第120話 カジノ都市:ガンティーノ
ついに今日、到着する。
今回の旅における主要な目的の一つ。
俺は馬車の窓から身を乗り出し、前方を見やった。
視界の先には、広大な湖。
そこには、湖の中央にある都市へと続く巨大な橋が長く伸びていた。
そして、その先の巨大な街。
カジノ都市、ガンティーノだ。
「そろそろ街に入る。いいか、決して問題を起こすなよ」
皆がこくりと頷く。
だが、ひとりだけ厄介な奴がいる。
魔族のジクナだ。
「ジクナ。こっちへ来い」
「なんだぁ? 食べ物でもくれるのか?」
ジクナは緊張感の欠片もない様子で近づいてくる。
俺は無言でその肩を掴み、魔力を込めた。
「ジクナ、よく聞け。『街では大人しくしてろ』だ。……いいな?」
俺の『血の魔法』による強制力が走る。
ジクナは俺の魔力に反応し、身体をビクっと震わせた。
「あのなぁ! そんな事、私だって言われなくても分かってるよぉ!」
「……本当に分かっているのか?」
「当たり前だ! 街に入ったら、気に入らない奴をぶん殴るのは5人までって決めてるからな!」
……ダメだコイツ。
やはり『血の魔法』による制約をかけておいて正解だったな。
――――――
ほどなくして、俺たちは街の門をくぐった。
馬車を預け、今日からは久しぶりのホテル宿泊だ。
「す、すごい街ですね……!」
「噂には聞いていましたが、こんな場所が本当にあるなんて……!」
ルナリアとクロエが、圧倒された様子でカジノ都市を見上げている。
その口は開きっぱなしだ。
カジノ都市ガンディーノ。
街の中央には天を衝くような巨塔がそびえ立っている。
夜空さえも黄金の輝きで塗りつぶすほどの、過剰なまでの煌びやかさ。
空飛ぶ遊具が宙を舞い、人々のにぎやかな喧騒が絶え間なく聞こえる。
それはまるで湖の中央に突如現れた、神の気まぐれが生んだ巨大な宝石箱のようだ。
「まず、最初に行く場所がある。この街にはドレスコードがあるからな」
「ドレスコード、ですか?」
ルナリアは首を傾げ、何のことだかさっぱり分からないという顔をしている。
俺たちは街に併設された高級服飾店へと入り、各自を店員に任せた。
俺は店員が持ってきた黒のジャケットに身を包んだ。
黒のネクタイを締め、髪をかき上げてオールバックにする。
店を出て他の連中を待っていると、見知らぬ女たちに何度か声をかけられた。
だが、連れがいると冷たく突き放し、追い払う。
「レヴォス様、さすがにございます。その佇まい、まさに支配者の風格」
「フォルテ、世辞はいい。それより他の者はどうだ?」
「すぐにいらっしゃるかと思います」
噂をすれば、だ。
すぐにルナリア、クロエ、ジクナが姿を現した。
ルナリアは慣れないヒールに頬を赤らめつつ、何層ものフリルが蝶のように舞う深紅のドレス。
クロエは煌びやかなシャンデリアにも負けない、深いスリットから大胆に脚を覗かせる大人びた漆黒のタイトドレス。
ジクナに至っては普段の活発な印象を封印し、透き通るような白のシルクが細い肢体をなぞる、背中の大きく開いたバックレスドレス。
三人は俺の視線に気づくと、おずおずとした足取りで近づいてきた。
いつもの騒がしさは消え、隠しきれない照れが全身から溢れ出している。
……まったく、気を遣う奴らだ。
「お前ら、よく似合っているな」
俺が投げかけた言葉は、そんなシンプルな一言。
だが、その瞬間に三人の表情は、まるで花が咲いたように明るくなった。
「そ、そうですかね……! 嬉しいですっ!」
「レヴォス様に気に入って頂けたなら、着替えた甲斐がありました!」
「へへ……そうかなぁ! ちょっとスースーするけど、悪くないかも!」
満足そうな3人。
そこへ、フォルテがニャスパルを連れて戻ってきた。
ニャスパルの首にも、リボンを巻かれている。
「ニャスパル、お前も似合っているぞ」
「んなーお!」
ニャスパルは満足そうに喉を鳴らし、俺の足元で円を描くように歩いた。
そして、俺たちが行くのは……カジノだ。
だが、今日はあくまで視察。
俺たちはカジノゾーンへと進みやる。
そこは一歩足を踏み入れれば、鼓膜を揺らす大歓声。
メダルやスロットの音、悲鳴や歓喜の声が重なり合い、熱狂の渦が押し寄せる。
天井まで届きそうな噴水が色とりどりのライトの光を浴び、空を舞う紙吹雪が非日常の始まりを告げていた。
3人は口をあんぐりと開けたまま、その迫力に圧倒されて棒立ちになっている。
「フォルテ、こいつらにカジノを教えてやれ。金は必要なだけ使っていい。これも社会勉強だ」
「承知いたしました。皆さま、では私がご案内いたします。実際にいくつか試してみましょう」
フォルテの後を、三人と一匹がアヒルの親子のように連なって歩いていく。
それを見送り、俺は一人、喧騒の中へと踏み出した。
俺には、やることがある。
このカジノはルーレットやカード、スロットなどの一般的なものがあった。
さらには幾つかの目玉コンテンツも存在する。
掛け金が通常の1000倍の特殊な高レートのスロット。その名も『スワンプ』。
一度当たりを引けば、蓄積されたジャックポットによって莫大な富が転がり込むという。
他には、闘技場。
4人でのバトルロイヤルで、誰が勝者かを決めて賭ける。
命こそは奪い合わない、一種の格闘技イベントだ。
他にもたくさんのコンテンツが存在する。
だが、俺が目をやったのはカジノ内の至る所に配置された特殊なクリスタルだ。
ここでは、魔法を使うとクリスタルに光が灯る。
イカサマ防止のため、魔法の使用が禁止されているのだ。
カジノに来て、ギャンブルに興じるのも悪くはない。
だが俺が最初に行うのは、この監視クリスタルの攻略だ。
俺が手に入れたいのは、目の前の小銭ではない。
俺が奪うのは、この都市そのもの。
カジノ都市ガンティーノ。
ここを俺の物にするために、ここへ来たのだ。




