その王女と誰よりも守りたい者
「アリア!」
「むぇ――ぶぇ!」
アリアとアリスが魔石の森の入り口まで脚を進めている途中、飛び出してきたノアの双丘にアリアが押しつぶされた。
「もうっもう! 突然いなくなったから心配したのよ! どこか怪我はない? 痛いところは? 私がいなくて寂しくなかった? 寂しかったわよね、もう離さないから王宮へ行って父様から王位を奪い取りましょう!」
(お姉ちゃんを巻き込んだ王家乗っ取り計画とか止めれぇ)
アリスはノアの頭をはたき、アリアの後ろに回って王族から守るようにキュッと抱き着いた。
「またどこかから攻撃が!」
「お前は何言ってんだ――というか、本当にいやがったな」
疲れたため息をついたリュードウィスが引き気味の顔でノアに目をやっていた。
殿下護衛という大任を背負ったばかりに、負わなくてもいい気苦労を背負う男、リュードウィス=パテンロイド。
「アホ殿下がこっちからアリアの匂いがするとか言い出した時は、ついに頭が。と、国の行く末を見限ったものだが、お前に関してだけはノア様の言葉を信じてもいいかもな」
「リュウくんお疲れぇ――」
人懐っこい顔を見せたアリアだったが、リュードウィスがじっと彼女の顔を見つめ、息を吐いて一度肩をすくませると、そのまま手を伸ばしてアリアの頭を撫でた。
「……あんま無茶するな」
「ん――」
「おい……」
(迂闊な。リュード、な~む)
アリスがリュードウィスに手を合わせた時には、ノアの拳が彼の顎をとらえていた。
膝からがくりと崩れ落ちた彼だったが、寸でのところで意識を保ち、膝立ちのままノアを睨みつけている。
この国の上下関係はすでに崩壊している。
「まあこれはこのくらいで不問としましょう」
「……俺は納得してねえんだが」
「ところでアリア、奥に何かあった?」
「……ん~」
アリアはそっと自身の人差し指をもう片方の手で握り、はにかんで首を横に振った。
「ん~ん、なにもなかったよ」
「……そう。なら良かったわ。あなたに何かあったらアリスにも顔向けできなくなるもの。過保護なのは許して頂戴ね」
「ん、でも優先されるべきはノアでしょ~。あたしのことは気にしなくてもいいから」
「はいはい、それと――」
普段通りの微笑みでアリアは脚を動かし、ノアとリュードウィスを通り過ぎて森から出ようと進んだ。そんな彼女の背に、ノアが問いかけた。
「アリア、どうしてまだ学園にいようと思ったの? あそこは辛い場所でしょ」
「――」
振り返ったアリアは、再度手を組みなおし、指を握ったまま学園で何度も浮かべていた笑顔で、ノアに答えた。
「ノアたちに会いたかったからだよ」
「……うん、私もよ」
アリアはそのまま歩みを進めてしまうのだが、ノアだけはその場から動かず、顔を伏せていた。
そんな彼女に、リュードウィスが首を傾げる。
「おい、アリア行っちまうぞ」
「……気づいた?」
「は?」
「……奥に何がいたのやら。いえ、それだけじゃないわね」
「何の話だ?」
「あの子は噓を吐くとわかりやすいから」
「嘘って、アリアがか?」
「リュード、アリスはどうやって死んだのだったかしら?」
「どうやってって――魔法実験の事故だろ。あんまり思い出させるな」
「……その時アリアが一番近くにいたのよね?」
「だから――」
「リュード」
「……そうだよ。なんか随分驚いた顔をしてたんだよなあいつ。でも魔法使いに事故はつきものだし、いくら優秀なアリスでも――」
その瞬間、森が揺れた。
殺気、殺意、怒気、それら感情のエネルギーがノアを中心に渦を巻き、木々を揺らして風すらも勢いを強めた。
「あの子が気づかないわけないのよ」
「な、なにを――」
「こと魔法に関して言うのなら、あの子はそれを見逃さない。天才の姉だということを、世間はもっと理解するべきなのよ」
「……」
「リュード、私の持つ権限をすべて集めなさい」
「わかった。でもなんで」
感情の渦がさらに激しく回る。鋭く切り刻まれそうなその戦闘圧の刃に、遠くから潜んでいたグリーンフッドすら歯を鳴らして怯える。
その発生源であるノアが奥歯をかみしめて鳴らし、激しく燃える瞳を携えて正面を睨みつける。
「アリスを殺したやつをあぶり出し、私の目の前に生きたまま連れてきなさい」
「――っまさか、あいつは」
「これ以上アリアを悲しませないわ。あの子が無理をするというのなら、あの子にとっての障害があるというのなら、私が何もかも殺してみせるわ」
頷くリュードウィスに満足したように、ノアはその一歩を力強く踏み込んだ。
ノア=ルヴィエント、学園の小動物を庇護する者、誰よりも愛する者、その領域に踏み込んだものを等しく切り刻む者――。