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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第21話 守護神の降臨


「川の水位も引いたな。……では再び、オレスフォードに向かうとするか」


 俺は眼下に広がる川の濁流が落ち着いたのを確認し、悠然と告げた。

 執事のフォルテ、そして賢者のクロエを従え、俺たちは再びオレスフォードの街へと歩を進める。


 氾濫した川には、上流から押し流されてきた巨木や瓦礫(ガレキ)が、まるで飛び石のように点在していた。

 俺たちはそれらを足場にして飛び越え、対岸を目指す。


(……それにしても、さっきから首筋が熱いな。というか、さっきからクロエちゃんの吐息が耳元でうるさいんだけど……)


 魔法使いゆえに身体能力の低いクロエは、こうして俺が『お姫様抱っこ』で運ぶしかない。

 だが、今のクロエは明らかにおかしい。

 俺の胸元に顔を埋め、獲物を狙う獣のような血走った目で、スウスウと執拗に俺の匂いを嗅いでいるのだ。


(ずっとクンクンと俺の匂いを嗅いでるのは何でだろ? なんか目も血走ってるし……俺、におってたりするのかな……?)


 だが、川に落ちないように俺は無意識にクロエを抱く腕に力を込めてしまった。

 当のクロエは「はひっ!?」と情けない声を上げ、顔を真っ赤に染めてモジモジしている。

 どうやら、ゲブリに魔法を撃ち続けて体調不良にもなっているのだろう。


 対岸に着くと、そこには帝国兵を国境へと送りだしたオレスフォードの兵士たちが悠々と帰国していた。

 彼らの瞳には、絶望の淵から生還した者特有の安堵が灯っている。

 つい先ほどまで、帝国に踏み潰される運命だと確信していたのだろう。

 彼らにとって、今の静寂は奇跡そのものに違いない。

 

(だけど、ここからが俺の正念場だ。反乱軍の軍師、ヒロン・イロンダル……彼をどうにかして懐柔しないと……)


 俺の当初の目的は、後に反乱軍の軍師となる男、ヒロン・イロンダルの懐柔だ。

 当初の作戦通りなら、帝国軍にオレスフォードを蹂躙させ、その混乱に乗じて『救世主』としてヒロンを引き入れる手はずだったのだ。


 だが、俺は己の気まぐれで、その作戦を捨てた。

 何せ、この世界で唯一の寿司屋が無くなるところだったからのだからな。

 結果として帝国軍は撤退し、この国は何の被害もなく守られた。


(オレスフォードや帝国の皆が、誰も大きな被害を受けなかったのは良かったけれど……俺の破滅フラグ回避のためにヒロンくんをなんとか仲間にしないと、後々厄介なことになるに決まってる!)


 しかし、状況は悪くない。

 ヒロンとこの国は、今や俺に計り知れないほどの恩義がある。

 そこを徹底的に突かせてもらおう。

 

「くくく……それに、今の俺はオレスフォードと帝国を繋ぐ唯一の『架け橋』なのだ。俺を無碍(むげ)に扱うことなど、出来るはずもないのだからな」


 口元に邪悪な笑みを浮かべ、俺たちは再びエドテアの街へと入った。

 拠点としていた宿に戻ると、そこには昼間の緊張感など微塵も感じられない光景が広がっていた。


 

 ――――――


 その日の夜。

 エドテアの街は、狂乱とも言えるお祭り騒ぎに包まれていた。


「みなさん、本当に楽しそうですね。見てくださいレヴォス様、あちらの方なんて、酒樽を抱えたまま踊り狂っていますよ!」


 窓の外を見下ろしながら、クロエが感心したように声を上げた。


「クロエ、貴様も今日はよく働いたな。それほど羨ましいなら、下へ降りて民草に混じって踊ってくればどうだ?」

 

「あら……レヴォス様が一緒に踊ってくださるというのでしたら、私は喜んで」


 クロエがいたずらっぽく、それでいて熱を帯びた視線をこちらに向けてくる。


 (おお。クロエちゃんへの冗談を、さらに冗談で返された。いつの間にこんな冗談を言うようになったんだろ? それとも、今日ゲブリに追われたのが怖すぎて、俺に怒っているのかな……?)


 窓の外からは、住民たちの歓声が地響きのように伝わってくる。

 人々は口々に「守護神が降臨した!」「帝国を追い払ってくれた!」と叫び、手を取り合っていた。


 守護神――

 その呼び名が、あの孤独な怪物ゲブリへの手向けになるのなら、悪い気はしない。

 

「レヴォス様、このまま宿で待機なさるおつもりですか?」


「ああ。ここに居れば、再び奴が来るからな」


 そして、噂をすれば影だ。

 

 廊下から、統制の取れた、しかし慌ただしい大勢の足音が近づいてくる。

 音は俺の部屋の扉の前で止まり、重々しいノックが響いた。

 

「フォルテ、開けてやれ」


 俺の指示に従い、フォルテが静かにドアを開く。

 

 そこに立っていたのは、ヒロンだった。昼間のラフな格好ではない。

 金糸の刺繍が施された、王子としての威厳に満ちた正装を身に纏っている。

 その後ろには、武装した近衛兵たちがズラリと控えていた。


「レヴォス様。此度のご活躍、我が国にとっては救国に等しきもの……感謝の言葉だけでは、到底足りません。私は国を代表し、レヴォス様を正式にお迎えに上がりました。どうか、宮廷へとご足労願えませんでしょうか」


「ふむ。よかろう、案内しろ」


 俺は尊大な態度を崩さず、短く応じた。


 用意された豪奢(ごうしゃ)な馬車に揺られながら、夜の街を眺める。

 人々は飲み、歌い、踊り、奇跡を祝っていた。

 

 やがて辿り着いたのは、エドテアの中央に鎮座する王宮。

 それは、どこか前世の和風建築を彷彿とさせる質素ながらも力強い佇まいの巨大な屋敷だ。


 門から玄関にかけて、数百の兵士たちが整列し、俺たちの馬車を最敬礼で迎えていた。


「こちらです、レヴォス様」


 ヒロンの案内で、俺たちは重厚な広間へと足を踏み入れる。


 そこには、一人の老人が数人の重臣らしき男たちを従えて立っていた。

 俺の姿を認めるなり、その老人が深々と頭を下げる。

 

「私がオレスフォードの王、アウグト・イロンダルです。我が息子ヒロンより、貴方様の獅子奮迅の働きを聞き及んでおります。レヴォス様、この国を救っていただいたこと、心より感謝申し上げる」


 アウグト王が頭を下げると同時に、背後の重臣たちも一斉に床に膝をついた。


 そうだ、それでいい。

 

 そのまま俺を敬い、(ひざまず)き続けろ。

 もし俺の機嫌を損なったら、再び帝国という牙がこの国を食い破る……その恐怖を、骨の髄まで刻み込んでおくんだ。

 

「よい。楽にしろ」

 

 俺は内心でほくそ笑みながら、ふんぞり返るように椅子に腰を下ろした。

 

 しかし、王たちは椅子に座ろうとはしない。

 アウグト王は震える手で、古びた一つの巻物を捧げ持っていた。

 

「オレスフォードに古くから伝わる預言……『国が存亡の危機に陥る時、守護神が降臨せん』。その言葉が、まさか現実となるとは。私たちは、言い伝えに従います」


「……ん? 言い伝えだと?」

 

 ……言い伝えって何だ?

 

 もしや、ゲブリのことが伝承されていたのか?

 だが、原作の『エル戦』では、物語が始まる時点でオレスフォードは既に滅びている。

 そんな設定は、やり込み勢の俺ですら聞いたことがない。

 

 そもそも、ゲブリはただの生物兵器だ。

 俺がヒロンに「守護神が降臨する」と言ったのは、単なるハッタリなんだが……


 いや……いっそ確認してみるか。

 

「……その言い伝えとやらを、詳しく聞かせてもらおうか」

 

「はっ。(おそ)れながら……」


 俺の言葉にアウグト王は(うやうや)しく巻物を広げ、朗々(ろうろう)と読み上げ始めた。


『国が危機に陥る時、救世主として守護神が降臨するだろう。その者は異国より現れ、少年の姿をしている。神には老練なる戦士と、美しき魔女、そして巨大なる守護獣が付き従い、巨悪を打ち負かすのだ。神の降臨により、国は永久の栄光を得る。民よ、神に(ひざまず)き、その身に永遠の忠誠を誓え』


 読み終えたアウグト王とヒロンが、まるで神託を受けた信者のように、その場に平伏した。


「預言の通り、少年の姿をした神が、老戦士と魔女を連れて現れました……まさか、この目で神話の体現者にお会いできるとは。レヴォス様……いいえ、レヴォス神よ。我らは貴方様に、永劫の忠誠を誓います!」


 ……は? ん? いや、待て待て待て!

 なんだそれは? その偶然。笑えないぞ。


 いや俺に忠誠を誓うのは、正直言って嬉しい誤算だ。

 だが、俺が神だと? 俺は断じて神などではない。そこだけは正しておきたい。


「ゴホン! ……いや、待て。勘違いするな、俺は別に神などでは――」


「左様にございます。このお方こそが、運命に選ばれし真なる神。王の中の王となるべくして降臨された貴き御方、レヴォス様でございます」

「レヴォス様こそ、この世の理を統べ、混沌に秩序をもたらす神でございます」


 なっ――!?


 俺が必死に否定しようとした矢先、背後からフォルテとクロエが、よく通る声でとんでもない追撃を放った。

 やんわりと断ろうとしたのに、こいつら何を勝手なことを言い出してやがる!?


「おお、やはり! なんと尊い!」

「寿司屋で神と出会えるとは……これぞ神の思し召しだ!」


 アウグト王もヒロンも、目を輝かせ感動に震えてながら俺を仰ぎ見ている。


「いやだから、俺の話を聞け――」


「レヴォス神よ! 最高級の(うたげ)をご用意しております! どうか、我ら愚かなる民を導き、その叡智(えいち)を授けてください!」


 アウグト王の歓喜の絶叫にかき消され、俺の言葉は虚しく空を斬る。

 

 この日を境に、俺はオレスフォードの地で『神』として祭り上げられることになった。

 祭りはこれから三日三晩、狂ったように続いたのだ。


 俺が何度「俺は神ではない」と冷たく突き放しても、彼らは「ああ、なんと謙虚な神の御冗談だ!」と涙を流して喜ぶばかりで、誰も信じてはくれなかった。


(どうして、どうしてこうなったんだ……)


 俺はただ遠くの空を見つめる事しかできなかった。

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