3 絶望
「失礼しましたー。」
俺はペコリと頭を下げて職員室を出る。俺の提出が最後だったらしく「お前のせいで帰れなかったんだぞ。」と恨み言を言われたが、俺は心のつっかえが取れてとてもスッキリした気分で教室へと向かう。
真琴はもう終わっただろうか。せっかくなら真琴にもう一度お礼を言いたい。真琴はいつも俺の求めてる答えをいとも簡単に言ってみせる。
俺は真琴の教室に寄り、鞄が残っていることを確認して、ケンちゃんと真琴がいるであろうヨミビト学準備室へと向かった。
もうすっかり下校時刻は過ぎており、生徒は一人も見当たらない。先ほどまでオレンジ色だった廊下は真っ赤に染まり、キュッキュッと俺の上履きがやけに廊下に響き渡る。
なんだか不吉で少しずつ準備室へと向かう足を早めた。
準備室は三階の一番奥にあり、L字型のこの校舎ではショートカットもしようがなく、かなり遠い。ようやく準備室まで着いたが、話し声も、物音すら何も聞こえず、ここじゃなかったのかと落胆する。しかし、中から微かにクチャクチャと妙な音が聞こえ、誰かがいることがわかった。
俺は横開きの扉を音が鳴らないように慎重に開け、中を確かめる。すると、真っ赤に染まった床に横たわり、微かに呻き声を上げる真琴の姿が俺の視界に飛び込んだ。
「うわあああああ。」
その光景に思わず悲鳴を上げ、尻餅をつく。
すると、中にいる血だらけの男がこちらに気付き、体は真琴の方を向いたまま、顔だけこちらに向けた。
そいつの口元は血塗れで、メガネや真っ白なシャツも真っ赤に染まっていた。近くにはその男が着ていたであろう、一時間前に見た真っ黒なスーツが椅子に掛かっている。そう、そいつはケンちゃんだった。
「お前、十凪白灯だな。お前もすぐに日向と同じ場所に連れてってやる。俺の一部になるんだ。安心しろ。」
そう言って真琴がもう動く力もないことを確認して、こちらへとジリジリとニタニタと笑いながら近づいてくる。
「しら、づき。逃げろ…。」
真琴は痛みで顔を歪めながらも必死で声を出す。
「お願いだから…。お前だけは逃げて…。」
女子よりも白い真琴の肌は真っ赤に染まり、あの優しげな目もほとんど俺を映せていなかった。
千切れかかった腕を俺の方へと伸ばし、五本あったはずの指は何本かなくなっているが、必死で何かをしようと動かしている。
その瞬間、ぼわっと俺の体は扉から引き剥がされ、俺の背中を押す。何が起きたか分からなかった俺は、ただ「逃げろ」とそう言った真琴の言葉を思い出し、廊下を駆け出した。背中はとても熱く、まるでいつものようにうじうじしている俺を真琴が「頑張れよ」とあの大きな暖かい手で叩いたようだった。
「通報しないと…!」
必死に長い直線の廊下をひたすら走り続けながら、ポケットに入った携帯を取り出す。手は震え、うまく操作することができない。
ケンちゃんは人間だった‥。ヨミビトじゃなかったはずだ。でも、あの惨状は人間のできる所業じゃない。あの姿だって到底人間のものとは思えない。
少しずつ冷静さを取り戻していた俺は真っ先にヨミ察に通報をする。
「番号は…えっと…43210。」
ヨミ察はヨミビトのロゴ合わせで43210。
何回かコールが鳴ったのち、
「はい。こちらヨミ察。」と女の人の声が聞こえてきた。
「あの、友人が襲われていて…!」
「あなたの現在地をできるだけ詳しく教えてください。今からヨミ察を向かわせます。遅くても3分。それまで避難しておくことはできますか?」
抑揚のない声が俺の頭を少しずつクリアにさせる。
「蛹ヶ丘高等学校の三階、ヨミビト学準備室で襲われてて、俺は今ケンちゃ、その友人を襲っていたやつから逃げて…。」
その瞬間、ウギャアアアと人間とは思えない雄叫びが背後からする。俺は咄嗟に足を止め、恐る恐る後ろを振り向く。ケンちゃんが四つん這いで追ってきているのだ。急いで走り出そうとするが、足はガクガク震えてしまい、普段歩くよりも何倍も遅い。
「あ、あ…。早く!早く来てください!俺、このままじゃ…。」
女の人が何か言っているが、雄叫びのせいで何も聞こえずただ助けを求める。しかし、そんな助けも虚しく、彼の霊能で足を引っ張られ顔から転び、思いっきり引きずられる。携帯はその衝撃で手から離れ、もう助けを言うこともできない。
「真琴。俺ももうすぐそっちにいく。俺とお前はいつでも一緒だ…。」
ヴヴヴという呻き声とともに血生臭い息が俺の足にかかる。




