第17話 砂漠の邪神
「これから俺は公爵家の勤めがあるのでな。しばらく留守にする。その間、ここを任せるぞ」
「承知いたしました! レヴォス様!」
「お任せください」
「うむ! この大精霊に任されよ!」
砂漠の国『オレスフォード』へ向かう直前、俺は聖女セレス、司祭ポエテ、そして大精霊のミサミサを呼び、拠点となる塔の留守を言い渡した。
三人は居住まいを正し、力強く頷いてくれる。
(回復魔法ができるセレスちゃんを連れていきたいけど……表向きは死んだことになっている聖女セレスちゃんはを公の場に出す事は出来ないし、何より今はポエテさんと一緒に過ごしたいだろうからね。二人が笑い合っている姿を見ると、こっちまで嬉しくなっちゃうよ!)
俺は彼女たちに、本当の目的地が戦地となる『オレスフォード』であることは伏せている。
今回の遠征は、俺と執事フォルテ、そして賢者クロエの三人による、お忍びによる参戦なのだ。
「大精霊よ。グリンベルの周囲に『迷いの森』の結界を張り直しておけ。俺がいない間に、またワームのような不快な魔物が紛れ込んだら面倒だからな」
「わかった! 確かにそうじゃな。不埒な侵入者は我の力で追い返してやろう!」
「ふむ。それと俺が留守の間、これをお前に預ける」
「こ、これはっ!? 聖剣クラウトソラスではないか! よいのか!?」
差し出した聖剣を前に、ミサミサが驚愕で目を見開く。
これを腰に下げたままでは、俺が『レヴォス・ムーングレイ』であることが露呈してしまう可能性がある。
隠密行動には、この神々しすぎる輝きは少々邪魔なのだ。
「ああ。いいか、絶対に失くすなよ」
「失くすものか! むふふ、聖剣の守護なら我に任せてくれ!」
聖剣を愛おしそうに抱きしめ、恍惚な表情を浮かべる大精霊を背に、俺たちは馬車へと乗り込んだ。
だが、それはいつもの豪奢な公爵家の馬車ではない。
目立たないように手配した、古びた幌付きの荷馬車だ。
「よし、行くか。砂漠の国、オレスフォードへ」
「承知いたしました。出発いたします」
御者台に座るフォルテの合図とともに、車輪が軋んだ音を立てて回り出す。
俺は隣に座るクロエとともに、使い古されたローブのフードを深く被り、荷台の奥へと身を潜めた。
ここからオレスフォードまで、最短距離を突き進めば2日で到達できる。
今回は何としても、エルヴァンディア帝国の軍勢が到着する前に、舞台を整えなければならない。
間に合わなければ、俺の描いた『戦略』が瓦解するのだ。
――――――
「レヴォス様、間もなく『オレスフォード』の国境へと入ります」
御者席からフォルテの低い声が飛ぶ。
フォルテの服装は、いつもの洗練された執事服ではなく、砂除けのゆったりとした布の服だ。
その姿は、どこからどう見ても老練な商人にしか見えない。
グリンベル領から馬車を急がせ、険しい森と山を越えると、目の前に2本の巨大な大河が現れた。
この川を越えた先が、黄金の砂が舞う国『オレスフォード』だ。
「よし、クロエ。予定通り魔導爆薬を橋の下に設置するぞ。警備の兵に見つかるなよ」
「し、承知いたしました!」
川幅は約20メートル。
2つの川の間には30メートルほどの中州の島がある。
俺は橋の影に隠れながら、濁った水面を見つめた。
(川幅は広いけど……水深はそんなに深くないんだなぁ。底が透けて見えるってことは、だいたい水深1メートルくらいかな?)
その川に掛かる巨大な石造りの橋。
この巨大な石橋こそが帝国からオレスフォードへと渡る近道であり、帝国の『電撃進軍』を支える生命線でもある。
その巨大な橋に、俺とクロエの手によって次々と魔導爆薬が仕掛けられていく。
設置を終え、俺たちは再び馬車へと戻った。
「魔導爆薬を設置できたな。よし、このままオレスフォードに入るぞ」
「はい! しかしレヴォス様、さすがの慧眼です! この爆薬で橋を落とし、帝国の進軍を阻むのですね!?」
クロエが興奮気味に瞳を輝かせる。
だが、俺はその言葉を鼻で笑って切り捨てた。
「ふん、そんなことはせぬ。わざわざ帝国の進軍を遅らせてどうするのだ。帝国には予定通り、オレスフォードを完膚なきまでに攻めてもらわねば困るのでな」
「……え? ど、どういうことでしょうか……?」
困惑するクロエを置き去りに俺はほくそ笑みながら、馬車は進む。砂漠の地へと。
馬車は橋を渡り切り、見渡す限りの砂漠へと足を踏み入れた。
熱を帯びた乾燥した風が、砂を混じえて肌を刺す。
このヒリヒリとした感触こそが、異国に来たという実感と、これから始まる戦いへの高揚感を煽ってくれる。
「フォルテよ。お前は戦争の経験があったな?」
「はい。一兵士としての従軍ではございますが、死線の潜り方は心得ております」
「それで十分だ。開戦後、兵士たちが極限状態でどのような心理に陥るか。その『崩れる瞬間』を俺に教えろ」
「承知いたしました。その眼、しかと務めさせていただきます」
今回エルヴァンディア帝国が、この小国であるオレスフォードを狙う理由はただ一つ。
それはオレスフォードの街に眠る『邪神』の力。
魔法省の老いぼれたちが、その強大な力に目が眩んで国攻めを具申したのだ。
だが、滑稽なことに奴らは何も分かっていない。
正確には『邪神』でも何でもなく、『邪神』の正体は古代に封印された巨大なモンスターだ。
原作ゲームでは、荒廃した『オレスフォード』の街に君臨する巨大モンスターを討伐するシナリオが存在する。
要は帝国はオレスフォードを攻めたものの、『邪神』を不用意に復活させた挙げ句、制御できずに逃げ出し『邪神』は放置されることになるのだ。
(全く、身勝手な話だよ。強大な力を求めて他国を滅ぼし、最後は「手に負えない」で放り出すなんて。救われない人たちを量産するだけの茶番だよ。……まあ、それがこの世界の理不尽さなんだろうけどさ)
だからこそ、俺がこの茶番に介入する。
俺が考えた今回の作戦はこうだ。
まず、帝国にオレスフォードを攻めさせる。
だが戦争の最中に、俺が意図的に『邪神』を復活させ、帝国もオレスフォードも含めて阿鼻叫喚の地獄へと変える。
『邪神』こと、巨大モンスターは、でかいスカラベ。コガネムシだ。
そのモンスターの名前は『ゲブリ』。
『ゲブリ』の皮膚は、斬撃も魔法も通さない無敵の装甲だ。
古代の人間は、どうしようもなくなった『ゲブリ』を封印することになったのだから。
『ゲブリ』への対抗手段が無い、絶望した帝国軍は間違いなく退却を選ぶだろう。
そこが、俺の仕掛けた罠だ。
設置した魔導爆薬で橋を破壊し、帝国軍の退路を完全に断つ!
オレスフォードという国は混乱に陥るだろう。
逃げ場を失った500万の帝国兵は、オレスフォードに残留。
そして目の前では古の邪神が復活し、街を蹂躙しているのだ。
その混乱のど真ん中で、俺は王子ヒルン・イロンダルに救いの手を差し伸べるのだ。
ゲブリの倒し方は、事前の準備をしておけば簡単だ。
ゲブリは守り神の石像として、街の中央に鎮座している。
まさか住人たちも、ゲブリの石像が古代に封印されたモンスターだという事を知らない。
あらかじめゲブリの口の中――石像の状態の時に爆薬をセットしておけば、復活した瞬間に内側から木っ端微塵にできる。
体内への攻撃こそが、あの怪物の唯一の弱点だからな。
(なんて効率的な討伐なんだ! 復活してしまった後にゲブリの弱点である体内への攻撃は大変だけど、石像の時点で爆薬をセットしてしまえば楽勝でしょ!)
自分自身の完璧な策に、心の中で笑いが止まらない。
だが……油断は禁物だ。
何せ、懐柔するのは軍師ヒロン・イロンダル。
三国志で言うなら、諸葛亮孔明くらいのポジション。
未だ、その才は目覚めていないはず。
今はまだ才能が開花していないただの王子だが、その本質を侮れば足元を救われる。
「レヴォス様。街が見えてまいりました」
俺が作戦を頭の中で思案中、フォルテの声が聞こえた。
フォルテの声に顔を上げると、砂塵の向こうに巨大なオアシス都市が姿を現した。
砂漠の街、エドテア。
驚くべきは、その景観だ。
砂漠の真ん中に、突如としてアジアンテイストな……いや、前世の記憶にある『江戸』そのものの和風建築が立ち並んでいる。
というか、ほぼ江戸のような日本だ。
俺の今回の目的のひとつでもある。
「……街に入ったら、すぐに食事へ向かうぞ。英気を養わねばならんからな」
「お食事ですか? 承知いたしました。砂漠の滋養強壮に効くものを探しましょう」
「いいですね! 私、緊張でお腹が空いて死にそうでした!」
クロエが頬を緩める。
実は、このエドテアでどうしても堪能したいものがあった。
この江戸情緒溢れる街並みで供される、究極の一品。
そう、それは……『寿司』に決まっている!
(でも、砂漠で獲れる魚の寿司ってなんなんだろう……? 楽しみだけど……なんか不安なんだよなぁ……)




