第15話 魔物の襲来と服従、魔王への道
「ふむ……これが『休暇』というものか」
新たな居住区である塔の自室の椅子に深く腰掛け、俺は天井を見上げていた。
前世の記憶が戻って以来、死を回避するために奔走し続けてきた俺にとって、何も予定のない時間はあまりに異質だった。
執事のフォルテにも暇を出してあるため、静寂が耳に痛い。
(どうしよう、これと言ってすることが無い。う~ん、二度寝しようかな? ……いや、せっかくの休日だ。皆がどう過ごしているか、見て回るとしよう!)
塔の階段を、カツカツと小気味よい音を立てて下り、一階の広間へと向かう。
「ん? この匂いは……調理場からか」
鼻腔をくすぐる香ばしい香りに誘われ、調理場を覗き見る。
そこではポエテとセレスが並んで立っていた。
(二人とも、なんて良い笑顔なんだ。まるで本物の親子のようじゃないか!)
聖女としての重圧から解放されたセレスが、少女らしい柔らかな表情で包丁を握っている。
「そうそう、セレス。この食材はいちょう切り。こっちはひと口大に。自分の指を切らないように気を付けてね」
「うん、分かった! 今日はたくさん作って、皆を驚かせようね!」
かつての悲愴に満ちた姿はもうない。
その光景に俺は彼女たちの邪魔をしないよう、音を立てずにその場を去った。
塔の外へ出ると、今度は鋭い風切り音が聞こえてきた。
フォルテだ。
「せいっ! はっ! せいっ!」
上半身の服を脱ぎ捨て、滴る汗も拭わずに重そうな木剣を振るっている。
無駄のない洗練された動作。
そのストイックな姿勢に、俺は呆れを通り越して思わず、こめかみを押さえて溜息をついた。
(休みの日まで修練なんて、フォルテさんらしいというか……もしかして、この人は『休養』という概念を知らないのだろうか? 今度、無理やりにでも遊びに連れ出して、休暇のいろはを教える必要があるのかもしれないなぁ……)
周りを見渡すと冒険者達も、それぞれ好きな事をしている。
草むらに寝転び日向ぼっこをしている者、近くの川辺で釣りをしている者、余りの木材で木彫りをしている者など。
穏やかな昼下がり。
平和そのものの光景――だが、その平穏は唐突に破られた。
「おい! 大変じゃ! こっちの方に魔物が近寄ってきておるぞ!」
大精霊のミサミサが、血相を変えて駆け寄ってきた。
「魔物だと? なぜ分かった」
「我はこの森に居れば、ある程度は周囲の気配が分かるんじゃ! 不浄な気配がこちらに向かっておる。数刻もしないうちに、ここへ到達してしまうぞ!」
魔物の襲来……ちょうどいい暇つぶしになりそうだ。
他のものは休暇中。
であれば……今の俺が一人でどこまでやれるのか、試しておきたい。
「俺一人で迎撃する。案内しろ」
「お、お主ひとりでか!? 正気か!?」
「案ずるな。他の者に気取られるなよ。さっさと行くぞ」
俺は聖剣クラウトソラスを手に、驚愕に目を見開くミサミサを急かしながら森の奥へと静かに跳ねた。
――――――
「で、何の魔物が攻めて来ているんだ? 数も分かるものなのか」
「何の魔物かは分からんが、数は……50を超えるな」
50か……相手次第だな。
これがゲーム後半の強力な個体であれば厄介だ。
だが――楽しみでしょうがない!
魔物との戦闘は、これが初めてなのだ。
「むっ! 来るぞ!」
ミサミサの警告と同時に、ドタドタという無遠慮な足音が森に響き渡った。
現れたのは、人間よりも背が低い細身の緑色の肌。ゴブリン。
そして犬の頭部を持つ獣人コボルトの混成部隊だった。
その数は、およそ60。
魔物たちは俺の姿を見るなり、錆びた剣や粗末な棍棒を構えて威嚇してくる。
……だが、それを見た瞬間、俺の期待感は急速にしぼんでいった。
「はぁ……なんだ、ただの雑魚か。興ざめだな」
ガッカリだ。あまりの期待外れに、俺は肩を落として深い溜息を吐き出した。
『エル戦』におけるゴブリンやコボルトは、序盤の経験値稼ぎ用の雑魚であり、なんならマスコット的な愛嬌すらある存在だ。
例えるなら、ゴブリンはボーイッシュな女の子ような見た目というか。
そしてコボルトは、犬のモフモフ感がそのままである。
しかし、せっかく自分の強さを確認したかったのに、こんな雑魚では駄目だ。
「なんだお前ェ!?」
「い、いきなり雑魚とはなんダ! 人間メ!」
魔物たちは威勢よく吠えるが、その手足はガタガタと震えている。
俺は呆れを通り越し、少しばかり同情の念すら湧いてきた。
鼻を鳴らして、手にした剣を軽く振る。
「おいお前ら……そんななまくらが武器のつもりか? そもそも、その程度の数で我が領地を襲おうと考えたのか?」
「知るカ! お前なんカ……そ、それよリ……!」
魔物たちの様子がおかしい。
俺を恐れているというより、背後にある『何か』に怯えている。
隣のミサミサが、鋭い声を上げた。
「おい、何か巨大なものが来るぞ!」
森の奥で、巨木がなぎ倒される凄まじい破壊音が響き渡った。
轟音と共に地面が揺れ、魔物たちが悲鳴を上げて四散する。
「ヒイィ! 来たァ!?」
「逃げロ! 食われるゾ!」
木々を粉砕しながら姿を現したのは、巨大な蛇のような怪物を思わせる『ワーム』だった。
大型バスほどの太さがある胴体、目も鼻もなく、人間を10人は同時に飲み込めそうな巨大な口が、醜悪に蠢いている。
だが、その顔には目も鼻もなく、ただ大きな口だけが開いていた。
蛇というよりもミミズや寄生虫といった方が近いか。
「な、なんじゃこのおぞましい生き物は!?」
「……なるほど、『ワーム』か。ようやく骨のありそうな奴が出てきたな。……いや、ミミズに骨はないか」
ゴブリンたちはこいつに追われていたわけか。
だが、ようやく訪れた『実戦』の機会に、全身の細胞が歓喜に震えるのを感じる。
「一発本気でやってみるか。簡単に死ぬなよ!」
俺は大地を爆発させるような勢いで跳躍し、ワームの脳天へと肉薄した。
「うおぉぉ!!!」
聖剣クラレントソラスを全力で振り下ろす。
手加減など微塵もしない。
――グッシャァァァァッ!!
肉を断つ感触。
ワームの巨体は縦に両断され、体液を撒き散らしながら瞬時に爆散した。
「……は? 一撃かよ……」
一発で終わってしまった。あまりにあっけない。
俺は自分の手のひらを見つめた。
聖剣の性能が異常なのか、俺自身のスペックが想定を超えているのか。
せっかくの強敵だと思ったのに、これではただの素振りだ。
「所詮は図体がデカいだけのミミズか。無駄に期待させおって」
「お、お主……子どものくせに、とんでもない化け物じゃな……!」
木の陰から様子を伺っていたミサミサが、戦慄した面持ちで駆け寄ってくる。
――ドドドドドッ!!
地面から突き上げるような震動。
それはミサミサの足元へと急速に迫っていた。
「チィ!」
「えっ、なんじゃ!?」
俺は反射的にミサミサの身体を抱きかかえ、全力で上空へと跳ね上がった。
バクンッ!
直後、地面が爆発したかのように弾け、二体目のワームが巨大な口を広げて現れた。
先ほどミサミサがいた場所を、土壌ごと丸呑みにしている。
「ヒ、ヒェェェェェエッ!? 食べられるところじゃった!?」
「ワームは群れで動くのが基本だ。それに、地面の中こそが奴らの土俵だからな。……しっかり掴まってろ!」
恐怖に震えるミサミサを左腕で抱き寄せ、右手の聖剣に力を込めて握る。
俺が着地する瞬間を狙おうと、地中のワームが首をもたげた。
「……消え失せろ」
空中での一閃。
真空を切り裂くような剣筋が、ワームをミンチへと変え、森の奥へと吹き飛ばした。
静かに着地し、腕の中のミサミサを地面に降ろす。
「すまぬな……危うく、一飲みされるところじゃったわい。しかし、こんな気味悪いものが、迷いの森には近づいたことは無かったぞ……」
「そうか、おそらく結界を解いたからだろうな。環境の変化は魔物の生態も変えるのだろう」
ふと視線を向ければ、木の陰からゴブリンやコボルトたちが、こちらを畏怖の眼差しで見つめていた。
その瞳に、もはや戦意の欠片もない。
「貴様ら。ミミズは仕留めた。用がないならさっさと立ち去れ。二度とこの場所に近づくな」
「……あ、あノ!」
1匹のゴブリンが、震える足で進み出てきた。
ゴブリンは地べたに額を擦りつけるようにして、震える声で叫んだ。
「その強さ、もしや……魔王様ではないでしょうカ!?」
「……俺は魔王ではない。人間を辞めたつもりはないのでな」
(魔王、か。いや、確かにスペックだけ見たら魔王以上ではあるんだけど)
「あの……我らはあの巨大な化け物に住み家を追われいたのでス。助けて頂いてお礼をさせていただきたイ!」
……まさか魔物に感謝されるとは。
想定外の展開に、わずかに肩の力が抜けていく。
「そんなものはいい。さっさと消えろ」
「こ、これを受け取って頂きたいのでス!」
ゴブリンが差し出してきたのは、手作りのペンダントだった。
木の蔦や、木彫りの中に小さな宝石のようなものが埋め込まれている。
「いらん」
「どうカ! どうカ受け取って頂きたイ!」
「いらんと言っている」
必死に涙を浮かべて訴えるゴブリン。
その背後では、コボルトたちまでが祈るように手を合わせている。
そのひたむきな姿に、俺は「やれやれ」と額を押さえ、深いため息を吐いた。
「……分かった。受け取ればいいんだろう。それを受け取ったら、さっさと立ち去れ!」
「おオっ!」
俺がぶっきらぼうにペンダントを受け取ると、至る所からゴブリンとコボルトたちの歓喜の咆哮が上がった。
「我らの宝を受け取って頂き、ありがとうございまス! 古からの習わし通り、これよりあなた様を我らの首長とし、一生付き従いまス!」
60匹のゴブリンとコボルトが一斉に俺の前に膝をつき、恭しく頭を垂れた。
(……は? 首長? 一生、付き従う……? え、何それ……?)
手に残る粗末なペンダントの感触と、目の前の異様な光景。
原作にはない展開。
これは新たな破滅フラグなのだろうか……?
いやしかし、だ。
(こんなに可愛らしいゴブリンやコボルトが仲間になるなら……有りだ! 最高すぎる!)
こうして俺の領地に、新たな種族が仲間に加わったのだった。




