その妹、世界に認められる
(もうお姉ちゃんってば、僕にどうしろって言うんだよぅ)
シェリルに連れ去られたアリアは彼女の地下研究所からアリスを逃がし、助けを呼んでくるように頼んだ。
しかしアリスは幽体、姉以外誰にも気が付かれない存在。それなのにアリアはアリスに助けを呼んでくるように頼んだのだった。
(僕が人に見えるようになるには多分あれだよね。この間お姉ちゃんに教えてもらった生命力の可視化、まだ僕1人じゃ上手くいったことなんてないんだけど……でも)
学園の校庭まで飛んできたアリスは浮遊しているのを停止し、今飛んできた道を振り返って目をやる。この場所にアリアはいない。あの姉が助けを呼んでほしいと言った。
これがどれだけの緊急事態なのかをアリスは理解しているのだろう。
(でも僕じゃ……ああもう、魔法使えたら一発解決なのに! どうしよぅ――そもそもなんでお姉ちゃんは魔法を)
アリスは泣きそうな顔で学園を見上げ深呼吸をする。大きく息を吐いて、吸って――そして体を、心を落ち着かせ、移動を再開した。
(今回のことが終わったら、お姉ちゃんからこの状態でも魔法が使えるようになる方法を教わってやる)
学園に入ったアリスはあたりを見渡すのだけれど、所々に倒れている生徒はいるものの、肝心の人たちが見つからない。
(お姉ちゃんは多分、この状況でも動ける人を用意しているはず。ノアちゃんたちだと思うんだけれど、どこにいるのかな……)
あちこちを飛び回り、動いている人を探すアリスだったのだが、どこを飛び回っても人の姿がなく、停止して壁に寄りかかると、頬を膨らませて涙ぐむ。
(なんで誰もいないのよぅ……もしかしてやられちゃった? ノーブルラントさんのところの人がこっちにまで来たとか? あぅ、えっと……ベルぅ)
ぽろぽろと涙を流し、その場で膝を曲げて蹲り、顔を膝の間にくっ付けるアリスだったが、ちょうど寄りかかった壁――そこの部屋から話し声が聞こえた。
(――?)
「気分はどうだヴァンガルド」
「……ん、大丈夫、です。あの、ごめんなさい、役に、立てなくて」
「何を言う、君のおかげで切り抜けられたんだ、胸を張りなさい」
「そうですよ、そもそもあんな状況で生徒を立たせてしまうことが問題なのです。謝るのはむしろ私たち教員の方です」
「それに関しては私のミスだ、本当にすまなかった」
アリスがもたれかかった部屋は保健室であった。
そこではアンメライアとアッシュランスが傷ついたミアベリルの治療をしており、3人がそれぞれ保健室にある椅子に腰を下ろしていた。
そして謝罪をするアッシュランスにミアベリルは首を横に振った。
「ん――アッシュ先生のおかげで、助かりまし、た。私1人じゃ、どうにも――」
(ベル、ベル! お願いだからこっち見て――)
「……?」
「まあ私たちは結局魔法使いだからな、前衛で戦えるかと言えばそうでない。イクノス先生やルヴィエントたちは別だが、ああいう戦い方を今後避けるべきだ。いいかヴァンガルド」
「え? あ、はい」
「魔法使いが傷つかない戦闘を心掛ける。ですね。今後ミアベリルさんがどういう道に進むのかはまだ決まっていないでしょうが、それは頭の隅に置いておくのが良いと思います」
「授業でも一応戦闘訓練をするが、魔法使いが教える戦闘などたかがしれ――ヴァンガルド、聞いているか?」
「……」
「ミアベリルさん、その、猫のように虚空を見つめるのはやめてくださいね。何かいるんですか?」
(ベル、ベル! 僕はここだよ! お願いだから気づいて――)
ミアベリルに近づき、何とか体に触れようとするのだが、ノアの時のようにうまくいかない。アリスはそれでも親友であるミアベリルに呼びかけ続ける。
そんなことを知ってか知らずか、ミアベリルはアリスがいる箇所にそっと手を伸ばして口を開く。
「……先生、変なこと、言っていいです、か?」
「ああ、なんだ?」
「私、ね、アリア姉と、一緒にいると、すごく落ち着く、の」
「アリアさんは空気感は独特ですが、癒し系ですからね。でもなぜ今そんなことを?」
「ううん、そうじゃなく、てね。いつも明るくて、暗い私、は、本当に心地よかった、の。あの時、助けられなかったから、ずっと、ずっと悔やんでた。でも、アリア姉が、近くにいると、それが薄まるの」
「……それは、アリアさんがそうならないように――」
「違う」
ミアベリルが両手を伸ばし、アリスの顔にそっと触れ、絹を撫でるようにそっと、そっと触れていく。
「……ヴァンガルド、そこに何がいる?」
「わからない、わからないけど」
ある姉が言った。
相互理解から認識できる視認性――片方だけからの理解では足りない。もう片方が理解し、寄り添うことでのみ発揮される瞳から脳へのバグ。
魔法を扱うという魂への間接的理解、そしてその魂個人への認識。
魂を嗅ぎ分けられる術を得たミアベリル=ヴァンガルドはその違和感を理解へと変えた。
「アリス?」
「ベルぅ!」
彼女の名を呼んだミアベリルに、アリスが飛びついてその胸に頭をこすりつけて涙を流した。
同時に、そのありえないことを、ミアベリルが名前を呼ぶという行為で認識したアンメライアとアッシュランスもまた、彼女の姿を視認した。
「馬鹿な、これは……」
「……アリアさんの隠したいことって」
目を見開く2人だったが、ミアベリルの制服で涙を拭うアリスが顔を上げた。
「お姉ちゃんを助けて!」
「……ん、任せて」
二つ返事で承諾したミアベリルがアリスの手を取った。
彼女は躊躇わなかった。それはアリス=ダンテミリオの親友であり、彼女を守れなかった忠犬であるミアベリルだからこその即答であり、保健室を出ていこうとする2人を教員たちが止めた。
「待ちなさい、まずは事情を――」
「待っていられない。走りながら」
「ごめんアッシュ先生、アンちゃん先生、急いでるの」
「……スピアード先生、生徒が困っていますよ」
「ったくこの問題児たちは――俺たちも行く、アリス=ダンテミリオ、すぐに案内しろ」
「うん!」




