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第117話 馬車での初日


 

 馬車の揺れの中、俺はクロエに向けて『血の魔法』について説明した。

 この移動時間を利用して、俺の血と魔族であるジクナを縛る主従の因果関係を解き明かしたかったからだ。

 

「な、なるほど……しかし、その『血の魔法』はあまりに未知過ぎます……それに、レヴォス様の血を中身を研究するとなると、相応の危険も伴うと思います」


 クロエは未知の魔法に対する強い警戒心と困惑から、眉間に深くシワを寄せて首を横に振った。

 だが、その瞳の奥には、魔導研究者としての抑えきれない好奇心の炎がメラメラと燃え盛っているのが分かる。


「ですが、興味は尽きません! レヴォス様の命令をジクナさんが強制的に聞いてしまうというその現象を、ぜひこの目で確認させて貰えませんか!?」


 興奮を抑えきれず、クロエは身を乗り出して俺の腕を掴み、ブンブンと激しく揺さぶった。

 

「ま、またあれをやるのかぁ……?」

 

 ジクナが怯えて身を震わせいる。

 

 ジクナ、何か勘違いをしていないか?

 

「え、なんかジクナさん、怯えてますけど……そんなに危険を伴うものだったんですか!?」

 

「ひ、ひどいんだぞ、レヴォス様は! 私は椅子にガッチリと縛られて身動きをとれなくされて……それで、好きなようにされたんだぁ!」

 

 くすぐり地獄で悶絶させたのはルナリアなのだが?

 それにあれは『血の魔法』とは関係ないが?

 

「レヴォス様! ど、どういうことですか!?」


 クロエが顔を真っ赤に染めて、ずいと顔を近づけてきた。

 その鼻息は荒く、フンフンと音が聞こえそうなほどだ。


「レヴォス様! なんてうらやましい……じゃなかった! その……! 試しに、私にも同じことをしてください! 今、すぐに!」


 クロエは前のめりになって俺の胸ぐらを掴み、激しくまくし立ててきた。

 

 ふむ。やはりクロエは研究者の血がたぎっているのか。

 これほどまでに、未知の魔法が気になっているようだ。

 

 だが俺は冷静にクロエの手を外しながら、冷ややかに視線を向けた。

 

「クロエ、落ち着け。今ジクナが言った事は、ただルナリアが執拗にくすぐっていただけだ」

 

「……え? くすぐり、ですか?」

 

「ああ。お前も、ルナリアにくすぐってもらいたいのか?」

 

「え……いえ、それは遠慮しておきます……」


 勘違いを悟ったクロエは、急速に恥ずかしさがこみ上げてきたのか、顔を手で覆って静かに着席した。


「さて、本題に戻ろう。ジクナへの『血の魔法』による命令を、実際にやってみるか」


「うへぇ、やっぱりやるのかぁ? 私の影だってレヴォス様に封印されてるんだ。少しは自由にさせてくれよ~」


「影? 影ってなんですか?」


 新たな未知の単語に、クロエはまたしても好奇心を爆発させ、目をキラキラと輝かせてジクナに詰め寄った。


「ジクナは魔族だからな。魔族の固有能力で、影を操ることができる。影を武器にしたり、影の中を移動したりな」


「え!? 影の中を移動ですか!? ぜ、ぜひ見たいのですが!」


 クロエは興奮状態のまま身を乗り出してジクナに迫った。

 

 まあ、『血の魔法』の制限を一時的に解除しつつ、魔族の固有能力を研究してもらうのも悪くはない。


「ふむ。ではジクナ。影の移動だけ許可する。だが、この馬車の中だけだ。そして悪さに使うな。分かったな?」


「へいへい……お! なんか、影の力が戻って来た気がするぞ! さっそくやってみるか! よく見てろよ!」


 ジクナは嬉しさのあまりか、満面の笑みを浮かべてその場で小躍りした。

 

 そして次の瞬間、バサっと派手な音を立てて身につけていた服を脱ぎ捨てた。

 いきなりのストリップショーだったので、さすがの俺も制止できなかった。


「ひえ!? ジクナさん、なんで全裸になってるんですか!?」


 予想外の光景に、クロエは驚きと恥ずかしさから両手で顔を覆って叫んだ。


「なんでって? 影の中を移動するには、服が邪魔だからな!」


 ジクナは自信満々に胸を張ると、足元の影にズブズブと吸い込まれるように消えた。

 そして、瞬時にクロエの背後に現われたのだ。


 ツンツンと、クロエの肩を叩くジクナ。


「ひゃあ!? ほんとに移動した!? す、すごい!」


「へっへーん! そりゃな! すごいだろ! ……って、うわ!?」


 ジクナが鼻高々に自慢していると、ルナリアがずいとジクナに服を無理やり押し付けていた。

 ルナリアの表情が、若干怒っているようにも見える。


「さっさと服を着てください! そのブルンブルンしているものを、一刻も早く収めてください! ね!? クロエ先生!」


「え……? ブルンブルン……? そうかな、普通じゃない?」


 クロエは自分の胸に手を当てて確かめながら、無慈悲な返答をルナリアに返していた。


「ク、クロエ先生まで!? く、ここでは私は圧倒的に不利だ……」


 ルナリアは絶望に打ちひしがれ、ガックリと両膝を突いて床に手をついていた。


 ……こいつらは、一体何を言い合っているんだ?


 俺が呆れ果てていると、突然馬車が停車した。

 窓の外を見ると、夕暮れの赤い空が消え去り夜の帳が下り始めているところだった。


 なるほど。

 今日はここで野宿……いや、宿泊か。


 この馬車は、フォルテのいる御者室から、ここの居住スペースの中に直通で入る手段が無い。

 ゆえに、フォルテは馬をとめ、一度御者室から降りてから馬車の扉をあけねばならないのだ。

 面倒だとは思うが、フォルテのプライベートな一室を確保するための設計だから仕方がない。


 やがて、馬車の扉が静かに開いた。


「レヴォス様、皆さま。そろそろ夕飯の支度をしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


「あ、私、作りますよ!」


 クロエが張り切った声を上げていた。


「わ、私も作らせてください!」


 さらにルナリアも負けじと声を上げる。

 フォルテが、どうすべきかと俺に伺うような視線を合わせてくる。

 

「いいだろう。二人に作ってもらうとする。フォルテ、俺たちは屋上のテラスの用意だ。ジクナ、お前も手伝え」


「はっ、承知いたしました」


「ええ~。私も働くのかぁ?」

 

 ジクナは面倒くさそうに肩を落としたが、俺の命令には逆らえない。

 それからというもの、屋上のテラスにテーブルと椅子、ランタンを用意した。

 やがて運ばれてきた夕飯を、テラスにて食す。

 

 辺りは静かな森だが、高いテラスの上ということもあり、魔物や外敵から襲撃されにくい構造になっている。

 さらに、折り畳み式の腰までの高さの頑丈な防護壁もある。これなら安全だ。

 

「なんか、凄く素敵ですね!」


 ルナリアは料理に舌鼓を打ちながら、嬉しそうに目を輝かせてはしゃいでいる。


「本当ですね。こんな森の中で安全に美味しい食事ができるなんて、まるで夢のようです」


 クロエも満足げに微笑みながら、スープを口に運んだ。

 それから他愛のない会話を交わしながら夕飯を食べ終えた俺たちは、各自馬車内のシャワーを浴びて、サッパリとした身体で就寝時間を迎えた。


 フォルテは御者室へ戻ったのだが、ここで一つ問題が起きた。

 寝室に入った俺たちの前に立ちはだかる現実。

 寝室のベッドは、3つしかない。

 

 対して、俺、クロエ、ジクナ。そして密航者のルナリアの計4人だ。


「はぁ……まったく」


 俺はリビングのソファで寝るか。

 そう思って踵を返した、その時。

 ガシっと俺の腕が力強く掴まれた。


「なぁレヴォス様。4人いるからって、ひとりでそっちに寝るつもりかぁ?」


 不満げに唇を尖らせて俺を引き止めたのは、なんとジクナだった。

 

「仕方がないだろう。ベッドの数に対して人数を超えているのだからな」


「わ、私が勝手についてきたのですし、私がソファで寝ます!」


 ルナリアが焦ったような声を出し、申し訳なさそうに身を縮こまらせた。


「いえ、私がそちらで寝ます!」


 ……クロエまでが自分がソファで寝ると言い出す始末だ。

 

 だが、俺よりも小さな身体のこいつらに、冷たいソファで寝かせるつもりはない。


「よい。お前たちはベッドで寝ていろ。気にするな」


「なぁなぁ、こうすれば解決するんじゃないかぁ?」


 ジクナはそういって、ベッドを力任せに動かして隙間なくピタリと詰めた。

 さらに、開いた隙間に頑丈な箱を置き、その上にふかふかのクッションを敷き詰めたのだ。


 その上に、ジクナがポンと飛び乗る。


「ほらほら! これで解決だろ! さっさと寝ようぜ!」


 大きさ的には、小さなベッドが3.5個分といったところか。

 4人でも、寝られない事はないだろうが……


「レヴォス様! 寝ましょう! 私は身体が小さいですし、レヴォス様と一緒に寝たいです!」


 ルナリアが頬を赤らめながらも、俺の手をギュッと引っ張る。


「な!? ルナリアちゃんは、ひとりでしっかりと寝なさい! レヴォス様は私の隣で寝るべきですよ! さ、こちらですレヴォス様!」


「あ、クロエ先生!? ズルいです!」


 それから二人はギャーギャーと激しく言い合っていて……

 結局、なぜか俺が真ん中に寝て、二人が左右に寝る事になった。

 一応、これで丸く収まるらしい。


 だが、なぜだ。

 ベッドの幅には十分な隙間があるにもかかわらず、ルナリアとクロエが俺にぴったりとくっついて寝ている。


 ……うーん、さすがに暑い……


 

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