その姉は魂すら震撼させる者
「ふふんっ、やっぱり私は冒険者の才能があるのよ! この身が血にまみれることに喜びを覚えているわ!」
「アホみたいなこと言ってんな。なんだっていきなり冒険者なんて――」
「アリアが冒険者志望だって言うから」
「ダメだろ! とめろ」
「……あんたも何だかんだアリアを気にしているわよね。それでどうアリア? 私を連れて冒険者に――アリア?」
グリーンフッドから魔石を回収していたノアとリュードウィスだったが、近くにいたはずのアリアの姿がなく、辺りを見渡す。
そんなアリアは今、魔物討伐が終わったことを察するとアリスを連れて道を逸れて森の奥へと足を進ませていた。
(お姉ちゃん、ノアちゃん放っておいていいの?)
「リュウくんもいるから大丈夫。それより――」
アリアは奥に木々が倒れている広場を横目に、足元の不自然に倒れている赤黒い色がこびりついた草木に手をかざし、指に唇を当てて魔法陣を出した。
「『――』『―――』死の際を恐れる者よ、その姿を現し真を示せ『死に際の叫び』」
アリアの2節魔法、その魔法はすでに生命を終えた影を顕現させる魔法で、冒険者風の男が恐怖にゆがんだ顔で走り出す光景で、その姿に姉は顔をひそめた。
(これ――)
「……」
そして男が奥の広場にたどり着くと同時に、何かに押しつぶされるように頭上からの何かによってその命を終わらせた。
アリアはそっと男が死んだだろう箇所に脚を進めると、そこに埋まっている金属の欠片やら、魔物に荒らされたのか、散乱した布を見て肩を竦める。
人だとわかる証拠はすでになく、魔物に侵されただろう痕跡だけが空しく残っているだけだった。
(冒険者さん、こんなところでやられちゃったんだ。でもこんなに危なそうな魔物いたかな? 少なくともこの人が見上げるような大型なんて――)
「アリス、あたしの後ろに」
(え――?)
途端、周囲の気温が下がった。それと同時にアリアが虚空をにらみつけ、学園で見せる顔とは全く異なる、瞳を濁らせた彼女の姿がそこにはあった。
アリスの手を握り、アリアはそのまま後方へ飛んだ。
するとそこに突然巨大な拳が落とされ、その拳が上がるとアリアはその攻撃の主を睨みつける。
(げっアンデット!)
「ブリッチランボルド、生命の死を糧に大きくなるアンデット。相当ここでいくつもの命を見送ったようね」
(でっかいもんね。でもアンデットは魔法使いにとって天敵……なんだけれど、お姉ちゃん相手とは可哀そうに)
「多分、こいつが森に出現したからグリーンフッドが入り口まで来ちゃったんだと思う。ノアたちじゃ厳しいね。ここで倒しちゃおう」
(頑張ってお姉ちゃんっ)
アリスの言うようにアンデットに魔法は効かない。だからといって物理が効くかと言われればそうではないが、魔法とは異なる手法によってアンデットは浄化できる。
アンデットに出会った場合、その別の理を持つものに頼るか、彼らが作り出した対アンデット用の装備でなければ本来ならどうにもできないのであるが、アリアに限ってはその限りではない。
ブリッチランボルドと呼ばれるアンデットがアリアに向かってその巨体を差し向けた。
高密度の魂で出来た体は人へと干渉できるほど密度の濃いもので、こちらの物理攻撃も通るには通るが肉体もない故に傷つく箇所がない。
そして魔法も同じで、その濃い魂によって魔法を取り込んでしまう。
故にアンデットは倒すのではなく浄化する。
この魔物もそれを理解しているのか、頭蓋骨から覗く目の位置の空洞と口元がにやりと上がった気さえする。
つまり、魔法使いであるアリアをなめている。
「『――』『―――』その魂を天秤にかけ、悪しきものへと裁きの鉄槌――『罪による雷の裁き』」
「――、――っ、――――!」
魔法陣から飛び出した雷が魔物へと直撃すると、ブリッチランボルドが体を震わせ、驚いたように後退した。
魔法など効くわけがない。そう高をくくっていたのだろう。
だがイレギュラーが現れた。
本来なら届くはずのない初めての魔法の痛みに、その魔物は目の前の脆弱で小さな人間を強敵だと認定したかのように、戦いの気配を強く纏わせた。
ブリッチランボルドがその体で喰らってきた魂を切り離し、それを弾丸へと変えてアリアへと射出する。
「――」
しかしアリアはそれをまるでウサギのようにぴょんぴょんと躱し、決して速くはない脚を動かしてペッタンペッタンと魔物の側面へと駆けていく。
(……あれにやられるんだもんなぁ。僕が敵だったのなら納得は出来ないよね)
アリスの呆れたような声とは対照的に、ブリッチランボルドは次々とアリアへの攻撃を激しくしていく。
攻撃の都度、アリアは雷を放ち、アンデットを傷つけていくのだが、やはり威力が足らず倒すには至らない。
それを自覚しているのか、彼女は何かを準備するように魔法陣に取り出した缶から何かを振りかけていく。
「フィリップ草、もったいないな」
(お姉ちゃん、ノアちゃんたち、そろそろ来るんじゃない?)
「ん~……まだ遠い。でもすぐ終わらせるよ」
ブリッチランボルドがしびれを切らしたのか、取り出した魂を丸めて大きくなったそれを頭上に掲げた。
魔物はそれを止めとするつもりだったのだろうが、それは隙にしかなっていなかった。
アリア=ダンテミリオ、彼女の禁忌は魂に触れる者、魂を縛る者、魂を殺す者――『魔法使いの英雄譚』2章27節から登場した月の魔法使い、ルミカ=アンデルセンの持つ禁忌、10ある禁忌の第3節目――。
「『――』『―――』『魂を頂きに禁忌を唄う』――今ここに判決を下す。叫べ、慄け、恐怖しろ。安寧など終ぞなく、あたしが裁く終焉にその魂燃やし尽くせ『その魂救いがたし』」
禁忌を混ぜた3節魔法、アリアの魔法陣から放たれた糸のような細い金色、それがブリッチランボルドへと伸びた刹那――魔物の体内から連続して鳴る破裂音とバチバチとした稲光。
「浄化なんてしないよ。その先に何があるかなんて知らないけど少なくとも安らぎには程遠い。2度目の死、いっぱい味わってね」
魔物が口から黒い煙を吐き出しながら動きを止めたのを横目に、アリアはブリッチランボルドに背を向けて一歩を踏み出した。
(……ほんっと、えげつないなぁ。こんなのが学園最弱の小動物って言われてんだもんなぁ)
アリスの呟きに目もくれず、アリアは数歩進んだ辺りで正面にチュッと投げキスを1つ。その瞬間、ひときわ大きな音が鳴り、そのアンデットが跡形もなく消し飛んでいったのだった。