その王女と野望を砕く剣
「……」
「……」
「……」
ついに始まった品評会、ノアとリュードウィス、そしてアンメライアはシェリル=ノーブルラントのブースの最前線に立っていた。
そんな3人にシェリルは一度目を向けると、クスりと笑みを浮かべ、まるで煽っているかのように挑発的な表情を浮かべた。
「……随分と調子に乗っているじゃない」
「ノア様、抑えてくれな」
「……どうしてこんなことを」
アンメライアもまた、生徒をよく慮る教員であり、この学園にいる学生たちの幸福を本気で考えている故に、シェリル=ノーブルラントの考えが一切わからずに顔を伏せてしまう。
各々がこの事件と黒幕に想いを馳せていると、シェリルが実験で使う触媒を取り出したのだが、そのうちの1つに銀色の体毛。
「――っ!」
ノアがその場で殺気を全開にし、殴りかかろうとするのを羽交い絞めにして止めたリュードウィスはシェリルを睨みつける。
その銀色の髪はアリアのものであった。
「あんた殺すわ」
「殿下――っ! まだ抑えてくれ」
揺さぶられるノアたちをよそに、シェリルは集まった人々に自身の研究を発表していく。
その説明は丁寧でわかりやすく、彼女を見に来た人々は感心したようにうなずいていた。
「魔石の魔法系統、ですか。彼女、ここに来てその秘伝を世に出すつもりでしょうか?」
「……知らないわようんなこと、あいつはあたしの逆鱗に触れた。細切れにするだけじゃ澄まさない」
「アリアの奴、捕まってたのか」
魔石とは魔法の補助のために在るというのが通説。という話から始まり、しかし魔石には人類が未だ解明できていない謎があり。などなど、彼女の話を聞いている人々は体を前のめりにして話に聞き入っていた。
そしてシェリルが少し大きな魔石を取り出した。
「さてこの魔石、皆様の目にはどう映っておいででしょうか?」
シェリルの問いに、人々は市場に出回っている物よりも大きいことを指摘し、彼女は頷いた。
「ええ、その通りです。私は――ノーブルラントは魔石を自在に、そしてさらに巨大に、強大に、強力に生成する術を得ました」
彼女の宣言に湧くブース、その中心でシェリル=ノーブルラントが顔を歪めて嗤い顔を浮かべていた。
「……おかしな行動を発見次第細切れにするわ」
「せ、せめて捕縛とかに――」
「駄目よ、殺すわ」
「だから落ち着けっつうの。俺も先生の意見に賛成だ、まだ叩いて出さねえとなんねえ案件があるはずだぜ」
「知ったこっちゃない。あいつアリアを傷つけたわ、最も残酷に、最も残忍に、最も苦痛な死をくれてやるわ」
「……駄目だ、こうなったノア様は本気でやるからな」
「私が先に捕まえます。これでも教員ですよ? 生徒よりも劣っているわけないでしょうが」
「お願いします」
ノアたちはシェリアを注視し、何が起きてもいいように体に力を込める。
しかしそれをあざ笑うようにシェリアが首を横に振って笑う。
「スピアード先生がやっと動いたようだけれどもう遅い。こんな敵に囲まれた場所で、私が詠唱でも唱えるとでも思っているのでしょうか――」
シェリアが口角を吊り上げ、歓喜に打ち震えているかのように体を抱きしめた刹那――それは起きた。
突然あちこちから上がる悲鳴、それはこの場にいる魔法使いもそうでない一般人も、果ては戦技使いも、その手から魔法陣を出現させた。
「これは――」
「なんでいきなり起動した!」
「……しかもこれ、制御が」
周囲の人々の腕に徐々に奔るひび割れたような傷。それはまるで魔法陣の実験で失敗した時と同じような傷で、それを知る魔法使いたちが慌てふためき声を上げた。
「お喜びください。今ここに大量の魔石を用意してみましょう。もっとも、あなた方がそれを目にすることはありませんが」
「シェリアぁ!」
「あら殿下、王族と言えど死ぬときは皆同じですわね。遺言でも聞いてあげますよ」
ノア、リュードウィス、アンメライアの腕にも傷が奔っていき、まるでアリスが死んだときと同じようで、このまま放っておけば彼女と同じように待っているのが死であることは明確だった。
「ああ、これでやっと、我らの悲願、我らが羨望したもの、我らが望む物を」
「くそがぁっ、あんた程度に」
「……ノア様、これはまずいぞ」
「このままじゃ」
「無駄無駄無駄、私のために、あなたたちは魔石になる運命なんですよ――」
勝利の笑み、喉から、魂から喜びを吐き出すように、シェリルが笑い声を上げた。
その姿は学園次席であったシェリル=ノーブルラントとは似ても似つかないほど醜悪で、魂の奥底に閉じ込めた野獣を解放するが如く、勝利に、願いに酔いしれていた。
しかし――。
「は――?」
シェリルから間抜けな声が放たれたと同時に、ノアとリュードウィス、アンメライアの懐から魔石が飛び出してきた。
それはアリアからアッシュランスを経て渡された魔石であり、その魔石が砕けると同時に、ノアたちの腕から傷と魔法陣が消えた。
そして次々と倒れる人々、彼らの腕からも傷も魔法陣も消え始め、シェリルが呆然とした顔を浮かべた。
「これは――んっ」
アンメライアが耳を押さえて顔を歪める。
「音、ですか。小さな音、いえ、音というよりは超音波?」
「ったくあの子は、対策打っているのなら先に言いなさいよ」
「ほんとだよ。マジで死を覚悟したぞ」
頭を振って態勢を正したノアたちが改めてシェリルと対峙する。
アリアが設置した対策が効果を出しているのか、ここにいる面々以外は倒れ、気を失っている。そんな人々に一瞥を投げたノアが剣先をシェリルに向けた。
「よくもやってくれたわね。あんたは斬刑に処すわ、今決めた、私が決めた、王に逆らうな」
「――馬鹿な。いったい何が――スピアード先生? でもこんなこと」
シェリルが頭を掻きむしり、舌打ちをするとノアが飛び出し、その首に刃を入れようとするのだが。
「――っ!」
その刃は弾かれ、シェリアの周辺に突如現れたローブを羽織る人々。
「ノーブルラントか!」
「関係ないわ、全員殺す」
「……これでも大分ピンチなのですけれど、2人は自覚していますか?」
ノアたちを囲むノーブルラントたちを3人は睨み返すのだが、シェリルが彼女たちに背を向けた。
「シェリル!」
「……本当に嫌になりますね。まさかまたしてもあなたが関わっている、いったい何度私たちの邪魔をするつもりですか。まあいいです、まだ手はあります。では皆さま、暫くそいつらとでも遊んでいてください」
「おいコラ逃げんな!」
「……行かせてはもらえないようね」
シェリルを追おうとする一行だったが、その眼前にノーブルラントが立ちふさがる。
「先生、私たちが無事だったってことは多分スピアード先生たちも無事でしょう。こっちはなんとかなるから、あっちを助けに行ってくれない?」
「一応、あなた方のことも心配しているのですけれど」
「スピアード先生、魔法使いとしてもうわ手だけれど、生粋の後衛でしょ。それに確か一緒にいるのはミアベリル=ヴァンガルド、後輩を放っておくわけにはいかないわよ」
「……わかりました。ルヴィエント」
「ん~?」
「ノア、気をつけなさい」
「へいへい、それじゃあお願いしますよ師匠」
頷くアンメライアがそのまま姿を消し、誰の目にもとまらぬうちに戦闘域から離脱していった。
「おい護衛、踏ん張りなさいよ」
「誰に物言ってんだ、こんな奴ら手のかかる護衛より可愛いもんだよ」
「私の方が可愛いでしょう! アリア可愛いわぁ!」
「どこから何を受信してんだお前は――出来れば下がっててほしいんですけど」
「なら出来ないわ。私の護衛なら、私も守って、敵も殺しなさい」
「――りょーかい」
ノアは剣を、リュードウィスは槍を構え、互いに刃を打ち合わせる。
「そんじゃあ気張っていくか」
「ちゃんと私についてきなさいよ」




