第16話 反乱軍の軍師
数日前の出来事だ。
俺の領地となったグリンベルで、世にも奇妙な光景が繰り広げられていたのだ。
「ゴブリン族でス。よろしくおねがいしまス!」
「オいらたちはコボルト族です。仲良くシてください!」
膝をつき、必死に頭を下げる魔物たち。
このグリンベルの住人に対する、あまりに唐突で、あまりに腰の低い挨拶。
俺は、この世界の『理』を一つ見落としていたのだ。
魔物の家宝を譲り受けるということは、彼らにとって絶対的な忠誠の儀式。
つまり、受け取った俺は奴らの主として君臨することを意味していた。
だが、俺以上に予想外だったのは、グリンベルの住人たちの反応だ。
魔物の出現に悲鳴を上げ、うろたえると思いきや――
「おう! よく来たな、よろしくな!」
「あらあら、この子たち、モフモフしてて可愛らしいわねぇ!」
返ってきたのは、拍子抜けするほどの歓迎ムードだった。
この連中、いくらなんでもおおらかすぎやしないか?
いや、確かにゴブリンは子どものような見た目だし、コボルトは愛嬌のある犬獣人だ。
凶悪な見た目をしていないのが救いだったのだろう。
これがもし、腐臭を放つゾンビやカタカタと骨を鳴らすスケルトンだったら、今頃は大反対にあったに違いない。
だが、一応の釘は刺しておく必要がある。
「ふむ、念のため確認しておくが、お前らは魔物の住人でも構わないというのだな?」
「もちろんです、レヴォス様! レヴォス様が決断されたことなら、俺たちは何だって受け入れますよ!」
(ええええ……それでええんかいな。でも、手間が省けてよかったかも。モンスターと一緒に住めないとか言われるより、笑って迎え入れてくれる方が嬉しいもんね!)
安堵の息を漏らしつつも、俺の思考は別の問題に集中していた。
(『エル戦』ってモンスターが仲間になる仕様なんて無いんだよなぁ。これは俺が悪役だから魔物が仲間になるのかな? であれば……めっちゃラッキーでは?!)
ワームのように、知性もなく見境なしに襲ってくる個体は論外だ。
だが、集団生活を営み、言語を解するゴブリンやコボルトのような種族を軍勢に組み込めるのなら、戦略の幅は劇的に広がる。
吸血鬼、人狼、あるいは言葉を操る竜種など。
今後、言葉を話す魔物が現れたら、まずは『対話』を試みる価値がありそうだ。
――――――
それからのグリンベルの発展は、目を見張るものがあった。
コボルトたちはその鋭い嗅覚と俊敏さを活かし、森での狩りや有用な野草の採取で食料事情を劇的に改善した。
一方のゴブリンたちは、驚くべきことに建築の基礎技術を備えていた。
木材の伐採から加工まで、彼らの働きは並の人間を凌駕する。
「くくく……実にいい。思わぬ収穫だ。これなら、グリンベルの復興は予想以上の速度で進むだろう」
俺は自室の窓から、魔物と人間が混じって汗を流す光景を眺め、口角を吊り上げていた。
本来、物語の『主人公』が手に入れるはずだった『リソース』は、着々と俺の手に落ちている。
主人公の剣の師匠フォルテ、賢者クロエ、聖者セレス。
俺の命を奪うはずだった聖剣クラウトソラス。
そして、この広大なグリンベルの領地と、異能を持つ魔物の軍勢。
これだけの基盤を固め、さらなる軍備を拡充していけば、たとえ破滅の運命の歯車が回りだしても、主人公に後れを取る要素など無いだろう。
だが……油断は禁物だ。
油断は死に直結する。
『破滅』という名の次なる課題は、もう目の前まで迫っているのだ。
「レヴォス様、王都より戻りました」
扉が開くと同時に、フォルテとクロエが姿を現した。
数日前から、フォルテとクロエには王都へ潜入し、帝国の動向を探らせていたのだ。
「レヴォス様のご懸念通り、帝国内では大規模な軍備が開始されております。大量の武器、食料が運び込まれ、各地から貴族たちの私兵が集結していました。あの熱気……ただ事ではありません」
「そうか……ご苦労だった。下がって良いぞ」
俺はその報告で確信を得た。
エルヴァンディア帝国に隣接する、広大な砂漠の国『オレスフォード』。
まもなく、エルヴァンディア帝国はこの隣国に対し、電撃的な侵略を開始する。
そして、わずか1ヶ月という短期間で、一つの国家を地図上から消し去ってしまうのだ。
帝国の戦力は、圧倒的な500万。
対するオレスフォードは、わずか20万。
戦う前から結果は見えている、残虐な一方通行の戦争だ。
だが、この悲劇の裏で一人の男が立ち上がる。
国を焼かれ、家族を失い、復讐の鬼と化してエルヴァンディア帝国の山中に盗賊として潜伏する『オレスフォード』の王子。
後に主人公と出会い、ともに妥当帝国として仲間となる。
『オレスフォード』の元王子。
その類まれなる軍略で反乱軍を勝利へと導く天才軍師――ヒルン・イロンダル。
原作ゲームの開始時点では、ヒルンはすでに『亡国の王子』として盗賊紛いの生活を送っていた。
しかし、今はまだ俺が14歳の時点。
歴史が動くのは、まさに『これから』なのだ。
「レヴォス様、ひとつよろしいでしょうか?」
報告を終えたクロエが、不安げに眉をひそめて尋ねてくる。
「なんだ?」
「帝国の開戦準備が事実だとして、レヴォス様はこれからどう動かれるおつもりなのですか? その……何か、常人には計り知れない思惑があるのでしょう?」
クロエの疑問は無理もない。
いきなり「戦争が始まるから様子を見てこい」と言われ、その通りになったのだ。
俺が何を企んでいるのか、探りたくなるのも当然だろう。
「俺も、この戦争に参戦する」
「なっ……!? しかし、レヴォス様はまだ14歳。もしや、父君であるグランディア様からの出陣要請があったのですか?」
俺の父、グランディア・ムーングレイ。
あの男なら、騎士団の統括として嬉々として戦地へ赴くだろう。
だが、あの傲慢な男が、目障りな息子に武功を立てるチャンスを与えるはずがない。
万が一、俺が何か武功を立てようとしたら、それはグランディアにとって邪魔なだけなのだ。
「いや、父上からの連絡などないし、必要もない。これは俺の独断だ。むしろ、俺の参戦は父上に悟られては困るのでな」
「それは……どういう意味でしょうか? 戦場に赴けば、嫌でも噂は広まりますし、いずれは耳に入るかと……」
「父上どころではない。エルヴァンディア帝国の誰一人として、俺が戦場にいることを知られてはならんのだ」
俺の言葉に、フォルテとクロエが困惑したように顔を見合わせた。
無理もない。参戦しながら正体を隠し通すなど、矛盾している。
「誰一人……ですか? 参戦される上で、そんなことは可能なのでしょうか……?」
フォルテとクロエは狐につままれたような顔で、まるで状況を分かっていない。
この二人には、俺と一緒に従軍してもらう必要がある。
真実を隠しておく理由はない。
だから、この二人だけには伝えておこう。
「いいか、一度しか言わん。これからエルヴァンディア帝国は隣国、砂漠の地の『オレスフォード国』を蹂躙するつもりだ。500万の帝国と、オレスフォード国は20万の圧倒的な兵力差。オレスフォードは一瞬で灰になるだろう」
「……なんと……」
フォルテたちが俺の言葉にごくりと唾を呑み込む音が、静かな室内に響く。
緊張で空気が張り詰める。
「だからこそ、俺はこの狂った侵略戦争に参加するのだ」
「なるほど……それだけの兵力差があれば、確かにレヴォス様が参戦しても安全そうですね」
クロエがほっと安堵の息を漏らす。
だが、甘い。甘すぎるぞ、クロエ。
「安全だと? 勘違いするな。俺が味方するのは、帝国ではない。『オレスフォード国』側として参戦するのだ」
「……え? レヴォス様、今……なんとおっしゃいました……?」
クロエの顔から、一気に血の気が引いていく。
フォルテに至っては、驚愕のあまり硬直していた。
「一度しか言わんと言ったはずだ。帝国に顔が割れれば、その瞬間に俺たちは反逆罪で処刑台行きだ。絶対に悟られるわけにはいかん。……お前たち2人には、地獄の底まで付き合ってもらうぞ」
俺は、悪役らしく不敵にニヤリと笑ってみせた。
心臓が早鐘を打ち、全身が熱い。
帝国を敵に回すという狂気に、恐怖よりもむしろ、抑えきれない高揚感が全身を駆け巡っていた。
だが、目の前のフォルテとクロエはあまりの衝撃に、一言も発することができずに立ち尽くしていた。




