていたのだろうか? 健気な奴らだ。
(クロエちゃんとコレットちゃんにはゆっくりと寝ていてほしい。不届き者は、俺が始末するからね!)
俺はソファに腰を下ろし、深く目を瞑って神経を研ぎ澄ませた。
部屋全体、そして窓の外の空気の震えまでを探る。
静寂の中、クロエとコレットの規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
時が経ち、時計の針が深夜二時を回った頃。
「……来たか」
わずかな違和感。
だが、侵入経路は窓ではなかった。
何者かが堂々と、廊下から俺の部屋の扉の前で足を止めたのだ。
気配は……1人。
相当な手練れだろうか。
シークランスの暗殺者にも、このような気骨のある奴がいるのか。
くくく……1人で、しかも正面から来るとはな!
面白い! やってやるか!
正面から来るというのなら、その勇気を絶望で塗りつぶしてやろう。
俺は静かに、聖剣クラウトソラスを鞘から引き抜いた。
暗殺者は扉の鍵を開けようとしているのか、ドアノブがガチャガチャと動いている。
――ガチャ……
――ガチャガチャ……
――ガチャガチャガチャッ!
……おかしい。何をしているんだ?
解錠の技術を駆使している様子はなく、ただ必死に、力任せにノブを回しているだけのようだ。
(……プロの暗殺者が、こんな間抜けな真似をするのだろうか? 鍵がかかっているのは明白だろうし……)
その時、ふと最悪の可能性が脳裏をよぎった。
(ま、まさか……幽霊?)
背中に冷たい氷を押し当てられたような戦慄が走り、毛穴が逆立つ。
(俺……幽霊、苦手なんだけど……! え、どうしよう。まさか幽霊の暗殺者? いや、そんなはずないか……? あーもう、聖女のセレスちゃんを呼んでくれば良かったよ!)
心臓が早鐘を打ち、自分の呼吸が荒くなっていくのが分かる。
(怖すぎる……いっそ二人を起こそうかな…… いや、さっき格好つけて「寝ていろ」なんて言った手前、幽霊が怖くて起こしたなんて恥ずかしすぎる……! どうすればいい!?)
だがパニック寸前の俺に、ふと天啓が降りた。
ドアののぞき穴だ。
そこに目を凝らせば、暗殺者の正体が判明するはず。
幽霊だったらその場で気絶する自信があるが、隣人が部屋を間違えているだけという可能性も捨てきれない。
「ええい、ままよ!」
俺は決死の覚悟で、のぞき穴に片目を押し当てた。
ガチャガチャと無様にノブを回し続けている、不審な影の正体は――
――ガチャリ。
俺は勢いよくドアを開け放った。
「おい、ヒロン。貴様、こんな夜中に俺に何の用だ?」
「あああ! レヴォス様ぁ! 一大事ゆえ、夜分に失礼いたしますっ!」
そこにいたのは、俺を神と崇めて憚らないオレスフォードの王子、ヒロンだった。
現在はグリンベルの復興を任せているはずの男が、なぜここにいる。
「一大事だと? 領地で何か不測の事態でも起きたのか?」
「はい、まさに存亡の危機です! 私が全力で進めようとしていた建設案を、グリンベルの者たちが寄って集かって拒否するのです! これはもう、レヴォス様に直談判するしかないと!」
「……建設案? 一体何を作ろうとしたのだ」
「こちらです、ご覧ください!」
ヒロンが誇らしげに広げた図面を覗き込み――俺は頭を抱えた。
「ヒロン。貴様……俺の巨大石像を建立しようとしているのか?」
「はいっ! これこそが民の希望、復興のシンボルです! レヴォス様が不在の間、民はこの慈愛に満ちた石像を拝むことで勇気を得るのです!」
……なるほど、フォルテたちが必死に止めた理由がよく分かった。
あいつらが有能な目付け役として機能しているようで何よりだ。
俺は深い溜息をつくと、期待に目を輝かせているヒロンの肩に、優しく、かつ力強く手を置いた。
「ヒロン。実に……面白い余興を考えたものだな」
「は、はいっ! では、許可をいただけるのですか!?」
「ああ、もちろん……即刻却下だ。二度とその案を口にするな。あと、こんな下らん事で夜中に俺の安眠を妨げるな。さっさと帰れ!」
バタンッ!
ドアを閉めると、廊下から「そんなぁ~! レヴォス様ぁ~!」という、絶叫が聞こえてきた。




