その王女は夢を語る
「『――』『――』『――』『――――』至高の風、我らに吹くは希望の風、今我らに吹くは勝利の風『風が運ぶ絶対勝者』」
グイードラッシュが発動させた魔法は風系統。彼の周囲に発生したいくつもの竜巻を手に持ったタクトで操っている。
そんな彼の風を縫うようにノアが飛び出した。
「その首さっさと落としてやるわ!」
「相変わらず獰猛な。あなたに王の資質などないことをいい加減自覚してほしいのですけれどね」
ノアは自身の所持している魔石を砕きながら『悪童剣技』でグイードラッシュを切り裂こうと剣を振るうが、タクトを振り上げたグイードラッシュが竜巻をノアにぶつけ、近づくことすらままならない。
「どいてろ! 『――』影なる道を我が一槍で駆けろ、駆けろ! 『悪蛇』」
「パテンロイド、君ごときが私に傷をつけられると本気で思っているのかな」
穂先をショートジャンプさせて竜巻を通り越したリュードウィスの攻撃、しかし首を逸らすだけでそれを躱したグイードラッシュは槍が通ってきた空間に魔石を投げ入れた。
「――っリュード!」
ノアが剣を支えに浮き上がり、リュードウィスに蹴りを放った瞬間、空間を通ってきた魔石が赤く発光した。
そしてその魔石は激しい炎を上げて燃えあがり爆発した。
「っつ――」
「ノア様!」
爆風で吹き飛んだノアにリュードウィスが駆け寄り、彼はグイードラッシュを睨みつけた。
「シェリルほどではないにしろ、私にもこのくらいはできるのだよ」
「……ハッ、ノーブルラント家当主も、今では愛娘の傀儡? 随分と落ちぶれたじゃない」
「あの子は天才だよ、我らの悲願を、我らの願いを叶えてくれる。ノーブルラントの最高傑作だ」
「何が最高傑作よ。そんな視方しかできないからアホみたいにグレて性悪になっちゃったんじゃないの」
リュードウィスに支えてもらいながらノアはふらと立ち上がる。
「相変わらず君たちは癪に障る、魔法使いとしての矜持もなければ王としての資格もない。ルヴィエント、君たちはこの国を治める器ではない」
「じゃあなに、その器とやらをあんたが持っているって言うの? 冗談じゃない。魔法しか誇れないくせに、一体何を以て王になろうというのよ」
「シェリルはその切符を持っている」
「親バカも大概になさい。あんな小娘、どう足掻いたって王になんてなれないわよ」
鼻を鳴らして笑うノアに、グイードラッシュが不敵な笑みを返す。
その瞳は野心にあふれており、それでいて勝利を確信した慢心を隠そうともしていない。彼は絶対的にシェリル=ノーブルラントを信用しているのだった。
「君は私の娘を知らない。もう少し、もう一歩で至るのだ。そうすればこの国は変わる。阿呆二代を王に据えなくても私の娘が変えてくれる」
「あんだよグイードラッシュ、あんたそんなに愛国心溢れるやつだったか? 俺が知ってるあんたは、魔法を認めてもらいたいだけのアホだったはずなんだがな」
「……口を慎めパテンロイド、ノーブルラントが王の名を冠すれば貴様などそこいらの羽虫と変わらない扱いになるのだぞ」
「もうそうなった気でいるとは――おっさん、妄想癖は学生で卒業しろな」
「リュードの悪い口もたまにはいいこと言うじゃない。そういうことよグイード、あんたは王になんてなれないし、どんな野望かも知らないけれどそれもここで挫くわ。ついでにあんたの種のなる木も切り刻んでやろうかしら? どうせ地獄に落ちるだろうけれど、地獄でまであのバカ娘みたいなのをこしらえられても困るもの」
「……なんと下品な」
「王族の私の言葉よ。ロイヤルな品位に決まってるでしょ」
グイードラッシュが奥歯を噛みしめて鳴らし、タクトを構えた。その気配は確実にノアとリュードウィスを殺そうという気概を覚える空気感で、彼を中心に風が吹き荒れると、その手から魔石2つを宙へと放った。
「やはり君たちは殺さねばならないようだ。新時代の幕開けに、君たちの席はない! 『――』『――』『――』『――』『――――』穿て烈風、その風はすべてを攫い、あらゆるを蹂躙する破壊の暴風『世界を壊す無色の一陣』」
グイードラッシュが指揮棒をノアに向かって振るうのだが、その瞬間風は凪ぎ、大気が呼吸することを忘れたように静まり返った。
しかし――。
「ノア様!」
「――」
リュードウィスがノアを押しのけ、グイードラッシュの正面に躍り出た瞬間、それは突如現れた。
無色だった暴風は姿を現し、リュードウィスに触れた途端、大地すら抉る暴風が衝撃となって彼を打ち抜く。
「がっ!」
「リュード!」
押し飛ばされたノアがリュードを呼ぶのだが、彼はすでに吹き飛ばされ、体中に傷を負って校舎の壁に激突してその四肢をだらりと投げていた。
ノアはグイードラッシュを睨みつけるのだが、奴がまた指揮棒を振るおうとしたために、すぐに脚を動かした。
先ほどの傷がまだ痛むようだが、彼女は構わず駆け出し、体から血を流しながらも戦いの気配をさらに高めていく。
「今度こそ君には死んでいただきますよ。あの時は失敗した、どういうめぐりあわせか、天は君に味方していたようだが、今回はそうはいかない」
「ハッ、それも失敗してんじゃない。あんたたちの企みもここまでだって言ってんでしょ」
「……やはり君なのだな。数年前私たちは最後の一欠けら――そう、この世で最も強大な魔石を手にするための実験。君たちの持つ王族呪文そのものを巻き込んで魔石を得るため……だったのだが、君か、君が――ノア=ルヴィエント、君が我ら最大の障害か」
「さあどうかしらね。私にはただ、幸運の女神が付いているだけかもよ。それはもう、とびっきり可愛い。ね」
「ならばその幸運は二度も起こらない。ついに我らはその資格を手に入れるのだ、6章第31節、我らは、ノーブルラントは――私はっ! そこから物語を紡いでいくのだ!」
「わけわかんないことを――」
「10ある力、その資格を以て私は王すらも凌ぐ」
グイードラッシュの周囲を浮いていた2つの魔石が強く輝きだす。
その変化にノアが駆け出して剣を構えた。
「ここで死ね! 君たちは旧世代の亡霊となる!」
指揮棒を振るい、不可視の暴風と化した魔法を次々とノアへと差し向ける。
その魔法を寸でのところで躱していたノアだったが、フッと体から力を抜き、剣を立て自らで突っ込むようにしてその暴風に剣を突き立てる。
「ふっざけんな……こんなところで死ねないのよ、私ここ数日ずっと撫でてないの、ずっと愛してないの、ずっと、ずっと――」
「無駄だ無駄だ! 王宮ですら私の魔法に敵うものなどいなかった。君ごときで私を超えられるはずもないだろう!」
ノアは腕をギチギチと鳴らし、暴風を受け止める剣は軋み、腕からは血液を吹き出す。
それでも、この少女は、この国の頂点に立つことが決まっている王女は、誰よりも小動物を愛すノア=ルヴィエントは――その瞳から戦意をなくすことはなかった。
グイードラッシュの魔石からさらなる風が吹く。
ノアが受け止めている暴風に風が集まるようにして、強力に、強大に――不可視のはずの風に色が、王女の血で色づいていく。
「くっ、うぅ……」
グイードラッシュの顔がゆがむ、勝利の確信に歪んでいく。笑いをこらえるようにして王女を見下す。
「これが終わったらあのウサギひん剥いてでも裸で抱き合うって決めてんのよ!」
「その戯言が二度と聞けなくなるのは少々……いえ、耳を汚す必要がなくなりますね」
ノアの気合の声も空しく、その衝撃は彼女の剣をへし折った。
血液を撒き知らしながら暴風に体をさらして、そのまま吹っ飛んでいくノア。
彼女は傷だらけの体を支え、倒れることはなかったが、それでも息を荒げて目は虚ろ、勝敗はすでに決しているように見える。
「さすがにしぶとい。ですがもう終わりです、終わったのですよ。君たちは死者となってでしか、私の栄光を見ることは出来ない」
「……」
口から血を吐き出し、最早声すらも聞こえない。ノアはそのまま前に倒れた。
そんなノアにグイードラッシュは近づき、そして彼女を足元にその頭にタクトを指す。
「これでとどめです――」
「――、――――、――――、――」
「ん?」
「『我らを称える幾千の夢』」
「これは――」
「とらえた。幾千を背負いし我が覇道、その背に抱えるは幾千の希望――王を舐めんな」
グイードラッシュの脚を掴み、誰よりも悪人面した王女が嗤う。折れた剣を少し上げ、その王女が吼える。
「『B,B王の進む戦道』」
折れた剣先がとらえたのはグイードラッシュの下半身。
暴風の衝撃を蓄えたその王女の魔法は黒き砲丸、衝撃は大砲をも超える重量と威力となって穿つ。
「言っただろう、あんたのそのまたぐら、地獄には必要ないからぶち抜くって――」
「――」
声にもならない悲鳴、グイードラッシュが痛みによって顔を歪め、倒れ伏そうと体を傾ける。
ノアが叫ぶ、もう用は済んだとさらに嗤う。
「リュード! 首はくれてやる、好きになさい!」
「……」
グイードラッシュの背後で瓦礫の上に立っていたリュードウィスが槍を回し、彼が仕える王女とそん色のない悪を顔に張り付け嗤う。
「『――』『――』『――』影に潜んで悪に嗤え――喰らえ、喰らえ! 『悪路・二重蛇』」
リュードウィスが振り抜いた槍の穂先が消え、それは影から影に、2頭の蛇が這うような痕跡を描いてグイードラッシュの首元に牙を立てた。
「が、あが――がぁ」
「……夢の終わりだ。無様にその首晒しとけ」
リュードウィスが槍を振った瞬間、グイードラッシュの首に牙を立てていた蛇がその肉を噛み割いて、その野望を持つ男の首が大地へと転がった。
蛇を携えた少年はふらつく足取りで、首のない胴体を転がって躱した王女の下へと歩みを進め、その手を差し出す。
「……王女がなんてざまだよ」
「護衛がなんてツラしてんのよ」
ノアとリュードウィスが互いに鼻を鳴らしその手の取った。
そして護衛は王女を引っ張り、その肩に担いで歩み出す。
「アリアはあっちね」
「そのアリア専用の嗅覚に期待してんだから、下手を打たないでくれよ」
「当たり前でしょう。帰ったらアリアと裸まつりを開催してネチョネチョするのよ」
「増えてる増えてる」




