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悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略 ~悪役転生した俺、原作知識で主人公の仲間(予定)を全員引き抜こうと思います~  作者: 水乃ろか


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第19話 3人と1匹 VS 500万


「ヒロン王子、ここにおいででしたか! 大変です! 国境沿いに帝国軍が押し寄せています!」


 血相を変えて店に飛び込んできた兵士の叫び声に、店内の空気が一変した。

 エドテアの平和な昼下がりを切り裂くような凶報。


「なに……?」


 ヒロンの手から(はし)が滑り落ち、カランと虚しい音を立てた。


「すぐに城へお戻りください! 王、そして将軍方も招集されております!」


「……分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」


 兵士が敬礼し(きびす)を返して去った後、ヒロンは鋭い視線を俺に向けてきた。


「レヴォスさん……どうやらキミの予言通りになったようだけど、キミはいったい何者なんだ?」


 俺は最後に残った大トロを口に運び、その至高の脂をじっくりと堪能してからヒロンの質問に応えた。


「さっきも言ったはずだ。俺は寿司屋と、ついでにこの国を救ってやるだけの男だ。俺に聞きたいことがあれば、街の中央にある石像の前の宿に来い。俺が泊まっている場所だ。そこで、お前の絶望を希望に変える解決策を教えてやろう」


 俺は椅子の背もたれに深く寄りかかり、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 絶望に沈みかけているヒロンを前にして、このくらいの余裕を見せなければ話にならない。


「……うん、覚えておくよ。その際は、よろしく頼みます」


 ヒロンはそう言うと、切実な眼差しを残して店を飛び出していった。


「レヴォス様、ついに帝国兵が来ますが……本当に大丈夫なのでしょうか?」


 隣に座るクロエが、不安のあまり俺の袖をギュッと強く掴んでいる。

 その手は、冷たい汗で湿っていた。


「ああ、大丈夫だ。それより、今のうちに準備をしておくことが2点ある。お前たちも手伝え。……大将、真に美味であった」


「ありがとよ! もったいねぇ言葉だぜ!」


 俺は大将に銀貨を放り投げ、寿司屋を後にした。

 嵐の前の静けさを孕んだ風が、俺の頬を撫でていく。



 ――――――



 その日の夜。


 宿の一室。

 ランプの灯火が揺れる中、クロエが落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた。


「レヴォス様。帝国との戦ですが、相手は帝国の正規軍ですよね……? 私たち、大丈夫なのでしょうか……?」


 クロエがガタガタと膝を震わせ、今にも泣き出しそうな表情のまま寿司屋で聞いてきた質問を繰り返している。

 恐怖で瞳が泳いでいるクロエを見ていると、少しばかり意地悪をしたくなった。


「さあな。案外、俺たちも帝国に蹂躙されて、ここが墓標になるかもな」


「そ、そんなぁ!?」


 そしてクロエは「うぅっ!」と短い悲鳴を上げ、その場にへたり込みそうになっていた。

 絶望に染まるクロエの姿を確認し、俺はニヤリと口角を上げると、その両肩を力強く掴んだ。

 

「ふん。クロエよ、俺がそんな無様な結末を許すと思っているのか?」


 至近距離でクロエの瞳を射抜くように直視する。

 俺の絶対的な自信をその瞳に叩き込んでやると、クロエの顔に赤みが差し、恐怖が急速に熱狂的な信頼へと上書きされていくのが分かった。


「そ、そうですよね! レヴォス様がいれば、負けるはずがありません! よぉし、私も頑張ります!」


「ふん。はしゃぎすぎるなよ。……それより、そろそろ客人が来る頃だな」


「客人、ですか? 誰か、この国にお知り合いがいるのですか?」


 その時、廊下から床を叩く足音が聞こえてきた。

 足音は着実に俺たちの部屋へと近づき、扉の前でピタリと止まった。


 ――トントン。


 控えめだが、決意の籠もったノックの音。


「あれ、本当に来ましたね……」


 クロエが目を丸くして驚いている。


「今、開ける」

 

 俺がそう声を掛けると、背後に控えていたフォルテが静かに、そして淀みのない動作で扉を開けた。

 そこに立っていたのは、深いフードを目深に被ったヒロンだった。


「……キミが何者かは分からないが、キミが言っていた解決策とやらを聞かせてほしい。この国は今、崖っぷちに立っているんだ」


「いいだろう。ひとまず部屋に入れ。話はそれからだ」


 ヒロンの話によれば、予想通りオレスフォードの状況は最悪だった。

 帝国の圧倒的な兵力を前に、一部の貴族はすでに逃げ出しているという。

 全面降伏して帝国の慈悲を乞うか、あるいは無駄死にと分かっていても玉砕するか。

 その二択しかない状況だった。


「降伏したとしても、安全が保障されるわけではありません。何せ、攻めてくる大義名分すら明かされていないのですから……」


 ヒロンは悔しさに唇を噛み切りそうなほど強く噛みしめている。

 その瞳は、無力な自分への怒りに燃えていた。


「当然だ。帝国に交渉の余地などない。奴らの目的は、ただの『蹂躙』だからな。だがヒロン、お前がここへ来たのは正解だ。お前の運は、まだ尽きていない」


「……帝国の目的を知っているような口ぶりだね。キミの正体は、いったい何者なんだ?」


 俺は椅子に深く腰掛け、足を組みながらその名を告げた。


「俺はエルヴァンディア帝国の公爵ムーングレイ家の嫡男、レヴォス・ムーングレイだ。わけあって、お前を助けに来た」


「なっ……!?」


 ヒロンが椅子から転げ落ちんばかりの勢いで絶叫した。

 無理もない。目の前にいるのは、攻め寄せてきている帝国の重鎮の息子なのだから。

 しかも、連れているのは老執事と頼りない少女だけ。


 だが、ヒロンはさすがに『軍師』の素質がある男だ。

 数秒の後、ヒロンは激しい動揺を力ずくで抑え込み、鋭い眼光で俺を観察し始めた。

 

「……なるほど。合点がいったよ。公爵家を名乗ってまで、この絶望的な状況の国に単身現れる狂人はいない。逆に、キミを信頼するしか道はないというわけだ」


 俺が帝国を裏切って独断で動いていること、そしてここで俺を拒絶すれば国が滅ぶことを、ヒロンは瞬時に理解している。

 

「ヒロン、軍勢を率いて国境の川沿いで待機しておけ。そして、川で溺れる帝国兵が出たら、お前たちが救い出してやるんだ」


「なっ!? 敵を助けるというのか!?」


 ヒロンの顔に、困惑が浮かぶ。


「黙って聞け。溺れないように助けた後、この手紙を大声で読み上げろ。それまでは絶対に開けるな。後は俺たちに任せろ。この国も、兵士たちも、全員無傷で終わらせてやる。もし、お前の進言で軍が動かないなら、『街の守護神が動き出した時こそが、帝国の傲慢を挫く好機だ』と伝えろ。信じられない奇跡を見れば、愚かな軍どもでも動かざるを得まい」


 俺は(ふところ)から封書を取り出し、テーブルの上に置いた。


「守護神が……?」


 ヒロンは狐につままれたような顔をしていたが、俺の眼圧に押されるように手紙を手に取った。

 段取りはすべて済んだ。


 あとは、俺たちの狂ったような度胸を見せるだけだ。



 ――――――



 次の日の昼前。

 

 空は不気味なほどに晴れ渡っている。

 おそらく帝国は、今日の午後にでも国境を突破するだろう。


「よし、フォルテ。準備はできているな」


「はい、すぐにでも出発できます」


 御者席に座るフォルテの背中は、いつになく強張っている。


「クロエ、やるぞ。例の石像に魔力を叩き込む」


「は、はい! 魔力を注入するだけで、本当にいいのですね……?」


「ああ。俺と貴様の魔力が混ざり合えば、あの眠れる『ゲブリ』も目を覚ますだろう。動き出したら即座に馬車に乗れ。一瞬でも遅れれば、文字通り踏み潰されるぞ」


「ひいいいっ!?」


 クロエを脅かしつつ、俺たちは街の中央に鎮座する巨大な石像に手を当てた。

 俺の内に渦巻く、ラスボス級の膨大な魔力を一気に解放する。


 ――バキッ! ズズズ……!


 石像の表面に、雷のような亀裂が走る。

 次の瞬間、爆音と共に岩石が弾け飛んだ。


「ギュワアアアアアアッ!!!!」


 大気を震わせる咆哮。

 かつてこの街を破壊しつくし、古代の魔術師が封印した魔獣ゲブリが数百年ぶりにその姿を現した。


「おお、これがゲブリか! 期待以上の迫力だな! クロエ、逃げるぞ!」


「ひゃ、ひゃいいいっ!」


 俺は腰が抜けたクロエを抱えるようにして馬車に飛び乗り、フォルテに合図を送った。


「クロエ! 火炎魔法をゲブリに撃ち続けろ! あの化け物を激怒させて、俺たちを追わせるんだ!」


「は、はいぃぃ! 火よ、燃え上がれ!」


 半泣きのクロエが杖を向けると、火炎の玉がゲブリの巨体に直撃する。

 だがゲブリに魔法があたっても、傷一つ付いていない。


「ギュオオオオンッ!!」

 

「ははは! いい怒りだ、その調子だ! フォルテ、追いつかれたら終わりだぞ!」


「承知しております……!」


 背後からは、地響きと共に迫る巨大な影。


 クロエは涙目で魔法を撃ち続け、フォルテは形相を変えて手綱を振るう。


 その阿鼻叫喚の(ゆかいな)光景に、俺の胸の奥から愉悦がせり上がってきた。


「ふはははは! 楽しいなぁ! フォルテ、国境まで走れ! 捕まったら死ぬからな! クロエ、撃ち続けろ! あの化け物を俺たち以外に気を散らせるな!」


 もはやこれは戦いではない。命がけの鬼ごっこだ。

 前世の映画で見た、恐竜に追いかけられる車のシーンそのものではないか。


「む、マズイな。頭を下げろ!」


 俺は叫ぶと同時に、クロエとフォルテの頭を無理やり押さえつけた。


 ――ブンッ!!

 

 直後、ゲブリの巨大な爪が馬車の屋根を薙ぎ払い、(ほろ)が木っ端微塵に吹き飛んだ。


「あっはっはっは! 間一髪だったな! あと一秒遅ければ、今頃俺たちの頭は空高く舞い上がっていたぞ!」


「ひ、ひいぃ……笑い事じゃありませんよぉ……!」


 車輪が悲鳴を上げ、車体が激しく上下する。

 もしここで車輪が外れれば、すべてが水の泡だ。

 だが、そのスリルが俺の脳を最高に刺激する。


「見えたぞ、国境だ。フォルテ、このまま石橋を突破しろ!」


「承知!」


「……フォルテよ。どうだ、化け物に追いかけられている気持ちは?」


「レヴォス様! 申し訳ございませんが、今ばかりはお答えする余裕がございませんっ!」


 必死な顔で前を見据えるフォルテ。

 そうだ、それでいい。

 

 化け物に追いかけられているんだ。

 必死になって貰わねば困る。


 そして、馬車が国境の石橋を爆走する。

 背後から追ってきたゲブリが橋に足をかけた瞬間、その超重量に石橋に巨大な亀裂が入った。


 だが、石橋は崩れてはいない。

 

 そして橋を渡りきった俺たちの視界に飛び込んできたのは、鉄の絨毯――帝国軍の500万という絶望的な大軍勢だった。


「レヴォス様! 正面に帝国軍! どうすれば!?」


 フォルテの悲鳴のような問いかけに、俺は最高に愉悦に満ちた笑みを浮かべて命じた。

 

「ふむ、絶好のタイミングだ。フォルテよ、よく聞け」


「は、はい!」


「いいか、このまま……帝国軍のド真ん中に、正面から突っ込め!」


「えっ……正気ですか!? 化け物を引き連れたまま、500万の軍勢に特攻するのですか!?」


「構わん。行け」


 俺の声に、フォルテは一瞬だけ絶望の色を瞳に浮かべたが、すぐに覚悟を決めて咆哮した。

 狂気と興奮が渦巻く中、俺たちの馬車は背後に巨大な破滅を従えたまま、500万の帝国軍へと牙を剥いて突撃を開始した。

 


 

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