その姉はとどまることを決めた
ため息を吐いたアリアが、一度ノアたちに目を向けたのだがすぐに首を横に振り、アリスに口を開いた。
「アリス」
「……ん~」
アリスは肩を竦めため息を吐くと、フワフワとアリアの下に移動した。
そのままアリアは言葉を発することなく出口へと歩み出すのだが、彼女の正面に脚を引きずらせたノアが躍り出た。
「……どこに行くの」
「う~ん、どうしよっかなぁ。ずっと山暮らしだったから海の方に行くのもいいかもしれないよぅ」
「……」
ノアにじっと見つめられ、アリアは苦笑いを浮かべる。
学園に戻ってきたダンテミリオ姉妹、その目的は妹がなぜ殺されたのかを調査するためだった。
そしてその目的は果たされ、彼女たちが学園にとどまる理由はなくなった。
「アリアさん、やはり学園を出ていくつもりでしたか」
「……はい、いる意味もあまりないですから」
「いる意味もないというのは、これ以上ここでの学びはないという意味か?」
アッシュランスの問いにアリアは首を横に振った。
「あたしが学園に通う理由はアリスでしたから。そのアリスもこうなった以上、通っていてもしかたないかなぁって。それに――」
「アリスいるじゃねえか。わざわざ学園飛び出して、お前はこれからどうすんだよ」
「……リュウくん、それだけじゃないんだよ」
「あ?」
「アリスはね、魂だけで生きている状態なの。今回はあたしが近くにいたから魔法も素通りしたし、自由に動いていた。けれど本来はこの状態だともろに魔法は喰らうし、痛みも当然ある」
「えっそうなの?」
「学園にいたらいつも危険にさらされることになる。それにあたしの禁忌魔法も問題だね」
「問題? 禁忌には何かデメリットでもあるのかね?」
「というより、この禁忌が唯一アリスを殺す手段ですから」
アンメライアとアッシュランス、リュードウィスとミアベリルが息をのんだ。
アリスは魂の状態だ、痛みはあっても死ぬことはない。しかしアリアの持つ禁忌は別だ。魂を、アリスを殺すことが出来る。
「こうやって表に出してしまった以上、この禁忌を人に知られるわけにはいかないんです。あたし以外に、アリスを殺させるわけにはいかない」
アリアはノアの目を見つめて微笑んだ。
「どいて、ノア」
「……」
アリアはノアの脇を通り過ぎ、アリスを連れて歩みを進める。
しかし歯を食いしばっていたノアが振り返り、そのままアリアの肩をつかんだ。ノア=ルヴィエントは王族だ、ほしいものはすべて手に入れてきたし、手に入れた宝物は取りこぼすことはしなかった。
彼女は王だ、だからこそ、例えどんな事情があろうともその手でつかみ取る。
「私は王よ」
「……うん」
「ここでアリアがいなくなってもどんな手段を使ってでも見つけ出すし、どこにいようが必ず抱き着きに行くわっ!」
「そうだぜアリア、ノア様のしつこさはお前も知ってるだろ。このままだと本気で世界の果てまで捜しに来るぞ」
泣きそうな顔のノアと呆れたように肩をすくませているリュードウィスがアリアの肩に手を置いた。
「それに姿を隠すというのは随分と悪手ではないか? ここまで様々な策を用いてきたウサギとは思えない選択だぞ」
「む……」
「俺はこの場で月の魔法を知った。つまり研究ができる、この禁忌を誰にも研究させたくはないと言ったが、ここに研究馬鹿がいるんだぞ? 君が近くにいないと勝手に研究して勝手に公表するかもしれん」
「もぅっアッシュったら――アリアさん、スピアード先生がそういうことをすることはないと思いますよ。こう、たまに意地悪になる人なので。ただあなたにまだ学園にいてほしいと言っているだけなんですよ」
アリアのそばでニヒルに笑って見せたアッシュランスとアリアの頬に手を伸ばし、ゆっくりと撫でるアンメライア。
教員2人からの言葉にアリアが照れていると、アリアとその隣にいたアリスに向かって大型ワンコ――ミアベリルが飛び込んだ。
「ぐえっ、ベル痛いってばぁ」
「ベルちゃん?」
「……私、また1人、になるの?」
アリアとアリスが同じタイミングで苦い顔を逸らした。
ダンテミリオ姉妹はそれなりに犬に弱く、こうわかりやすく悲しまれると心が痛む模様。
そんなノアたちの声を聞き、アリスがクスクスと声を漏らして笑う。
「だってさお姉ちゃん。みんなお姉ちゃんが大好きだってよ」
「アリス、でも――」
「いいじゃん別に。それに僕の知っているお姉ちゃんは最強なんだよ、だからどんなことが起きても僕を守ってくれるでしょう」
「それはそうだけど」
「僕もまだ学校にいたいなぁ。まだ1年も通っていないんだよ、学費無駄すぎる」
「……」
アリスのキラキラとした眼にじっと見つめられたアリアは諦めたようにため息を吐き、手を上げた。
妹のお願いを、姉が断れるはずもない。
この姉は妹と共にいられることを望んでいるんだ。
「わかった、わかりました。もぅ、これじゃあお姉ちゃんが癇癪起こしてるみたいじゃない」
「まあ見た目は一番それっぽいよね~」
アリスの頭を掴み、ニコリと笑みを浮かべるアリアに、ノアとアンメライア、ミアベリルが安堵の息を吐いた。
しかしすぐにリュードウィスとアッシュランスがアリアの脇にそれぞれ手を入れて持ち上げ、歩みを進めた。
「リュウくん? アッシュせんせ?」
「うんじゃあ残るってことだな? ところでアリア、俺もスキルについて興味があるんだ、ちょっと教えてくれな」
「そういうことだダンテミリオ、君には魔法についても色々と聞かなければならない。学園にいる間は禁忌のことも妹のことも俺が何とかしよう。その代わりぜひ助手としていろいろと手を貸してくれると助かる」
2人にアリアが連れていかれ、その様子を残った面々が見ていた。
「お姉ちゃんモテモテだぁ。ノアちゃん行かなくていいの?」
「2人に詰められて気疲れしたところを襲う算段よ」
「あっそうっすか」
「アリスさん、このアホ――殿下にもっと言っていいんですよ、諦めないでくださいね」
「ヤだよ面倒くさい。あんちゃん先生も押し付けないでよぅ」
アンメライアに撫でられているアリスが頬を膨らませていると、ミアベリルがアリスにくっ付いた。
「このワン子めぇ」
「アリスの体、は、冷たくなった、ね」
「体ねえからな!」
「……それ、笑ってもいいの?」
「当然だが?」
「アリスさんが明るい子で心底安心しましたよ。ところで――」
アンメライアが背後に苦笑いで目をやった。
そこには気を失っているシェリルがおり、どうするのかという視線をアリスに向けた。
「ノアちゃん任せた」
「どうせ王宮の連中がすぐにでも来るから任せちゃいましょう。私もさすがに疲れたわ、今日アリスのところに泊まるわよ、いいわね?」
「はいはい、お姉ちゃんにはほどほどにね」
「全裸抱き着きフェスティバルが開催されるから無理よ!」
「そっかぁ」




