4 助け
バリン!!!
急に引きずられるのが収まったと思いきや、三階の窓が全て割れ、俺の体はガラスの破片に包まれた。
今度は何が起きたのかと恐る恐る顔を上げると、着物姿の二人の男が飛び込んできた。
一人は藍色の着物を着ていて、胸ぐらいまで伸びた髪を鈴の付いた簪で左に一つに纏めている。毛先にかけて黒髪から白髪へと色が変わっており、桃色の瞳をしていた。
もう一人の男は深緑色の着物で、栗色の猫っ毛だ。顔に左頬から右頬にかけて一本の傷がある。
二人とも現実離れした見た目で、天国にはこんな人たちがいるのだと錯覚したものだ。
しかし、動くたびに刺さるガラスの破片がここが現実であることを知らしめる。
藍色の着物の男は、深緑色の着物の男に「お前がやってみろ」と指示を出し、準備室への方へと向かう。
深緑色の男は「うぃーす。」と緩い返事をして、こちらを見る。
「君が通報者っすね?よく耐えましたね。ここは俺に任せてください。」
そう言って、俺とケンちゃんの間に立ち、両手をぶんと振り下ろす。すると両腕から猫の爪のような四本の鋭い刃物が飛び出す。
一方、ケンちゃんは教壇に立っていたの面影は一切なく、血塗れの歯を剥き出しにして威嚇してくる。
まるで獣のようだ。
「じゃあ、さくっといきますよ!」
男はダッとケンちゃんのもとへと走り出し、首に向けてその鋭い合計八本の刃で斬りかかる。
しかし、首を確実に切られたはずのケンちゃんは動じることもなくニタニタと笑って、後ろへ下がる。
その瞬間、ケンちゃんは、いや、そいつはケンちゃんの皮を脱ぎ捨てた。そして、皮を脱ぎ捨てたそいつはケンちゃんとは全くの別人へと変わっていた。
「うわっ、きも。それがあんたの正体っすか?
…いや、違うっすね。その顔、見覚えあります。確か三ヶ月前に行方不明になった高橋希美さんですね。あんた、他人の霊力を食ってそいつに成りすましてるんですか?」
男はぶつぶつと一人でなにかを呟き、「よしっ」とその場で軽くジャンプをする。
「じゃあ正体現すまでその首斬り続けてあげます。出血大サービスっすよ?」
そう言って、男はもう一度首へと一直線で斬りかかる。しかし、そのワンパターンの攻撃はもう見抜かれたようで、奴の腕が男の腹を突き刺す。
ヴッと男は呻き声をあげた。血は腹からポタポタと流れ、奴の腕をより赤く染める。
確実に致命傷を食らったのだ。
奴はもうその男に見向きもせず、こちらへジリジリと近寄る。
「痛ってぇ。いくらなんでもそれは流石に痛いっすよ。」
その声に奴も俺も男の方を見やる。
先ほど食らったはずの傷は、ただ着物にぽっかりと腕の太さの穴が空いているだけで、血も何も出ておらず見当たらない。
そして、彼のお尻から先ほどはなかった猫のような尻尾がゆらゆらと八本動いている。
「じゃあ消耗戦としようじゃないっすか。」
今度は男がニヤニヤと笑って言う。
男はまた奴に向かって一直線に駆け出し首を狙う。そして、奴もまた同じように男の腹に腕を突き刺す。今度は、男の刃も奴の首に届き、相討ちになった。
しかし、奴はまた別の皮へと姿を変える。
そして、男の方はというと、八本あった尻尾の一つが燃え消え、傷が跡形もなく消えていく。
『霊能力:猫に九生あり』
「ふふ。そこの君、驚いてるっすねー。霊能力見るの初めてっすか??俺の霊能力は一度の戦いで八回までなら生き返ることができるんすよ。だからこいつと俺どっちが命を持っているか根比べって感じっすね。」
そして男は何度も奴に斬りかかり、尻尾が残り四本になったとき、奴はバタンと倒れた。奴の首は胴と離れ、もうくっつくことはしない。
「こ、こいつ、死んだんですか?」
俺はいまだ尻餅をつきながら男に問う。
「ですね。霊力が尽きたんでしょう。他のヨミビトよりも霊力を食ってきていたからか大分時間掛かりましたけど。」
ふうと男は息を吐き、首を左右に曲げてポキポキと鳴らす。そして両手をぶんと振り上げ、八本の爪のような刃をしまった。
その後、男はステッカーだらけの携帯を取り出し、奴の顔の写真を撮る。
「うーん、あっ、引っかかったっす。こいつっすね。田中昭人。九十八歳。うわー、普通九十八まで生きておいてこんなことします?肉体死亡が八年前ってことは、百六歳じゃないっすか!引きますわー。」
男が一人でそんなことをぶつぶつと言っている間、俺は奴に引っ張られたことで折れた右足を引き摺りながら立ち上がり、真琴の元へと向かおうとする。
「ちょ、ちょ。君!そんな怪我でどこいくつもりっすか?それにここはガラスの破片だらけで危ないっす。君はこれからヨミ察直属の病院で治療するんで、大人しくしておいてください。」
男は俺の行動に気付き、すぐさま俺を引き止める。
「真琴に会わせてください。大事な人なんです。親友なんです。」
男の着物を引っ張り、俺は年甲斐もなく大泣きで男に懇願する。男は困ったようにうーんと顔をしかめる。
そのときだった。
奥の、ヨミビト学準備室の扉がガラガラと開き、先ほどここにいる男とともに駆けつけた藍色の着物を着た男が出てきた。
「おっ!ミカさーん!こっちは終わりました。そっちはどうです?被害者の容体は?」
男は安心したかのように俺の頭にぽんと手を乗せながら藍色の男に問いかける。
藍色の男はこちらに向かってゆっくり歩く。その男は一歩歩くたびにシャランシャランと鈴の音が鳴り、静かな廊下に響き渡る。
「あの子はもう手遅れだったよ。僕が駆けつけた時には既に息を引き取っていた。せめてもの救いは、彼の霊能力が治癒だったようで、食われていた体はほとんど元に戻っていた。霊力を大分使ったから、ヨミビトになっても8年ほどしか生きられないだろうけど、ヨミビトとして生きるには問題ないだろう。」
俺はその言葉を聞き、ようやく安堵した。
俺が最後に真琴を見た姿は至る所全てが引きちぎれる寸前で、片足はほとんど食われて無くなっていた。 損傷が激しすぎると、ヨミビトになれても生活はできず、ただの肉片として霊力が尽きるのを待つことになる。真琴はまだ死んでいないのだ。ヨミビトとして生きられる…。またあの泣きたくなるような、優しい笑顔を見れる、それだけで俺はよかった。
「うう、ううううう‥。」
「ありゃりゃ。安心しちまったみたいで泣きながら寝ちまった。」
「そっちの方が運びやすい。至急、ヨミ察病院へと搬送するぞ。」




