第11話 塗り替えてやるとしよう
浄化を終えた『グリンベル領』の再建を冒険者たちに命じ、俺は聖女セレスを連れて『迷いの森』へと足を踏み入れた。
この森の最奥に、今回の目的である聖剣クラウトソラスが眠っているのだ。
だが、隣を歩くセレスは俺の腕に縋り付き小刻みに震えていた。
その顔は蒼白で、恐怖に支配されているのが一目で分かる。
「セレス、そう怯えるな。この辺りに魔物はいない。緊張する必要は無い」
「は、はい。ですが……なんと言いますか、おぞましい気配を感じるのです……」
セレスが顔を青ざめさせ、俺の腕にさらに強くしがみついてきた。
無理もない。
この『迷いの森』は日光を拒絶するように木々が密生し、まるで巨大な怪物の体内のような薄暗さと静寂に包まれている。
不自然に捻じ曲がった枝葉が、まるで侵入者を絡め取ろうとする亡者の手のようだ。
(なんだか、お化け屋敷みたいな怖さだなぁ……)
そして、ここはただの森ではない。
天然の迷宮――いわゆる『森のダンジョン』だ。
攻略のルールは極めて単純、かつ陰湿だ。
進むごとに現れる「右・左・真ん中」の三叉路。
これを一度も間違えることなく12回連続で正解しなければ、聖剣の地には辿り着けない。
だが、俺にとってこの場所は、攻略法を熟知した『既プレイのダンジョン』に過ぎない。
正解は『右左右左・真ん中真ん中・真ん中左右・右右左』。
俺は脳内で『ミサミサ・ママ・マサミ・ミミサ』という、前世のユーザーたちが編み出した呪文のような語呂合わせを反芻する。
『|右左右左真ん中真ん中真ん中左右右右左』
今思えばふざけた覚え方だが、この知識が今の俺にとっては絶対的な道標だ。
「……分かれ道か」
目の前には、記憶通り3つの開けた獣道が現れた。
「レヴォス様……ここは通称『英雄の試練場』と呼ばれております。真に選ばれし者でなければ、永遠に彷徨い続けることになると教会の古文書にありました……」
セレスが申し訳なさそうに、消え入りそうな声で告げる。
まるで、俺が英雄ではないという素振り。
だが、その通りだ。
俺は悪役であって、世界を救う英雄などではないのだからな。
「そうか。遅れぬように付いてこい」
「レ、レヴォス様!? 話を聞いておられましたか!?」
セレスを無視し、俺は一切の迷いなく「ミサミサ……」の法則に従って道を進んだ。
2回、5回、10回。
景色が全く変わらない不気味な森の中を、俺は一歩の迷いもなく突き進む。
「……また同じ場所のような気がします。レヴォス様、もしや私たちは、森の怒りに触れてしまったのでは……」
10回目の分岐を過ぎたあたりで、セレスの不安が限界に達したようだ。
俺の腕を握る力が強まり、爪が食い込む。
セレスの瞳には、森に飲み込まれることへの純粋な恐怖が浮かんでいた。
「そうかもな。もしかすると、ずっと森から出れないかもしれんな」
「ひ、ひぃっ……!」
短く悲鳴を上げ、セレスが俺の背中に顔を埋める。
(ごめんよセレスちゃん……脅かしすぎてしまった……反省である)
そして、ついに最後、12番目の分岐。
俺は迷わず左を選び、茂みをかき分けた。
視界が劇的に開ける。
そこには、先ほどまでの鬱蒼とした森とは正反対の、幻想的な光景が広がっていた。
黄金色の陽光が降り注ぎ、小鳥のさえずりが心地よく響く。
中心には水晶のように澄んだ泉が、キラキラと宝石のように輝いている。
まさに楽園だ。
「ようやく到着したようだな」
「き、きれい……こんな場所が、森の奥にあったなんて……」
セレスが感嘆の声を漏らし、うっとりと瞳を輝かせる。
だが、俺の目的はその美景ではない。
泉の中央、岩に深く突き刺さっている一振りの剣――聖剣クラウトソラスだ。
「さて、さっさと回収して帰るとするか」
俺が泉の縁に歩み寄ったその時、鼓膜を震わせるような大声が響き渡った。
「ちょっと待てぇぇぇい! お主ら、どこから来た!? なぜ、聖女がおる!? 我の試練はどうしたんじゃ!?」
振り返ると、そこには宙に浮くモフモフとした毛玉のような生き物がいた。
(聖剣の守護者、大精霊だ……やっぱり、『大精霊の試練』を受けないでズルしたのバレちゃったか)
見た目は完全に愛玩用のマスコットキャラクターであり、威厳など微塵も感じられない。
「どうでもいい。黙っていろ、毛玉」
「毛玉!? え……? いやいや、我の姿を見てなぜそこまで冷静なんじゃ!? お主、一体何者なんじゃ……?」
大精霊は混乱し、短い手足をバタつかせている。
一方、セレスは深々と頭を下げて礼を尽くしていた。
「もしや、大聖霊様でしょうか? お初にお目にかかります。私は聖女のセレス・ティアルーンと申します。どうか無礼をお許しください」
「おお! お主は話が分かりそうじゃな! うむ、我こそは聖剣の守護者! っておい、待て! 勝手に聖剣に触るな!」
俺は大精霊の騒ぎを聞き流しながら、すでに聖剣の柄に手を掛けていた。
軽く力を込めてみるが、聖剣は岩と一体化しているかのように微動だにしない。
「ふむ、やはり簡単に抜けるような代物ではないのか」
「ふん! 当たり前じゃ! その聖剣には魔王の呪いが幾重にも掛けられておる! 我という守り手が数百年、悪しき者が触れぬよう守護し続けてきたのじゃぞ!」
「なるほどな。その呪いを解くために必要なのが『聖女の祈り』――つまり、聖女の命を捧げるという行為か。下らんな」
俺が鼻で笑うと、大精霊は一瞬で冷静になっていた。
「ほう、お主……なぜ、そこまで知っておる?」
俺は振り返り、セレスと大精霊の方へと向き直った。
「わざわざ『聖女の祈り』などという聞こえの良い名で飾っているが、『聖女の命』が呪いを解くのだろう?」
「……全て知っておるのか。『聖女の命』が代償として必要なくらい、魔王の呪いの力は強いのだ」
代償か。
俺は、その代償という言葉を確認したかったのだ。
「見ておけ、セレス。こんな鉄屑ごときに、貴様の命を支払う価値など微塵も無いことを教えてやる」
「え……?」
「なんじゃと?」
呆然とするセレスと大精霊に背を向け、俺はポケットから一つの指輪を取り出した。
以前、賢者クロエの経営していた『バルザの魔道具店』で手に入れたハズレの指輪。
その魔道具の指輪の効果は――【コスト消費無し】。
その効果は、一度だけコストを無効化できる。
……これで命の代償など、俺の前には無用だ。
俺は指輪を指にはめ、聖剣を力強く掴んだ。
「ふん!」
一気に力を込めると、数百年もの間、岩座に固着していたはずの聖剣が……
――スポンッ!
拍子抜けするほどあっさりと、聖剣が岩から引き抜かれた。
「え? は? ……はああぁぁぁぁぁぁ!??!? お、お、お主!? 聖剣に何をした!? 何で聖剣が抜けた!? どうやって抜いたんじゃ!」
大精霊が眼球が飛び出さんばかりに驚愕し、絶叫する。
俺の手の中で、役目を終えた指輪がサラサラと塵になって消えていった。
「思ったより軽いな。これなら調理場の包丁代わりにでも使えそうだ」
「聖剣を包丁にするなぁぁ! お主、ちょっ……え、どうしよう。我、混乱してきたんじゃが……」
大精霊を見てみると、頭を抱え顔が青ざめ、少し涙目になっていた。
「大精霊よ。よく食って、よく寝ろ。そうすれば明日の朝には忘れているだろう。……たぶんな」
「いや、そんな悩み相談みたいなノリで言われても……」
呆然自失となり、フワフワと力なく浮いているだけの毛玉にはもう用はない。
俺はセレスを促した。
「行くぞ、セレス。帰るぞ」
「え……あ……は、はい!」
「我の……我の数百年はいったい……」
消え入りそうな大精霊の声を背中に受けながら、俺たちは迷いの森を後にした。
――――――
「レヴォス様! お帰りなさいませ!」
グリンベル領に戻ると、毒が消えた大地の上で、冒険者たちがテキパキと簡易的な宿舎を組み上げていた。
「ふむ、順調なようだな。近隣の川から水を確保する経路も確保しておけ」
「承知いたしました!」
指示を出し終えた時。
背後から、セレスが消え入りそうな声を掛けてきた。
「あ、あの……レヴォス様……」
その姿は、どことなく不安そうだ。
「聖剣が無事に入手できた今、私の役目は終わったものと思われます。私は……帰ってもよいのでしょうか?」
「ダメだ」
俺の即答に、セレスがビクリと肩を震わせる。
「セレス。お前は聖剣を入手するため『聖女の祈り』を行ない、ここで命を落とした。公的には、お前はもう死んでいるんだ。その意味が分かるか?」
「――っ!」
セレスの顔から血の気が引く。
狂信的な教会にとって、聖女が使命を終えて死ぬことは『至高の誉れ』だ。
もし『死なずに、聖剣だけを持って帰ってきた』などということになれば、彼らがどう動くかは火を見るより明らかだ。
『奇跡』を否定された彼らは、セレスを異端として、あるいは『汚れ』として扱い、場合によっては抹殺するだろう。
「私は……私は、どうしたら……」
帰る場所を失い、自分の存在意義さえ見失ったセレスの瞳に、絶望の涙が溜まっていく。
だから、俺は答えた。
「勝手にしろ」
「うっ……」
セレスが泣き崩れそうになる。
だが、俺の言葉はまだ終わっていない。
「セレス。このグリンベル領は、お前の故郷だったな」
「……は、はい。その通りです」
「この地はかつて、一面に美しい花が咲き誇る土地だったそうだ。そして、ここに生きた者たちは、その花よりも美しい精神を持っていた。多頭毒竜が現れた時、村民たちは街に毒を寄せ付けまいと、自らの体を壁にして化け物を食い止めた。自分の命など顧みず、ただ愛する土地と、未来を守るために。だが、一人の少女だけは逃がした……そうだろ?」
俺の言葉に、セレスが驚いたように顔を上げる。
「生き残った少女は孤児となり、大聖堂に拾われ、都合よく『聖女』に仕立て上げられた。そして次は、「聖女として命を捨てろ」と命じられた。……故郷も親も失った後ろ盾のない少女に対して、命まで奪おうとする奴らの元に帰ることが、果たして貴様の望みか?」
セレスの頬を、一筋の涙が伝い落ちる。
俺はセレスの肩に、重々しく、だが拒絶されない程度の強さで手を置いた。
「お前の人生は、お前だけのものだ。教会や運命などに、お前の人生を決めさせるな。好きなように勝手に決断し、好きなように勝手に生きろ。それに、周りを見てみろ」
俺は、忙しなく働く冒険者たちと、かつての輝きを取り戻そうとしている大地を指し示した。
「俺はこのグリンベルを、もう一度、花が咲き誇る場所にしたいと思っている。幸い、ここは土地が広くてな。住人を募集しているところだ。……例えば、行き場を失った元聖女とかな」
セレスの目から、大粒の涙が溢れ出した。
彼女は溢れる感情を抑えきれない様子で、ボロボロと泣きながら、それでも必死に俺の言葉を刻み込もうとしている。
「泣くのはまだ早い。この地が、かつての美しさを取り戻す、その日まで取っておけ。セレス、お前はいつまでここにいてもいい。ここグリンベルは元より、お前が住むべき、お前の家なのだからな」
セレスは溢れる涙を拳で力強く拭い去った。
その瞳には、今までのような迷いはない。
一人の人間として、自分の足で立つ決意が宿っていた。
「……はいっ! 私も精一杯、尽力させていただきます! ……本当に、ありがとうございます……レヴォス様!」
顔を上げたセレスの表情は、晴れやかで、そして揺るぎない覚悟に満ちていた。
「ああ。良い表情になったな。さあ、この呪われた土地を、俺たちの手で塗り替えてやるとしよう」
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