その閃光の教員、光速を穿つ
鉤爪のように形態変化した障壁を用いて、敵を切りつけていくミアベリルだったが、相手は魔法使い、そのほとんどは近接戦闘が得意な彼女の敵ではなく、次々とその体に傷を作っていく。
しかしミアベリルは前衛が本職ではなく、ましてや学生、殺す覚悟を持っているわけでもなければそもそも人を殺すという感覚を覚えたことのない一般生徒。
いくら体に傷を入れようが、それは致命傷にならず起き上がってくる敵に、ミアベリルは顔を歪めた。
「ヴァンガルド、やはり下がれ――」
アッシュランスの言葉を遮るように、敵の1人が詠唱を唱えて彼に向かって魔法を放った。アッシュランスは意識をミアベリルに向けていたからか、その魔法の発生を察知するのが遅れてしまい、回避行動をとろうとするのだが、正面に躍り出たミアベリルが庇うように魔法に直撃した。
「――」
「教師を庇う生徒がいるか!」
アッシュランスは腕を伸ばして彼女を引っ張って下がらせようとするのだが、ミアベリルがジッとアッシュランスを見つめ、首を横に振っていた。
彼女の怪我はひどいものではないが、それでも血を流しており、アッシュランスは舌打ちをすると、すぐに魔法陣と指を構えた。
「強情な娘だ――『――』『――――』『――』光速、瞬光、指撃『穿つ閃光、影を捉える』」
一瞬の閃光――それは瞬きの間にひときわ輝いたかと思うと、すぐにその光は消え、次に上がったのは敵の声にもならない悲鳴であった。
アッシュランスが指を振った次の瞬間には彼が放った魔法が敵の口と舌を切りつけ、その場で跪かせた。
「殺したくないのであればその爪を短くして口を狙え。魔法使いは詠唱が出来ないのならただの木偶だ!」
「ん――」
アッシュランスのアドバイスに従い、攻撃を喰らうだけだったミアベリルが反撃に出た。
相手をほんろうするように動き回り、隙が出来た相手には死角に飛び込んで短くした爪で相手の口目掛けてそれを突き刺す。
その攻撃によって魔法を使う敵が減ってきたことで、アッシュランスがミアベリルに目をやった。
「ここはもう大丈夫だ、君は安全な場所に――」
「――っ!」
だがミアベリルはハッとした顔を浮かべ、アッシュランスに飛び掛かって突き飛ばした。
「なにを――」
アッシュランスが驚き声を上げるのもつかの間、ミアベリルの肩から血が噴き出した。
「ヴァンガルド!」
アッシュランスは彼女を傷つけた原因を探そうとと辺りを見渡すのだが、その痕跡はすぐには発見できずに舌打ちを鳴らす。
「どこだ、なにをされた? 俺と同じように長距離からの――」
「先生、違う、いる……速い? じゃなくて、とぎれとぎれ、で」
「空間転移か!」
眼を鋭く細めたアッシュランスが目に映したのは微かに揺れる空間、空間を操る際に発生する現象だ。空間転移をする敵に魔法を当てようと彼があちこちに指を向けるのだが捉えきれず、しかも相手は自身の魔法を察知したミアベリルを脅威に指定したのか、彼女を狙い、さらに傷を増やされていた。
「クソ、どこだ」
「っつ――、あ、う……」
「――っ」
その一瞬、微かに光る刃の逆光、その刃がミアベリルの首に伸びていた。
それを察知したアッシュランスがすぐに彼女を引っ張り寄せたが、その頬に刃が掠めてしまい彼女の頬から流れる鮮血。
「……」
肩で息をし、今にも泣きだしそうな顔をしたミアベリル。そんな彼女の肩を掴んで支えているアッシュランスの額に青筋が浮かんだ。
「いい加減にしろ、うちの生徒をどれだけ傷つけるつもりだ」
どすの利いた声でアッシュランスが言い放ち、そしてポケットから煙草を取り出した彼はそれに火をつけ、煙を吐き出しながら辺りを睨みつける。
「ヴァンガルド、君は奴の居場所がわかるか?」
「え、う、うん、はい」
「ならば俺の目になれ、一瞬で決めるぞ」
頷くミアベリルがそっと目を閉じた。
アッシュランスはそっと彼女を抱えるようにお腹側に腕を回し、もう片方の腕で彼女の首辺りを覆った。
空間転移で飛び回っている敵は2人の命を刈ろうとあちこちに飛びながら攻撃を繰り返しているが、ミアベリルの急所はアッシュランスが守っており、その攻撃はすべてアッシュランスが受けていた。
「……、――、うん……先生――」
はっと顔を上げたミアベリルが一点を指示した。
しかしその指が上がりきる直前、何度も鳴る射撃音、詠唱もなく、魔法陣の輝きもなかった。
この男――閃光のアッシュランス=スピアードの魔法とはまさに瞬きなのである。
「『――』『――』『――――』『――』『閃光の煌めきこそ刹那』隼、瞬光、刹那、見切れるか『早打ちの閃光』」
事後詠唱――詠唱よりも速く発動する最速の魔法、アッシュランスが詠唱を終えると同時に、空間転移を繰り返していた敵が鮮血を上げてその場に倒れこんだ。
「すっご――」
「まったく、手間をかけさせるな」
しかし安堵の息を吐いたのもつかの間、ミアベリルがアッシュランスの背後を目を見開いて振り返った。
「なに――」
そこにはいつから隠れていたのか、小柄な男が体を半透明になりながら、明らかな毒を纏った刃をアッシュランスへと突き刺そうとしていた。
アッシュランスはすぐにミアベリルを抱き寄せ、攻撃の目が向かないように庇うのだが、その刃は届くことなく、1つの魔法によって遮られた。
「『――』『――』『――』『――――』『――』一つ、二つ、三つ数えて影を討つ『死線一声・薊』」
半透明だった男は徐々に赤く彩られていき、その体から鮮血の花を咲かせて倒れこんだ。
そしてその男の傍らに、ナイフを構えていたアンメライア=イクノスが突然現れた。
「少しなまっているのでは?」
「……君ほど若くはないんだ、及第点くらいはくれたまえ」
「……」
そんな2人の軽口を聞いていたミアベリルの体がふらと傾く。
「おっと――」
「っと」
教員二人に支えられ、彼女はそのまま意識を手放した。
「……及第点には程遠かったか」
「すぐに休める場所へ」
「ああ」




