その姉は先生を泣かせてしまう
「さて、それでは……」
「センセ?」
「本来なら、課題なんてやっている場合ではないはずなのですけれどね」
顔を伏せるアンメライアが力なく息を吐き、その手をそっとアリアの頭に置いた。この教員はアリアだけでなく、アリスのクラスの授業も受け持ったことがあり、彼女ともそれなりに交流があった。
今は2人きりに見える彼女にあてがわれた研究室だが、アリスはよくここに来てはアンメライアと一緒にお茶をしに来ていた。
(あっお姉ちゃん、あっちにある戸棚にカップとお茶、お菓子が入っているはずだから出してあげて。お湯はいつも沸いてるはずだし、そのまま淹れちゃえばいいから)
「……ここ研究室だよぅ?」
「アリアさん?」
「あっううん、お茶淹れますね」
「え――」
アリアはアリスの指示でてきぱきとお茶を淹れ、戸棚に隠されたように仕舞われている焼き菓子を皿に並べてカップと一緒にテーブルの上に並べた。
アリアは他人に気を遣えるほど器用な子ではないが、誰かからの指示であるのなら完ぺきに果たすことが出来る。その指示の意図を汲み、理由を察することが出来るタイプである。
アリスの指示からアンメライアは左利きで、好きな物は最後まで取っておく派であることがわかったアリアは指示されたことよりも効率よく焼き菓子が取れるように皿に並べ、カップの位置も調節した。
アリア本人は満足そうにしているが、立ったままのアンメライアは呆然とした顔で彼女を見つめている。
教員の中ではそれなりにアリアとの交流の多いアンメライアだが、研究室に来ることは稀で、ましてやお茶を出したことはなかった。
そんなアンメライアの表情が一度歪み、口元をキュッと締めた彼女がふわとアリアを抱きしめた。
「せっセンセ?」
「……ごめんなさい。アリスさんから聞いていたんですね」
「え? あ~……」
「私はあなたたちの先生なのですから、気を遣わなくてもいいのですからね」
涙ぐんでいるアンメライアの腰をポンポンとアリアが撫でると、彼女を見ていたアリスがばつの悪そうな顔をして頭をかいていた。
(やっばぁ、アンちゃん先生、めっちゃ堪えてるじゃん。逆効果だったかなぁ、なんか元気ないからお茶でもって思ったけれど、元気ない原因僕じゃん)
「……センセ、アリスのこといつもありがとうございます」
「いえ、私は――」
「戸棚のお菓子、ほとんどアリスの好きな物でしたから、たくさん構ってくれたんですね」
「……本当に人の懐に入り込むのが上手い子でした。私が落ち込んでいるとどこからともかくやってきて――何度あの懐っこい笑顔に救われたことか」
「あたしとは違って愛されることが当然の子でしたから」
「アリアさんも――」
(お姉ちゃんは変人に好かれるよね)
「……センセはノアを前にして同じことが言えますか?」
「……」
「うぅ目を逸らされたよぅ。と、とにかくっ! あたしの妹を愛してくれて、ありがとうございます。ねっアンちゃん先生」
「――っ」
アリアはただアリスの真似をして慰めようとしたのだろうが、彼女にとってそれはとどめであり、まるでダムが決壊してしまったかのようにアンメライアが瞳から涙をとめどなく流し始めた。
「あ、ぅあ、えっ――」
「みっ!」
(お姉ちゃん、それはただの会心の一撃だよ)
「え、え~、あ、その……えぃ!」
パニック状態に陥ったアリアがぐるぐる目玉でアンメライアの手を引っ張り、彼女の頭を胸に抱いた。幼子に頭を撫でられる大人の女性の姿はまるで天使の祝福を受ける壁画のようであり、アンメライアはただただ、その小さな天使からの施しを受けるのであった。