ダンテミリオ姉妹と禁忌魔法〈エクリプスヴォイド〉
「ダンテミリオ、ダンテミリオ! そろそろ起きなさい」
ノーブルラントが事件を起こした品評会が終わり、1週間が経過した学園で魔法陣の授業で舟をこいでいたアリアをアッシュランスが肩を揺らして起こしていた。
「あぅ……アッシュせんせ?」
「もう授業は終わった。いい加減目を覚ましなさい」
「う~……」
(あ~アッシュ先生、お姉ちゃん昨日の夜、ノアちゃんが全裸で突撃してきたのを逃げ回っていてろくに寝てないんだよぅ)
「……君なら追い返せるだろう」
(追い返しても次の日倍の欲情引っ提げて突撃されるだけなんすよ)
アッシュランスは頭を抱えながら、アリアに近づいてきた今日1日つやつやとした顔色をしていたノアを引きつった顔で見た。
「あらスピアード先生、何か?」
「いい加減君を学園から追い出す算段を立てようかと考えているところだ」
「止めてくださいよスピアード先生、アリアの犠牲1つで王宮が平和になるんです。陛下も王宮の人間も、みんなアリアに感謝しているんですよ、殿下が八つ当たりしに王宮に戻ってこないやったぁ! って」
「それは最早王宮全体に問題があるのではないか」
アリアを抱きしめているノアを横目に、アッシュランスが頭を抱えた。
そんな視線を受けていながらもノアはアリアへの行動を止めず、鼻息を荒げており延々とその頬を揉んでいた。
「失礼しちゃうわね、私だって色々考えてるのよ。この間の事件、私が昔のアリアレベルの魔法使いを求めた故にあそこまでこじらせた奴が出てきちゃったってことを反省したんだから」
(昔って言っても禁忌使えるレベルだよぅ)
「そうね、だから私は王宮に魔法使いの質は問わないことにしたのよ。お父様にもそう進言したわ」
「それはそれで王宮の魔法使いの質としてどうなんだ」
「アリアを入れれば解決よ」
「初耳だよぅ。それと何度も言っているけれど、あたし王宮には行かないからね」
ノアはアリアににこりと笑みを向け、口を閉ざした。
この王女、何が何でも学園のウサギを王宮に入れるつもりらしい。
「でも残念ね、最近アリアを剥ぐのはいいのだけれど、せっかくだしアリスも剥ごうと思っても服に触れられないのよね」
(何考えてんだてめぇ。どおりで僕にやたら触れてくると思ったよぅ)
「あら言っていなかったかしら? 私アリスの裸にも興味を持っているのよ」
(二度と僕に近づくなこのケダモノぉ!)
アリスがガウガウとしていると、教室に入ってくるアンメライアとミアベリル。
ミアベリルがアリスに近づき、撫でられ待ちなのか頭を差し出している。
(ベルはノアちゃんと違って可愛いねぇ)
「ん、ノア先輩、ヤバい」
「失礼なワン子ね。あんたもこの貧乳姉妹の胸に挟まりたいって気持ちくらいあるでしょ」
「ない」
ダンテミリオ姉妹が揃って額に青筋を浮かべ、ノアの双丘に目を向けて舌打ちをした。
アリアもアリスもそれなりに女の子しているのである。興味なさそうにしていてもそれを指摘されれば不快には思うのだろう。
そんな姉妹の怨嗟にも似た視線に気が付くことなく、ノアはミアベリルの頭に手を伸ばした。
すると、信じられないものを見る目でミアベリルを撫でているノアの脳天に、アンメライアが拳を落とした。
「私の権限で旧寮長棟への立ち入りを禁止にしますよ。いくらなんでも好き勝手しすぎです」
「アンせんせぇ」
アリアの頭を撫でてよちよちとしているアンメライアを、ノアが舌打ちをして見ていた。
「イクノス先生、先生も随分とアリアへのボディタッチが多いように見受けられますが、いかがわしいことを考えているのではないですか?」
「一緒にしないでくださいね」
ノアに向かって殺気をぶつけるアンメライアだが、そんな彼女たちを無視してミアベリルが姉妹に向かって口を開く。
「アリス、アリア姉、ご飯、いこう?」
「ああうん、そうだね」
(今日はちゃんとお姉ちゃんにご飯作ってきたよっ)
今アリアたちが受けていた授業が午前中最後の授業で、昼休みになったからミアベリルが昼食に誘いに来た。
事件後、ダンテミリオ姉妹はノアとリュードウィス、アンメライアとアッシュランス、そしてミアベリルと昼食をとるようになっていた。
一度は学園を去ろうとしていたアリアだったが、今では学園を去るとは言わず、普段通りに学園の小動物として授業を受けている。
ノアたちが教室の出口へと歩み出し、振り返ってダンテミリオ姉妹に昼食をとりに行こうと伝える。
そんな背中を見ながら、アリスがアリアの肩に自身の肩をぶつけて口を開いた。
(学園を去らなくてよかったでしょ?)
「スキルとか魔法のことを根掘り葉掘り聞かれて面倒が増えたよぅ」
(じゃあ勝手にいなくなる?)
「……ん~、それはやめとく。どうせ追っかけてくるもん」
(お姉ちゃんモテモテだもんねぇ――ねえお姉ちゃん)
「んぅ?」
(僕さ、お姉ちゃんが学園に戻る時、お姉ちゃんと一緒にいたいって言ったじゃない)
「言ってたね。学園に行ってほしくないってあの時は言ってたのにね~」
(うん、だって危ないことしそうだったんだもん。現に危ない場面いくつかあったし、僕も気が気じゃなかったよ)
「ごめんごめん」
(でもね、やっぱベルやノアちゃん、アンちゃん先生たちはこんな風になった僕にも優しくしてくれるし、禁忌を使うお姉ちゃんのことも心配してくれてる)
「そうだね、有り難いことにあたしたちをまだ生徒として、友だちとして迎えてくれてる」
(僕はもう普通の生徒としてここには通えないけれどさ、やっぱり学校って楽しいもん。だから――)
「うん、わかってる」
アリアはアリスと手を繋いだ。
そして2人揃ってこの学園で得た学友と教員の背に向かって踏み出した。
(僕はお姉ちゃんと一緒にいたい。けれど、こうして僕たちを好いてくれる人たちとも一緒にいたい)
「肉体がないのに本当にアリスは贅沢だよねぇ」
(うんっ、だって禁忌――禁忌魔法の使い手と一緒だもん。世界は手中に収めた。ってね。こんな体でも我がまま言えちゃうでしょ)
「お姉ちゃんとしては、妹にせがまれたら断れないなぁ。うん、あたしの禁忌は、愛すべき妹のために在るよぅ」
(やったぁ。お姉ちゃん大好き)
追いかけて追い越していく。
禁忌を使う姉と禁忌に縛られた妹――。
(ほらほら、お姉ちゃんが先頭歩かないとみんな脚を止めちゃうよ)
「ウサギでいたかったんだけどなぁ」
本来なら誰もが羨むような強大なその力、しかし姉妹はその力の価値に興味などなかった。
姉妹が姉妹らしく、ただ一緒にいられることを望んだ、それだけだった。
(随分と強大なウサギがいたもんだよ)
「可愛いウサギです~」
手を取り共に歩む姉妹とその姉妹と歩幅を同じにして進む者たち。
これこそがダンテミリオ姉妹の禁忌魔法がつかみ取った姉妹が歩むべき光景なのだと――。




