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第113話 夫人



「んっ、んむ……! これは美味いなぁ! あ、こっちの赤いのもいけるぞ!」


「おい、ジクナ。それは俺の皿だ。勝手に横から手を出すな」


「ふふっ、たくさんありますから。遠慮なさらず、どんどん食べてくださいね!」


 フェリスが微笑みを浮かべ、大皿を差し出す。


 今、俺たちはザオツリ城の一室で、テーブルを囲んで海鮮料理を堪能していた。


 ジクナという制御不能と思われた魔族を、ブラドニスの『血の魔法』によって完全に支配下に置くことができた。

 ならば、俺の取るべき行動は一つ。

 

 そう、海鮮だ。

 目の前には、待ち望んでいた新鮮な海の幸が並んでいる。

 

 ようやく食にありつけた。

 目的のものを食べるために、ずいぶんと遠回りをしてしまったな……

 

「いやはや。まさかダンジョンにいた騒動の主が、これほど愛嬌のある……いえ、魔族の方だったとは。しかし、そのまま城へ連れてくるとは驚きましたぞ」


 大臣が目を丸くしながら、大振りのエビを頬張っている。


「本当に美味しいですね。あら、これは何かしら」


 アリアが、皿の上の料理を興味深そうに覗き込んだ。


「それはタコですね! 見た目は少し変わっていますが、弾力のある食感で、とっても美味しいんですよ」


 フェリスが楽しげにアリアの問いに応じる。


 フェリスは俺たちのために、数えきれないほどの海鮮料理を用意してくれていた。

 

 無論、何をしでかすか分からんジクナも同席させている。

 また暴れだしかねんという懸念もあったが、今のこいつは俺の命令一つでピタリと止まる。

 そして、何よりもジクナが海鮮料理を美味そうに食べているのは驚いた。

 

 賑やかな食事の席。

 だが、俺はここへ遊びに来たわけではない。

 

 俺は食事をしながら、静かに本題を切り出した。

 新生ザオツリ国の王女であるフェリスに、真実を伝えるために。


「フェリス、それに大臣。俺は新生ザオツリ国の発展のため、この国の漁業や国政に関して本格的な支援をしたいと考えている」


「それは、それは……! 願ってもないお申し出です! 心より感謝いたします! ……ですが、支援、とおっしゃいますと……?」


 フェリスと大臣の手が止まる。

 二人の顔には「一介の冒険者である俺が、国に対する支援とは?」という困惑が色濃く浮かんでいた。


 だからこそ、ここで明かしておく必要がある。

 俺が何者であり、背後に何を背負っているのか。

 

 俺はレヴォス・ムーングレイ。

 エルヴァンディア帝国の、公爵家の人間であることを。


 だが、いきなり核心を突くのは無粋だ。

 まずはこの国の脆弱性を指摘し、俺の有用性を示す。

 

「ザオツリ国は、資源に乏しい。主な産業は漁業と、あの不安定なダンジョンの収益のみのようだな。だが、今回のようにジクナのような者が暴れれば、収益が減り、即座に国庫が火の車になる。あまりに危うい均衡だ」


「うっ……ま、誠に、おっしゃる通りでございます……」


 大臣が額の汗を拭いながら、力なくうなだれた。


「そこでだ。俺なら、木材や鉱石を格安で融通させることができる。さらに、ザオツリ国だけでは入手が困難な高度な医薬品、その他生活必需品もな」


 グリンベル領周辺の豊かな森林資源。

 旧ゲルドス領から産出される鉱石。

 そしてバルトロが築き上げた巨大な流通網と、数多の荷馬車、商店の在庫。

 今なら、それらすべてを俺の裁量で動かせる。

 

 だが俺の言葉を聞き、フェリスと大臣は石像のように固まった。

 「なぜ、そんなことが俺に可能なのか?」……その問いが、二人の頭の中で渦巻いているのが分かる。

 

「俺の名はレヴォスと名乗っていたな。正確には、レヴォス・ムーングレイ。――エルヴァンディア帝国のムーングレイ公爵家、その嫡男だ」


「エ、エルヴァンディア帝国……!?」

「な、なんと……っ!?」


 ガタリと椅子を跳ね飛ばさんばかりの勢いでフェリスと大臣が立ち上がった。

 無理もない。

 エルヴァンディア帝国とザオツリ国は現在、実質的な敵対関係にある。


 ましてや、強国である帝国が一方的にこの地へ侵攻してきたのだ。

 フェリス達にとって帝国は、いつ自分たちを飲み込もうとするか分からない、恐怖と憎悪の対象。

 その最上層部の人間が目の前にいるのだから、絶望に近い衝撃だろう。


 この件は、事前にアリアとルナリアには伝えてある。

 アリアは静かに目を伏せ、ルナリアもまた、重苦しい空気の中でじっと控えている。

 この場で空気を読まずにガツガツとエビを剥いているのは、ジクナだけだ。


「……だが、勘違いするな。俺個人に、ザオツリへの敵意はない。帝国の侵攻は国の方針だが、俺は俺自身の意志で、個人としてここへ来たのだ」


 言うべきことは、すべて言った。

 さて、どう反応する。

 

「レヴォス様……そう、だったんですね……」


 フェリスが力なく椅子に座り直し、(うつむ)いたまま絞り出すような声を出した。


「…………っ」


 大臣に至っては、驚愕のあまり喉が鳴るだけで言葉になっていない。


 敵国の要人が素性を隠して入国し、建国の手助けをした。

 そしてフェリスには「俺の言いなりになる」という傀儡(くぐつ)としての約束をさせている。

 フェリスの立場からすれば、最悪の罠に嵌められたという絶望感に襲われてもおかしくはない。


「あ、あの……レヴォス様……」


 フェリスが震える声で、顔を伏せたまま問いかけてくる。


「なんだ」


 俺はあえて感情を排し、冷淡な響きを込めて返す。

 

 すると、フェリスは弾かれたように顔を上げた。

 その瞳には涙が浮かんでいるかと思いきや、そこには強い覚悟のような、キッとした光が宿っていた。

 

「……という事は、レヴォス様はザオツリの王でもあり、私はエルヴァンディア帝国の公爵夫人、という事になるのでしょうか!?」


「……え? フェ、フェリス様……!?」


 隣で大臣が、顎が外れんばかりに口を開けて絶句している。


「……待て、フェリス。その『夫人』というのは、誤解だ。まるで違うぞ」


「え……ああ! なるほど! ルナリアさんとアリアさんもいらっしゃいますし、私は第三夫人でしたね。失礼いたしました!」


「いや、だからそうじゃないと言っているのだが……そもそも、俺の隣にいるルナリアたちだって、実のところは別に婚約者でも何でもないのだ」


「ええっ!? レヴォス様、私、婚約者じゃないんですか!? ど、どういうことですか!?」


 ルナリアが悲鳴のような声を上げ、テーブルに身を乗り出して詰め寄ってきた。


 なんだ、この状況は……?

 真面目な話をしていたはずが、いつの間にか収拾がつかなくなっている。

 ……俺の言い方に問題があったのか?


 俺の横で、アリアだけがクスクスと、楽しそうに肩を揺らして笑っていた。


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